第194話 ネコをかぶる かぶりまくる

 今日は友好団主催の返礼の夜会だ。

 歓迎の夜会とは違い、一家一枚の招待状で入場できる。

 だから前回追い出された『公爵夫人派』も堂々と入ってきている。

 エリアデル公爵夫人が偽物で拘束されたという話はあまり広がっていない。

 あちら現実世界とは違いこのような情報はあまり拡散しない。

 だから『公爵夫人派』はまだやりたい放題だ。

 

「見て。また違うドレスよ」

「お金があるおうちは違うわねえ。湯水のように使えて羨ましいわ」


 今日は皇帝ご夫妻がご臨席の宴だ。

 さすがの『公爵夫人派』も高位貴族のエリアに入り込めないでいる。

 王宮侍従と近衛騎士が全力で止めているからだ。

 騎士様は彼女たちの話し相手としてさり気なくブロックしている。

 あの会話を笑顔で聞き流す鉄の意思には頭が下がる。


「お金をかければどこの馬の骨でも貴族には見えるわよね」

「暴れまわるしか能がないんだから、飾り立ててごまかさなきゃね」


『公爵夫人派』の娘たちはキャハハハッと大きな声で笑う。

 それを顔をしかめて見つめる人々。

 だが娘たちはそれに気づいていない。


「ルチアちゃん、今日のドレスはかしら ?」

「ええ、お母様。です」

「いよいよ披露するのね。楽しみだわ」


 大貴族のほとんどが集まっているこの夜会。

 今日の私のドレスは初夏と言うことで薄手の絹を使った軽やかなもの。

 足元から細かい花の刺繍がされていて、腰のあたりまで綺麗なグラデーションになっている。

 襟元や袖部分にも小花模様が刺されていて、とても華やかな仕上がりだ。

 もちろん製作者はディードリッヒ兄様。


「ルチア姫のお衣装、今日も素敵だわ」

「華やかだけど清楚で上品。難しいところを上手にまとめたドレスね」


 もっと褒めて、もっと褒めて。

 フロラシーさん率いるヤニス洋装店王都支店仮店舗の皆さんの渾身の作ですもの。

 今日は『公爵夫人派』が高位エリアにいないから、リラックスして過ごすことが出来る。

 ギリギリのところでわざとこちらに聞こえるように話す声が聞こえてくるが、はっきり言って負け犬の遠吠えだ。

 低位貴族は寄り親か知り合いの高位貴族の案内無しでこちらに入ってくることは出来ない。

 エリアデル公爵夫人がいない今、間違っても近寄れない。

 そこでジャンケンに負けた可哀そうな近衛の騎士様たちに構ってもらいなさい。

 うわあ、私、今日すっごく意地悪な気持ちになっている。

 なんたってヒルデブランドで企画した計画を発動する日なのだから。

 この後の展開が楽しみで仕方ない。



 夜会会場近くの一室。

 臨時の事務室が設けられている。


「証拠は順調に集まっているようですね」

「はい、夜会の雰囲気もあるのか全員気持ちよく話しています」


 まだ夜会は始まったばかりだというのに、『公爵夫人派』の娘たちの言行録が次々と持ち込まれる。

 彼女たちの周りに配した王宮侍従や騎士たち、取材を許された瓦版屋からの情報だ。


「自分たちの旗頭が逮捕されたことをまだ知らないのでしょうが、随分と幸せな頭をしていますね」

「あまりに簡単な仕事に笑いが止まらないとみんな言っております」


 執務机に陣取ったルチア姫の近侍が穏やかに微笑む。


「笑うのは別室でと伝えてください。宗秩省そうちつしょうの捜査が入っていると知ったら黙ってしまいますからね」


 宗秩省そうちつしょう総裁が過労で倒れた。

 代わりをするはずの副官も流行り病で隔離されている。

 また上位の者が長期で休暇を取って出仕していない。

 連絡を取ろうにも旅行に出ているのかどこにいるかわからない。

 取り仕切ることが出来る者が誰もいない。

 宗秩省そうちつしょうの仕事は締め切りがあるわけではないが、それでも職員を纏める者が必要だ。

 残された者たちがどうしたものかと集まって話し合っていると、扉が叩かれ一人の男が現れた。


「失礼いたします。宰相閣下からこちらでお役に立つよう指示されて参りました」


 赤い長髪を一つに結んだすらりと背の高い若者。

黒衣の悪魔ブラック・デビルズ』の一人。

 近頃ご婦人方から『錦糸きんしきみ』の二つ名を捧げられた青年だ。

 職員の中には指示を出せる者がいないとわかると、自らが先頭に立とうと立候補した。


「侍従ごときが仕切るのも烏滸おこがましいのですが、何かあった時には私一人が責任を取ればよいことです。総裁閣下が復帰されるまではご容赦ください。ご一緒にこの難局を乗り切りましょう」」


 宰相府から派遣されたのが『魔王』でなくてよかった。

 あの氷の瞳で睨みつけられたら、それだけで王宮を辞したくなる。

 宰相府を侮った職員たちが、皇帝陛下の御前で全身の毛と言う毛を燃やされたのは有名な話だ。

 その後引き籠るのを許さず出仕させたのも知れ渡っている。

  

「私は総裁閣下のように気が長くないので、確実なものはさっさと終わらせてしまいますよ」


 若気の至り、気の迷い、もう少し様子を見てみよう。

 クロ確定ではあるがそんな感じの溜まった見守り案件がサクサクと処理されていく。

 物腰こそ穏やかだが、仕事の切れぐあいは『魔王』と同等と職員はすぐに悟った。

 だが脅されるわけでもなく睨まれるわけでもなく、静かに仕事を進ませていく。

 そして休憩時間には彼が自ら茶を振る舞ってくれる。

 時々ルチア姫が差し入れを持ってきてくれる。

 殺伐とした情報を扱っている職場なのに、職場環境は今までと比べて格段によろしい。

 

「総裁閣下、もう少し寝込んでいて頂けると助かるな」

「ああ、それにまだカークス様の教えを受けたいんだ」


 今まで突っ返されていた書類。

 どこを直せばいいのか聞いても自分で考えろと言われるだけだった。

 だがこの若者は一つ一つ「こことここを入れ替えると時系列がはっきりする」とか「この表現だと誤解を生む恐れがある」とか「こうなった状況の両方の証言を書き込むとこうなった結果が理解ができる」とか、懇切丁寧に指摘してくれる。

 書き直して提出すると「とても分かりやすくなりました」とか「頑張りましたね。前の物よりよい報告です」とか褒めてくれる。

 仕事は出来て当たり前、上司は叱責するだけと思っていた職員たちは、徐々に自信とゆとりを取り戻して生き生きと仕事をこなしていく。

 ダルヴィマール侯爵家は宰相府に続き宗秩省そうちつしょうも掌握した。


「そろそろ始まりますか」


 読んでいた報告書をまとめて未決箱に入れる。

 立ち上がって身なりを整える。


「しばらく外します。主の雄姿を見なければ」

「ルチア姫が何か ?」


 部下に訊ねれら、近侍は意味ありげに微笑む。


「ええ。とても楽しいことですよ」



 ディードリッヒ兄様が戻ってきた。

 宗秩省そうちつしょうの仕事で忙しいが、ここぞという時には傍にいてくれる。


 総裁が拘束されてから、皇帝陛下も加わり少し忙しく事を運んだ。

 副官、有能そうな人、リーダーになりそうな人。

 そういう人たちを適当な理由をつけて職場から引き離した。

 残ったのは何の権限も持たないヒラの職員たち。

 にっちもさっちも行かなくなったところにディードリッヒ兄様を送り込む。

 大人しい猫を二百匹くらい被った兄様に、困り果てていた職員さんたちはあっという間に懐いてしまった。

 本来侍従である兄様がお手伝いに行くこと自体ありえないし、まして総裁代理なんて任せるはずがないのだが、文句をつけそうな人たちははるか遠くへ飛ばしてある。

 エイヴァン兄様が宰相府で腕を振るっているという前例もあり、皇帝陛下の「良きにはからえ」の一言で特に問題はおきなかった。

 絶対帝政ブラボー。

 上手くいった原因はもう一つある。

 この世界の人たち、考え方が結構単純だ。

 兄様たちなら十くらいの思考過程を得るだろう問題に、その半分か三分の一くらいで答えを出してしまう。

 だからあちこち綻びが出るのだが、そのあたりあまり気にしない大らかさもある。

 もちろん陛下やお父様などの国のトップはそんなことはないのだが、一般の人たちの考え方はこんなものだ。

 まだ成熟していない世界なのだから、今はそれを利用させてもらうそうだ。


「ルチア姫、踊っていただけますか」


 顔を上げると獣人族のヒディオン様が手を差し出している。

 

「ええ、喜んで」


 私はヒディオン様に手を取られてダンスの列にならんだ。

 さあ、『ルチア姫劇場』の始まりだ。

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