第197話 英雄のしっぺ返し
アンシアは臨時で故郷に戻った。
今日は公務に当たるため、馬車での帰郷だ。
ギルドの前で馬車を止めてもらい、エイヴァンに手を取られて馬車を降りる。
エイヴァンはここまで。
馬車でアンシアの帰りを待つ。
「やあ、アンシア。今日は休みじゃないだろう。どうしたんだい ?」
「シジル地区総括、マルウィン。
ディードリッヒとアルを従えたアンシアは、いつもの元気いっぱい人懐っこい様子を微塵も感じさせない高圧的な態度だ。
「どうしたんだい、いつもと雰囲気がちが・・・」
「控えよ ! 上意である !」
アンシアの凛とした姿に、ギルマスとサブギルマスは立ち上がってアンシアの前に姿勢を正す。
「いと高きお方からの御下知である。心してお受けするように」
アンシアが封筒を出すと、ディードリッヒがそれを銀の盆で受け取り、顔より上に持ち上げ恭しくギルマスに差しだす。
サブギルマスはあわててペーパーナイフを渡し、ギルマスは震える手で開封する。
「返答を」
「・・・ご下命、謹んで承りました」
アンシアは満足そうに頷くと、ではと出ていく。
タンタンと階段を降りていく音を聞いて、ギルマスとサブギルマスは一気に脱力した。
「アンシア、あんな顔もできるんだ。ギルマス、その偉そうな手紙にはなんて書いてあるんです ?」
「・・・恐れ多くも皇帝陛下から直々のお達しだ。シジル地区で国家機密が絵本になっているから処分せよってな。知るかよ、そんなこと」
ギルマスはその手紙を封筒ごと暖炉に置き火をつける。
「あ、もったいない !」
「これも陛下からのご指示だ。証拠は残すなとの仰せだ」
お互い幼いころから読んでいた絵本だ。
ボロボロになっても、丁寧に修理をしながら次の世代へと引き継いできた。
それを処分せよとは、なんと冷たいことか。
下のホールから子供たちの声が聞こえてくる。
「ねえ、絵本、どうしてもってっちゃうの ?」
「僕、まだ読みたいんだけど」
「ごめんねえ。これねえ、もうボロボロでしょ ? ルチア姫様が可哀そうだから綺麗にしてあげましょうって」
アンシアの口からルチア姫の名が出ると子供たちは黙る。
シジル地区では姫は絶大な人気を誇るのだ。
「でも、あたし、絵本読みたい」
「さあ、皆さん。新しい絵本ですよ」
赤毛の侍従たちが大きな木箱を持って入ってきた。
「その絵本が綺麗になるまで、こちらを読んで待っていてくださいね。ルチア姫のお国のものですよ」
子供たちがワッと集まる。
「お姫様の絵だ」
「魔物の絵もあるよ」
「ネズミがお洋服着てる」
色鮮やかな絵に子供たちは目を丸くする。
「ではこの絵本を本棚にしまうお手伝いをお願いしてもよろしいですか ?」
「「「はあいっ ! 」」」
渡された絵本を丁寧に運ぶ。
小さな本棚はあっというまに一杯になってしまった。
「皆さん、大切にしてくださいね。読む前にはちゃんと手を洗うのですよ」
街の若者と違い物腰柔らかく、自分たちにも丁寧に話しかけてくれるルチア姫の近侍に、子供たちはすっかり懐いてしまう。
子供だって馬鹿にされていたらわかるし、尊重されれば嬉しいのだ。
ルチア姫から贈られた絵本に、子供たちは目を輝かせて見入るのだった。
◎
「アンシアちゃん、どうだった ?」
馬車に戻るなり座席にめり込んでしまったアンシアちゃん。
「もう、緊張しました。あんな偉そうな態度取ったの生まれて初めてです。なんですか、あの小難しい話し方は」
そのくせ手紙の中身は絵本をこっちに渡せというだけ。
ギャップがありすぎる。
「陛下の御用の時はいつもあんな風らしいから、これからも
「いやですよ、もう。これっきりにしてほしいです。次はアルでお願いします」
いやいや、アンシアちゃん、あなた初対面から偉そうでしたから。
シジル地区にアンシアが派遣されると決まってから、超特急で礼儀作法の習得が行われた。
皇帝陛下の御使者となれば、たとえ相手が親でも上司でも、こちらの方が上なのだ。
決してなめられてはいけない。
口答えも返答も許さない。
そんな威丈高な態度をたった一日で習得したアンシアちゃんは、宰相府では期待の新人と歓迎された。
これはもう才能だろう。
「お姉さまの用意された絵本、とっても面白かったです。あの子たちもきっと楽しんでくれますね」
はい。ご用意しましたとも。
私が大好きな絵本。
卵を拾ってカステラを焼くお話。
シリーズ二作目のクリスマスケーキ、あれ、食べたい。
うまそうなシリーズも入れました。
大人が読んでも涙が出るよね、あのお話。
後は古典。
シンデレラや白雪姫。赤ずきんちゃんとかグリム系とアンデルセン系。
もちろん日本昔話も欠かせない。
カエルやウサギが出てくる絵巻を絵本にしたのとか、浦ちゃんとかの太郎系。
あと忘れちゃいけない。
怪獣の住む島に流れ着くのも好き。
でもうちにあったのは、今売っているのとは違う翻訳なんだ。
あれで読み聞かせされたから、散文の今のやつは好きじゃない。
「あたし、シンデレラ姫のお話が好きです。頑張った子にはご褒美があるみたいで」
「そうね。小さい子には希望が必要だわ」
今の私、希望が全然ないけどね。
その後イケメン・コンテストの景品のお食事券を使って、みんなで気晴らしをしてから帰宅した。
◎
とりあえずダルヴィマール侯爵家とカウント王国との縁がわかったところで、何故私が狙われるのかという問題が残る。
真相にもうそろそろ行きつきそうなのだが、これという理由も敵対勢力も見えてこない。
そんなわけで皇帝陛下に八つ当たりしてみる。
「私たちがカウント王国との接点を探していたのはご存知でしたでしょう ? なぜ教えて下さらなかったのですか」
「そんなこと言ったって、忘れてたんだよ。侯爵家の跡取り娘と他国の国王が兄妹だなんて、
アンシアが絵本の話をしなければ思い出しもしなかったと、皇帝陛下は頭をポリポリ掻いた。
「世の中にはね、忘れて無かったことにしてしまったほうがいいって事があるんだよ。ダルヴィマール侯爵家にカウント王国の王位継承権があるなんて話に持っていかれたら困るしね」
「王様と血縁でも、王家の血は引いていないのでしょう ? 継承権なんてないじゃありませんか」
「無くたってあるように話を作られちゃうんだよ。血のつながりなんて証明しようがないんだから」
実際お母様とカウント王はよく似ているらしい。
それを証拠に言い張られたら、強い方が勝つ。
だから事実は事実として禁書庫に封じて、面倒なことは忘れてしまうに限ると言う。
「考えてもごらんよ。彼女は実は国王の血を引いていて、それをごまかすための婚姻だったなんて噂がたったら、過激派は国王一家皆殺しにしてから女王にって迎えに来ちゃうだろ。勘弁してくれよ。そんな問題起こされたらたまらないよ。第一、彼女が嬉々として王位に就くと思うかい ?」
お母様の性格を考える。
うん、絶対門前払いだな。
「それにそんなことになったらうちの婿さんも世継ぎに取られちゃうし、君の父上は離婚して放出されちゃうよ。一応恋愛結婚だし、涙の別れなんていやだろう」
「いやにきまってるじゃないですか、陛下。お願いですから、悪夢のような未来予測は止めてください」
お父様が陛下に釘を刺す。
恋愛結婚だったんだ、お父様たち。
「今カウント王国の王族は国王一家だけだからね。数世代は内緒にしておかないと、後々面倒なことになる。その頃なら歴史的大発見という感じで発表できるんじゃないかな」
そしてさらなる友好へと繋げるそうだ。
気の長い話だ。
「ところでこの絵本、腹が立つほどよく出来ているね。ほぼ伝わっている史実通りだ」
シジル地区から回収してきた絵本。
何十年も子供たちに大事に読み継がれてきたのだろう。
手垢こそついているが、破れたところは丁寧に修理してある。
私はこれをコピペして、不要な固有名詞を消したものをシジル地区に持って行く。
それを祐筆課で製本してもらうのだ。
そうしてこれからも大事に読まれていくことだろう。
「ちょっと、待て。なんだ、これは」
絵本を読んでいた陛下の声が一オクターブ下がる。
お顔の色が少し青いようだ。
「俺はとんでもない物を見つけてしまった・・・」
陛下、俺、ですか ?
さっきまで『私』だったのに。
「ここを見ろ。小さいうえに地の色に紛れてよく見えないが」
指さされた場所を見てみる。
表紙の右上。
作者の名前が書かれている。
絵を描いた人の名前の上。
文・ニエール
話・マルウィン
「マルウィンって、あの英雄ですよね」
文を書いたのはニエールって人。
話というのは多分・・・。
「これって、英雄マルウィンから直接話を聞いたって事でしょうか」
「絵本のくせにやたら具体的な内容。そしてこの名前。そうとしか思えない」
皇帝陛下は握りこぶしでご自分の足を叩く。
「情報漏洩の張本人がまさかの英雄その人とは・・・謀ったな、英雄マルウィン ‼」
悔しがる陛下の向こうで、会ったことのない今は亡き英雄が、テヘペロしているのが見えた気がする。
問題の絵本は厳重に封印して禁書庫の奥に放り込まれた。
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