第182話 ダンス、ダンス、ダンス !

 資料が集まったので『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』祭りは終了になった。

 約束通りお父様にお願いして、兄弟子の皆さんの資料庫利用が可能になった。

 お飾りでも一応騎士団長のお父様はそれなりに権限はあるらしい。

 お兄様たちは毎日籠っていろいろ楽しそうだ。

 私たちの時は対価有りきだったので、おじいちゃま騎士様たちに同じ条件で見せるようにと伝えたら、隊舎の掃除やら食事作りやらで閲覧時間を稼いでいる。

 たまに訓練に駆り出される不幸なお兄様もいるそうだ。

 私たちだって頑張って閲覧時間を確保したんだからいいよね。

 私はと言うと、またぞろ元気になったエリアデル公爵夫人とバトルをしている。



 ダルヴィマール侯爵家の寄子を外された貴族たちには二種類いる。

 親だけが暴走していた家は、子供世代がこっそり私と連絡を取り合っている。

 親の代のことは親の代でかたをつけて、次代ではまた仲良くやりましょうということだ。

 家ぐるみで反発していたところは完全無視。

 こういう連中は陰でこそこそ悪口を言いまわっている。

 が、所詮は有象無象どうでもいいの類。

 

 めんどくさいのはそういう連中がエリアデル公爵夫人についたことだ。

 虎の威を借りたなんとかで、もう勝ったも同然でふてぶてしい態度で上座に陣取っている。

 公爵夫人が参加しないときでもだ。

 夜会というとどこにいてもいいように思われているけれど、実はちゃんとルールがある。

 入り口付近が男爵と子爵、その次が伯爵。

 侯爵と公爵家は一番奥。

 その中でも最も上座は皇室ご一家の為にある。

 で、問題の連中がどこにいるかというと、まさしくそこ。


 あのお、そこは本来皇帝陛下と皇后陛下がお座りになる場所ですよ ?

 どんな夜会でも、お出ましにならないとわかっていても、そこは空けておくべきところなんですよ ?

 この国の貴族であればわかっているはずですよね ?

 何で平然と両陛下の為にご用意されたお酒と軽食を食べてるんですか。

 空いてるなら座ったっていいじゃないって、新幹線の指定席争いじゃないんですよ。


 各夜会でこのような横暴が繰り広げられていて、主催者の怒りはすさまじい。

 だって陛下のために最上級の物をご用意したというのに、低位貴族たちに食べ散らかされてるんだもん。

 そんなわけで、この二十名ほどの派閥は貴族社会の鼻つまみ者になっている。


「ルチア様、いかがなさいまして ?」


 グレイス公爵の寄子で侯爵令嬢のフランシェリ様が声をかけて下さる。


「ご気分でも ?」

「いえ、大丈夫です」


 気分というか、来週に控えた短期留学生の選抜試験について考えてたんだけど。

 英会話のテストが憂鬱なんだよね。

 学校とかで習うのはアメリカン・イングリッシュなんだけど、選抜試験ではクイーンズ・イングリッシュを要求されてるんだ。

 幼稚園から在籍している人たちはもう十年以上のキャリアがあるわけで、その中でどれだけの会話力を示すことができるのか。

 正直不安でしょうがない。

 両親も英語は得意だけど、如何せんネーバル・イングリッシュだからね。

 固い固い。


「ルチア様も気にしておいでなのですね、あの方たち」


 フランシェリ様がフッとため息をつく。


「エリアデル公爵夫人の真似をして呼ばれてもいないのにやってきて、高位貴族どころか今上陛下のお席を汚してやりたい放題。こちらのお宅が伯爵位だから公爵家に文句をつけるなと、一体どこの場末の商売女でしょう。シジル地区にも劣る・・・あ、ごめんなさい。その、そんなつもりではないの」

「よろしいのよ。わかっております。慣用句ですわ」


 申し訳なさそうに頭を下げるフランシェリ様にお気になさらないでと言う。


「あのような輩を野に放ってしまったのは我が家の失態。まさか公爵夫人の下につくとは思いもよりませんでした。何よりもあの方たちの目的がわたくしを辱めることで、そのために皆様にご迷惑をおかけしていることが心苦しいのです」

「愚かな方たちだわ」


 振り返ると某公爵家のご令嬢は扇子をパタパタしながら近寄ってくる。


「エリアデル公爵家は今や名前だけの存在。本来爵位も貴族位ももたない平民よ。それにすり寄っても寄子にはなれず、もちろん庇ってもらえるわけではないのに。わかっているのかしら、あの方たちは」

「はっきりおっしゃいますのね、エウフェミア様」

「はっきり言ってもわからないのだから構わないわよ、フランシェリさん。貴女のせいではないわ。あんな方たちのために、社交を止めるなんておっしゃらないわよね、ルチアさん」


 エウフェミア様、なかなかきつい性格でいらっしゃる。

 

「今日は年に一度の友好の儀の夜会の予行ですのに、これでは見直しすらできないわ。ご覧になって、歓待担当の伯爵ご夫妻の渋いお顔」


 友好の儀とは、西の大陸とヴァルル帝国とで使節団を送りあい、不可侵と友情を確認し合う儀式のこと。

 あちらからはエルフ族、ドワーフ族、獣人族が来られる。

 こちらからは、人族しかいないのでバラエティーには欠ける。


「エウフェミア様もフランシェリ様も、昨年の夜会にはお出になられたのですわね。わたくしは今年が初めてですから、少しドキドキいたします。あちらの大陸の方はどのようなお方なのでしょう」


 会話を少し明るい物に引き戻す。

 悪口を言っていてもしかたないもんね。


「そうねえ、まずエルフのお方はとてもお美しいわ。でも種族が違うからかしら。それ以上の感想はないわね。近しくお話などできればまた違うのでしょうけれど」

「ドワーフのお方は物語に出てくる通りですわ、ルチア様。ただ、おとぎ話では小柄と書かれていますけれど、実際は私たちと身の丈は変わりませんわ。もっと高い方もおいでですし」

「獣人の方は・・・フランシェリさん、ね ?」

「さようでございますわね、エウフェミア様」


 お二人は顔を見合わせて思わせぶりに笑う。


「いやですわ。なにか隠しておいでですの ?」

「ふふふ、こればかりは楽しみになさいませ」

「実際にお会いした方がびっくり具合が違うわよ、ルチアさん」

「まあ、いじわるさんですこと、お二人とも」


 三人でクスクス笑っていると、紳士淑女の皆さんがフロアの中央に集まってきた。


「ダンスが始まるようね。お二人はどうなさるの ?」

「いってらっしゃいませ、エウフェミア様、フランシェリ様。わたくしはこちらで」


 殿方がお二人を誘いにくる。

 実は私は腫れもの扱いで、一度もダンスに誘われたことがない。

 仕方ないよね。

 ああいう集団の前では、皆さん私を誘う勇気は出ないと思う。

 壁の隅の椅子に座ってダンスが始まるのを待つ。


「まあ、私のお相手をしてくださる方はいらっしゃらないの ?」


 突然フロアにご婦人の声が響く。


「私のような年寄はお嫌なのかしら」


 またエリアデル公爵夫人だ、と囁き声が響く。

 会場を見回すが、自分がと名乗り出る人はいない。

 あちらを気にして私を誘う人がいないように、私を気にして誰も夫人を誘わない。

 まして自分から出てくる殿方はいないだろう。


「仕方がありませんね」


 イライラした様子の夫人は急に笑顔になる。

 そして私たちの方へゆっくりと歩いてきた。

 そして私の前で止まる。


「おまえに私と踊る栄誉を与えてあげるわ」


 ディードリッヒ兄様に手を差し伸べた。

 会場中が息を飲んで二人に注目する。

 兄様はニッコリと笑って夫人の手を取った。


「私のような者でよろしければ、喜んで」



 楽しいはずの新シーズンが、一方的に新成人の少女が貶められる展開。

 夫人の取り巻き以外、正直この流れにうんざりしている。

 少女は慣れない国で近侍達に支えられ、体調を崩しながらも健気に頑張っている。

 若い娘たちは気にせずに声をかけているが、大人たちは派閥や地位のこともあって手を出せずにいる。

 特に中位、低位と呼ばれる貴族たちは。

 エリアデル公爵夫人はルチア姫自身を傷つけることが出来ないと分かったのか、今度は近侍に手を出した。

 ルチア姫の近侍に恥をかかせ、そのことで姫を嘲笑おうとしているのだろう。

 一介の侍従がダンスを踊れるわけがない。

 真似事くらいは心得ているだろうが、シンプルゆえにそれだけ力量が見えてしまうのがこの国のダンスの恐ろしいところなのだ。

 だから男性は手足の動きの見えにくい衣装を着ている。

 取り巻きたちはわくわくして始まりを待っている。

 エリアデル公爵夫人は列の先頭に立つ。

 音楽が始まった。



 まあ、こうなることはわかってたんだけどね。

 エリアデル公爵夫人の無茶振りの可能性を考えたとき、ダンスに駆り出されるっていうのも上がってたんだよね。

 ヒルデブランドで始めたバレエ擬きのダンスレッスン。

 あれは王都に来てからも続けていた。

 兄様たちは空手の帯持ちということで体幹こそしっかりしているけれど、それは実戦向け。

 バレエの定められた動きは、剣技や空手とは違う筋肉を使うのが面白いと、かなり本格的にやっていた。

 今はこちらのダンスを習得している。

 ただのダンスではない。

 お母様監修の元、めちゃくちゃカッコよく見える踊り方。

 それぞれの見た目に合わせて、一番インパクトのある仕草というのを会得した。

 エイヴァン兄様なら魅惑的に、アルなら爽やか系で。

 ディードリッヒ兄様の場合は包容力。


「エリアデル公爵夫人は実はわたくしと同い年なのよ。結婚した年も同じだったわ」


 援助の為の『白い結婚』。

 知り合いもなく、茶会や夜会を開くでもなく、夫との会話も少ない。


「媒介者として選ばれた理由がわたくしにはわかる。だからこそ、カークスにはこれなのよ」


 決して彼女から目を離さず、背の違いから上から優しく見つめる。

 多少のマナー違反も温かく受け入れる。

 最後まで大切に大切に。

 今まで踊ってきた殿方との決定的な違いを。


「お方様・・・正直できそうにありません。こんなくそ甘ったるい役、私には無理です」

「出来る出来ないではありません。やるのです。演技ですよ、演技。第一、この役をスケルシュが出来ると思いますか」

「・・・はい・・・」


 ディードリッヒ兄様、血の滲むような努力でマスターしました。

 お父様が「年俸上げようかな」とつぶやいたくらい。

 その努力が今、花開いたと思う。

 兄様はフロアの中で一番目立っていた。

 他の人たちが霞むくらいに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る