第196話 絵本 『かえってきたおうじさま』

 さて、私の贅沢娘の噂は吹き飛んだ。

 ついでにダンスのチャンスもね。

 それについては納得いかないので、兄様たちが踊るのも禁止させてもらった。

 だって、ずるいんだもん。


「お嬢様が踊られないのなら我々も」

「お寂しい思いをされるくらいでしたら」


 ルチア姫は心が狭いとも言われたけれど、皇后陛下の


「若い娘が誰にも誘われない悲しみもわかっておあげなさい」


 踊って欲しいなら、まず私を誘えと言うお言葉に黙った。

 そして私は誘われない。

 そこまでして兄様たちと踊ろうとは思っていないようだ。

 ちっ !


 閑話休題あだしごとはさておき


 皇帝陛下のひきこもり部屋。

 間諜スパイ疑惑が払拭できない侯爵邸よりこちらで相談することが多くなった。

 隠れているのはせいぜいお庭番。

 この国で一番情報を秘匿出来る部屋だ。

 ただしもれなく皇帝陛下がついてくる。


『立ってる者は親でもつかえ。

 まして子供はこき使え』


 これを合言葉におじいちゃま先生のお弟子さんやら侯爵家騎士団やら近衛騎士団やら総動員し、宰相府、宗秩省そうちつしょう、グランドギルド、瓦版の資料を総ざらえした。

 カウント王国、ヴァルル帝国、ゴール男爵、ダルヴィマール、ヒルデブランド。

 このどれかがキーワードとして入っているものだ。

 膨大な資料にかなり時間がかかった。

 関わってくれた皆さん、ご苦労様。

 が、カウント王国と我が家との接点はない。

 これはと言うのは『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』の報告書。


『カウント王国の御落胤を、ヴァルル帝国出身の引退した冒険者が探し出した』


 この一枚だけだった。

 日付は四十年前。

 そしてその冒険者が誰だったかは記されていない。

 その年のグランドギルドの依頼記録にもない。

 念のためヒルデブランドにも問い合わせたが、そちらにもなかった。

 引退した冒険者とあるから、ギルドを通さない個人指名の依頼だったのだろう。

 後は五十年以上前にヒルデブランド出身の優秀な冒険者がいたこと。

 でもその人については名前が伝わっていない。

 今と違って依頼書には達成のサインがあるだけで、受けた冒険者の名前は残っていない。

 みんなで頑張ったのに、結果が出なかった。


「あのお、お姉さま ?」

「なあに、アンシアちゃん ?」


 ガックリしていたら、アンシアちゃんがその報告書を見ながら言う。


「これって『かえってきたおうじさま』ですよね ?」

「『帰ってきた王子様』 ?」



『かえってきたおうじさま』


 むかしむかし カウントというくにに ひとりのおうじさまがいました

 おうじさまには うまれたときからいっしょにそだった おんなのこがいました

 ふたりはなかよし いつもいっしょ

 おおきくなって おうじさまはいいました

 わたしの およめさんになってください

 おんなのこは いいました

 わたしは めしつかいのむすめです

 それでもよければ おうじさまのおよめさんにしてください


 ふたりは なかよくくらしました

 そしてもうすぐ あかちゃんが うまれるというころ

 おうじさまは おきさきさまを むかえることになりました

 めしつかいのむすめでは おうじさまの おきさきさまにはなれなかったからです

 とおいくにから おうじょさまが やってくることがきまりました

 おんなのこは かなしみました

 わたしがいては おきさきさまが しあわせになれない

 わたしたちは いないほうがいい

 おんなのこには ふるいしりあいの ぼうけんしゃがいました

 もうとしをとって ぼうけんしゃはやめていましたが そのひとにおねがいしました

 わたしを とおくのくにに つれていってください

 おうじさまと おきさきさまの しあわせの おじゃまになりたくないのです

 ぼうけんしゃは そののぞみをかなえました


 とつぜんきえたおんなのこ おうじさまはさがしました

 けれど みつけることができませんでした


 とおくのくにの おうじょさまが やってきました

 せいだいな けっこんしきが おこなわれました

 あたらしいおきさきさまは だんなさまになったおうじさまが かなしそうにしていることに きがつきました

 おうじさま なぜそんなに かなしそうなおかおを なさるのですか

 わたしでは そのかなしみを なくすことが できないのでしょうか

 おうじさまは なぜかなしいのか しょうじきに おきさきさまに はなしました

 おきさきさまは おどろきました

 そして おうじさまに いいました

 なんと おなさけない

 わたくしを そんな こころのせまいおんなと おおもいか

 おうじさまのあかちゃんなら わたくしにとってもあかちゃんです

 わたくしは そのこの ははとなりましょう

 そして おうじさまを おささえしていたむすめの あねとなりましょう

 おうじさま いそいで そのおやこを さがさなくては

 

 なんねんかたちました

 けれど あかちゃんはみつかりません

 そのあいだに おうじさまは おうさまに おきさきさまは おうひさまになりました

 ふたりのあいだに こどもはいませんでした

 おうさまになったおうじさまは くにじゅうに おふれをだしました

 いなくなったおんなのことあかちゃんを さがしてほしい 

 そのおふれは いつしか とおいくににも とどきました

 としよりのぼうけんしゃは そのことをおんなのこにしらせました

 おうひさまも ふたりのことを さがしていると

 そこでおんなのこは おおきくなったこどもを ぼうけんしゃにたくしました

 おせわになったおじいさんとおばあさんがいます

 おふたりが かみのみもとにいくまで ここでいっしょに くらしたいのです

 わたしは ここに のこります


 かえってきたこどもは おうじさまになりました

 おうさまとおうひさまは とてもよろこびました

 おうひさまは やくそくどおり おかあさんとして おうじさまを たいせつにそだてました

 おうじさまは いつかりっぱなおうさまになるでしょう

 とおくのくににのこしてきた だいすきなおかあさんをむかえにいくでしょう

 そして みんなで しあわせにくらすのです



「貴賤相婚か。よくある話だな」

「シジル地区では有名なお話です」


 ちいさな頃にみんな聞くんですよ、とアンシアちゃんは言う。


「お姉さま、知らないんですか ?」

「私たちこの国の生まれではないから、そのお話は初めて聞いたわ」

「僕も知らないな」


 お父様が陛下にご存知ですかと聞いた。


「それって、シジル地区じゃ大っぴらに話されてるのかい ?」

「絵本になって冒険者ギルドに置いてあります」


 嘘だろうと陛下が頭を抱えてしまう。


「外交上の秘密だったんだけどな。ほら、カウント王国が我が国に恩があると言ったろう。これのことなんだよ」


 変に国同士が関わっては面倒なことになるかもしれないから、お互い内緒にしておこうということになっていたそうだ。


「なにしろ生まれてくる子の身分が身分だから、ここで保護していたんだよね」

「ここって、王宮でですか」


 とすると、お世話になったおじいさんたちって・・・。


「当時の皇帝、私の祖父母だよ」

「うそでしょう」


 何かあった時のために王族としての教育もし、しっかり整えて故国に送り出してあげた。

 カウント王国側はそれに感謝し、永久の友好を誓ってくれた。


「それで他にはどんな絵本があるのかな」

「えっと、キマイラ退治とテミドーロ王国のお姫様のお話、海の魔物を倒して漁師さんを助けたのとか」

「テミドーロ王国の話まで・・・」

「男の子に一番人気は『最後の竜をほふりし者』ですね」


 本物の竜じゃなくて巨大爬虫類だったって言うあれね。


「どれも英雄マルウィンの話だな。シジル地区はどうして知られたくないことばかり知ってるんだ」


 どれもシジル地区では有名な話で、知らない人はいないと言う。


「女の子に人気はテミドーロ王国のお姫様ですね。若い冒険者が魔物に飲み込まれたお姫様を助けるお話です。冒険者はその後お姫様と結婚して幸せになるんですよ」


 冒険者は魔物だけを切ることが出来る剣を使い、中にいるお姫様を傷一つなく助け出した。

 あれ ? 似たような話を最近聞いたことがあるような。


「それも機密事項だぞ。一国の王女が魔に飲み込まれて悪事を働いたなんて、情報こそ共有していても国民に知られては良いことなど一つもない。当時の宰相までなら知っていたが、その後は徐々に知る者を減らして最後は王でさえ忘れてしまうようになっていたのに、シジル地区、何をしてくれたんだ」

「そうおっしゃられても。これって知ってたら捕まりますか」


 うーんと陛下は頭をひねる。


「シジル地区の子供たちはみんな読んでいるんだよなあ」

「はい。絵本なんて買うお金はないから、ギルドに通って読むんです。一度に押し寄せないよう、子供たちの間で誰が何曜日の何時に行くか決めるんですよ」


 取り上げるのは可愛そうだしなあ。

 皇帝陛下はブツブツと言っていたが、よしと顔をあげた。


「固有名詞を書き換えた物とすり替えよう。すまないが持ち出しきてくれ」

「あの、変えるのは名前だけですよね。みんな暗記するくらい読んでるんです。大好きで大事なものなんです」


 大丈夫。新しい絵本もおまけにつけるから。

 

「冒険者ギルドのギルマスに手紙を書く。それでわかってもらえると思う」

「陛下が ? 御自らですか ? そんな、ありえません !」

「シジル地区の子供たちの宝を取り上げるんだ。子供の頃の思い出もね。私が頭を下げるのが筋だろう」


 そんな大したことじゃないよと陛下は笑った。

 そうだ、あれ、聞いておこう。


「あの、カウント王国の王子様はその後どうなったんですか ?」 

「今あの国で王様をやっているよ」


 そうか。

 ちゃんと幸せになったんだ。


「もちろん、お母様と再会できたんですよね ?」


 陛下の笑顔がピキッと固まる。


「隠しておいても仕方がないか。母親の方は国には戻らなかった。ここで一生を終えたよ」

「え、なんでですか。お世話になった方が亡くなったらって・・・」

「彼女に一目惚れした貴族の熱烈な求婚を受けてね。あちらと無関係になったほうが、どちらにとってもいいだろうと判断した。可愛い娘も生まれて、幸せにくらしたよ」


 おとぎ話の続きは読者の思い通りにはならない。

 でもこれも幸せの形なんだろう。


「彼女の娘には君たちも会っているよ」

「私たちもですか ? どちらの奥方様でしょう」


 グレイス公爵夫人は・・・年齢が合わないな。

 お茶会でお会いしたどなたかかしら。


「わからないかな。君の母上だよ。亡くなった前ダルヴィマール侯爵夫人が現カウント王国国王の母親だよ」


 私たちはもちろん、お父様もご存知なかったようで、ポカンと口を開けたまま固まる。

 アンシアちゃん一人が小さな声で


「あんのくそ爺、人の夢を壊しやがって・・・」


 と、ご老公様を罵る。 


 カウント王国と我が家が繋がってしまった。

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