第195話 イッツ、マイ ターンッ !

 私は踊るのが好きだ。

 バレエは幼い頃に初めて、ただ惰性で愚直に続けてきたにすぎなかった。

 だけどこちら夢の世界に来てから、人前で踊る機会が増えた。

 ヒルデブランドの人たちが喜んでくれるのを見て、ただの習い事だったバレエが『大好き』な物に変わった。

 もっと上手くなりたい。

 もっとたくさんの踊りを覚えたい。

 もっとみんなに楽しんでもらいたい。

 そんな気持ちがあちら現実世界の練習にも表れてきたようで、一つ上のプロを目指すクラスになった。

 それとパ・ド・ドゥ、男の人と組むクラスにも入れてもらえるようになった。

 リフトの時の体重の消し方とか、他人と合わせるとか難しいけれど、毎日が楽しい。

 私は踊るのが大好きだ。


「なのに・・・」


 こちら夢の世界に来てから、社交の席で一度も踊っていない。

 歓迎の夜会で踊ったのは西の大陸のワルツだし。

 そもそも誰一人として誘いに来てくれないのだ。

 今では「ルチア姫はダンスが踊れない」説が蔓延している。

 恥をかかせてはいけないと誘わない。

 はあぁ、この国の貴族の男性、ヘタレしかいないのか。

 ついでにディードリッヒ兄様の踊りが有名になって、じゃあ残りの二人も踊れるんじゃないかとなって、侍従三名へのお誘いが多い。


「私の娘と踊ってやってくれないか」

「姉と、妹と、妻と、ぜひ」


 みたいな感じでひっきりなしだ。

 兄様たちは「侍従の分際で」と断っているのだが、「ルチア姫、どうか」とこちらにふってくる。

 ダメと言うような心の狭い主ではないので、「いってらっしゃい」と快く送り出す。

 そして、私は、壁の花だ。


「でも、それももうおしまい。やっとあの計画を発動できる !」


 獣人族のヒディオン様にお願いした。

 とにかくダンスに誘って欲しいと頼んだ。

 そしてその後・・・。


「面白い。ぜひとも一枚かませていただきます」


 ヒディオン様はニヤッと笑って仲間入りした。



 ルチア姫が踊る。


「あの方、踊れないのではなかったの ?」

「先日の歓迎の夜会ではあちらのダンスを踊ってらしたけれど。でもあれはエルフのお方に振り回されていただけのような」


 それぞれが小声で話しているが、なにぶん人数が多いのでヒソヒソではなくザワザワになっている。

 

「やっとお嬢様の踊りを見ていただけますね」


 壁際の見習メイドが嬉しそうに言う。


「ずっと壁の花でお気の毒でした。西のお方には心から感謝です」

「我らばかりが誘われて、お寂しい思いをなさっていたから・・・」


 近侍達は嬉しそうに主を見つめている。

 西の方々も前回の夜会で知り合ったご令嬢を誘ってフロアに出る。

 男女一組が二列で整列する

 ルチア姫のお相手の獣人族は友好団の中でも若い方なので、西の方々の最後尾に並ぶ。

 その後ろに伯爵家、子爵家、男爵家などの中位、低位の貴族が続く。

 音楽が始まった。


 宮廷ダンスは手を繋がない。

 フロアに出るまでは繋いでいるのに、踊っているときは一切の接触がない。

 一緒に踊っている感を出すのが難しい。

 どれだけ相手との一体感を出すことが出来るか。

 それが『踊りが上手い』という評価の一つ。

 

 ダンスが始まってしばらくは楽し気に見守っていた貴族たちだが、何やらおかしいと感じ始める。

 列の中央辺りから踊りの列から抜け出すカップルが出始めたのだ。

 一組二組と踊るのを止めて戻ってくる。


「どうしたの ? 具合でも悪いの ?」

「違うのよ。ただ、居たたまれないのよ」


 戻ってきた子爵令嬢に友人が聞く。


「とても踊っていられないわ」


 低位貴族のカップルが何組か抜けたところで、人々はなんとなく感じていた違和感の素に気が付いた。


「あの方のお隣なんて、恥ずかしくて」


 踊り上手で有名な令嬢が扇子で指し示す先には、ダルヴィマール侯爵令嬢ルチア姫がいた。

 近侍たちの踊り名人は有名だったが、ご本人は踊れないのではないかという噂だった。

 だが蓋を開けて見れば、その踊りは際立って美しかった。

 手を挙げる。広げる。

 位置を変える。

 単純な動き。

 

「おかしいと思ったのよ。近侍があれだけの踊り上手なのに、ご主人のルチア姫が踊れないはずがなかったのに」


 全員同じ振りなのに、ルチア姫の周りだけ空気が違う。

 ただゆっくり回るだけの動きが優雅で美しい。

 手首を返しただけなのに、何かを物語っているよう。

 気がつけば西の方々以外踊りの列から外れている。


「ダルヴィマール侯爵夫人も踊りの名手でしたな」

「皇后陛下の指南役をされていましたね。お若い頃の夫人を思い出します」

「母君の薫陶を受けたのであれば納得です」


 音楽が止まりダンスが終わる。

 大きな拍手の中踊り手たちは自分たちの場所へと戻って行く。

 ルチア姫とお相手が分かれて帰ろうとした時だった。


「「「「!!!!!!!」」」」

 

 広間に声にならない悲鳴と息を飲む音が響いた。

 

「なに、なにがあったの・・・」

「ちょっと、嘘でしょう」


 次の曲の演奏準備をしていた楽団は手を止め、給仕たちも動くことが出来なくなる。


 ルチア姫の衣装から色が消えていた。


「お願い」


 姫が近侍たちに声をかける。

 壁際から四人がゆっくりと近づき、お相手だった西のお方に声をかける。


「しばしお待ちを。ただいま絡まったものを取り外しますから」


 少年侍従がお相手の指からなにやら赤い糸のような物を外す。

 ポカンとしている紳士にもう動かれてもかまいませんと声をかけ、近侍達はルチア姫の周りに膝をつく。

 会場にパチンパチンと小さな音が響く。

 近侍たちが離れると、そこには元の通り。

 美しい刺繍の衣装のルチア姫が微笑んでいた。



 受けた。

 受けまくった。

 見て見て、皆さんの驚愕の眼差し !


 ヒディオン様にはダンスが終わったら、さり気なく刺繍部分を引っ張って歩いてくれるようお願いしていた。

 スナップボタンで張り付けた刺繍はあっという間にはがされる。

 できるだけ衝撃的に取れるように、ヒディオン様には何度か屋敷に来ていただき練習した。

 

「これは楽しい。一度しか出来ないのが残念ですね」


 獣人のお方はノリノリで何度も試していた。

 その成果が今、見事に咲き誇る。

 さあ、後は席に帰るだけと思ったら、意外な方に呼び止められた。


「ルチアさん、隣のお部屋でお話いたしましょうか」

「皇后陛下・・・」


 陛下は私の腕をグイッと引っ張るとズンズンと出入り口へと向かう。


「興味のある方もご一緒に。さ、参りますよ」


 後ろからご婦人方がバタバタと追いかけてくる音が聞こえた。



「つまりこの刺繍は取り替えが可能なのですね ?」

「はい、このように基本のドレスを用意しておけば、いろいろな組み合わせが可能です。


 隣室に連れ込まれ、皇后陛下を始め高位のご婦人方に囲まれた私は、ドレスの刺繍を全部外してみせる。

 刺繍部分を持つ兄様たちは別のご婦人方に囲まれている。


「母が新しく仕立てようとしたドレスの数を聞いて驚きました。養女のわたくしがそんな贅沢をして良いものかと思いまして、相談してこのような形を取りました」

「確かにこれだと場所も取らず、手入れも簡単ですね。それにこのボタン。これは領都のものですか」

「数年前から鍛冶師ギルドで共同開発していたものだそうです」


 陛下は不思議そうに何度もボタンを嵌めてはボタンを外すを繰り返す。


「お嬢様、予備のお飾りも用意しておりますが、こちらもご覧いただきますか」


 アルが冒険者の袋から別のお飾りを出す。

 こちらは緑の刺繍で、花ではなく草をモチーフにしている。

 刺繍を張り付けるだけでなく布も足してあるので、裾周りがゴージャスに見える。


「あなたが豪華な衣装をとっかえひっかえしている贅沢な娘という噂が流れているけれど、こういう努力をしていたのですね」

「刺繍はカークスが、仕立ては一部スケルシュが手伝っております」


 まあ、という陛下のお声に、兄様たちが頭を下げる。


「素晴らしいわ。無駄遣いをせず工夫を凝らし、最大限の効果をあげる。なんと見上げた心意気でしょう。あなたはすべての子女の規範です」

「恐れ入ります。ですが全てはわたくしを温かく迎え入れて下さったこの国と、両陛下と両親の庇護あってのことでございます」


 もっと誇りなさい。謙虚すぎるのは失礼になることもあるのですよと、皇后陛下はお笑いになった。

 

 翌日の瓦版では私の踊りとドレスのことが大々的に報じられた。

 ダルヴィマール領で新たな服飾用小物が発明されたことも。

 そして十四年のクラシックバレエ歴で全力で踊った結果、比べられたら嫌だからと同じグループで踊ってくれる人も、誘ってくれる人もいなくなった。

 こんなはずじゃなかったのに。

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