第181話 毒を食らわば机まで ~ みんなで幸せになろうよ

黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』の資料庫は広い。

 そして汚い。

 汚れているわけではなく、あらゆる資料が乱雑に積み上げられているのだ。


「まあ、頑張って探してみてくれや」


 それはつまり、整理整頓してきちんと分類しろということだろう。

 そこから始めなければ必要な資料は見つからない。

 グランドギルドに保管されている依頼と瓦版は、資料室長であるベナンダンティが受け持ってくれた。

 ギルマスが手を回したのは間違いない。

 だからここではそれ以外の資料を見つければいい。

 いいんだけどね、一体何年分放置されているのやら。


「埃は魔法で消したが、この膨大な量はなんとかならんのか」


 エイヴァン兄様が眉間に皺を寄せて唸る。

 訓練に使った時間だけしかここを利用出来ないから、とにかく急ぐ。

 でも、足りない。

 そんなわけで交渉して、おじいちゃま先生の兄弟子の皆さんへの指導時間も足してもらった。

 まずは兄様たちが出かけたが、簡単なテストの結果を見てエイヴァン兄様が手を引いた。


「こいつらに教えるのは時間の無駄だ。まだ宰相府の新人を鍛えた方が役に立つ」


 遊びの延長と言いたかったらしいけれど、侍従姿の兄様にそのまま言われた兄弟子の皆さんはまたまた固まってしまった。

 自分が楽しいだけで満足という考え方は兄様は嫌いなのだ。

 結局ディードリッヒ兄様が担当することになったのだけれど、ついでにアルがアンシアちゃんに割り算と掛け算を教えることになった。

 好奇心旺盛なアンシアちゃんはとても喜んでいる。


「お嬢、訓練に行くぞー」

「・・・はい・・・」


 アルは守りの剣、ディードリッヒ兄様は理論的な剣。

 おじいちゃま騎士様たちとしては、意外性がなくてつまらないのだとか。

 おじいちゃまたち何気にわがまま。

 そんなわけで剣の訓練は私とエイヴァン兄様が担当している。

 午前中は私たちは訓練、アルたちは勉強。

 合計四時間確保して、お昼を挟んで午後からはみんなで資料整理だ。

 ちなみにお昼ご飯も私たちが作っている。

 調理係も年寄なので、団員、兄弟子の分まで作るのは疲れるのだそうだ。

 ・・・何しに来ている、私たち。

 この件についてもエイヴァン兄様がおじいちゃま先生にガンガンと文句をつけた。


「後進の育成と言うが、この後進とやらが何かを成したことがあるのか ? 培った知識を使って社会に貢献するわけでもなく領地経営に生かすでもなく、部屋に籠って数字を弄っているだけじゃないか。問題が解けたとお手々パチパチしてて可愛いのは七つまでだぞ。働かざる者食うべからず。午後からはしっかり働いてもらう。いいな、じーさん」


 という訳で労働力確保。

 騎士団の予算で食べてるんだからその分動けとされて、お兄様方は参加してくれた。


「とりあえず年代別に分別するぞ。その中でも気になったものは別にしてくれ」

「キーワードが少しでも入っていれば避けていい」


 兄様たちの指示で膨大な資料を仕分けしていく。


「すごい ! 凄い資料だ、これは !」

「クロセーノ王国の王子が、アリーデ宝飾店でバトゥン子爵令嬢に指輪を買った。これが有名なミカーリの指輪戦争のきっかけか」

 

 文句を言うかと思いきや、兄弟子の皆さんは嬉々として資料整理をしている。

 どうやらここは歴史的資料の宝庫だったらしい。


「おいっ、そこのツンツン頭っ ! 読みふけるなっ !」

「分類しろっ ! 手を休めるなっ !」


 兄様たちの怒号が響く。


「だって、スケルシュさん、無理ですよ。こんな歴史的大発見を無視するなんてできません !」

「無視しろっ ! 我慢して分別しておけば、後で研究する時に楽になる。耐えろっ !」


 もはやどっちが貴族でどっちが侍従かわからなくなっている。


「全部終わったら責任もって読ませてやる。それまで待て」

「でも、ここは騎士団隊舎ですよ。そんな権限あるんですか」

「うちの親父はここの団長だぞ。権限有りまくりに決まっとろうが」

「よし、もうひと頑張りだ。手を動かせ !」



「皆様、お疲れ様でございました」

「こちらにお茶と軽食をご用意しております。どうぞお召し上がりください」


 夕五つの鐘が鳴り終わると、侍従たちの態度がマルっと変わった。

 先ほどまでの殺気だった気配は消え、存在感のない無害な青年が立っている。


「それでは我らはこれにて失礼いたします」

「明日もよろしくお願い申し上げます」


 ルチア姫の一行が帰って行く。

 玄関扉の閉まる音がして、兄弟子たちはやっと肩から力を抜いた。


「剣が強くて、頭が良くて、統率力かあって、顔が良くて」

「なんで侍従なんてやってるんだ。全員どこかの貴族の養子になっていてもいいだろう」


 ぐったりと椅子に沈み込む一同。

 普段のんびりダラダラと過ごしているので、超スピードで働かされて疲労困憊している。

 こんなに動いたのは騎士養成学校を卒業して以来かもしれない。


「もしかして宰相閣下は跡継ぎを育ててるんじゃないか ?」

「あと十年するとご子息が婿入りされるんだったな。その時の宰相にか ?」

「しかし年が離れすぎていないか ?」


 宰相には気心の知れた優秀な友人を選ぶのが慣例となっているが、当然経験不足は否めない。

 現宰相も前職からかなりの指導を受けたと言われている。


「まずあの人たちの誰かを宰相にして、ご子息を宰相になるよう教育するんだ。皇配殿下が宰相なら安心だろう」

「そうだな。女帝陛下の宰相が異性では問題が起こるかもしれないしなあ。かと言ってご婦人にそんな重責を負わせるわけにはいかないだろうし。それなら皇配殿下を宰相にって考えもわかるな」

「今、宰相府が中心になって、色々な手続きの改正が始まってるだろう。多分その布石だ。ご子息がご結婚された時の為に、古い慣習などを排除しておこうとお考えなんだよ」


 そのような話はまるでなかったのだが、兄弟子たちからまことしやかに語られて、いつしか真実と認定される。

 当事者の皇帝陛下とダルヴィマール侯爵家がそれを知るのは数年後のことだった。



 一週間が経った。

 ついに書類の分類整理が終わった。

 放置されていた約百年分の書類。

 三日目からはおじいちゃまたちが投入された。

 ブツクサ言っていたが、兄様たちの


「てめえらの事務仕事放棄のしりぬぐいはお断りだ。責任取って働け」


の一言で参戦が決定した。


「じーちゃんのっ、かっこいいとこ見てみたいっ !」


 と、アンシアちゃんが歌うので、兄弟子の皆さんも一緒になって囃し立てたせいもある。

 仲間犠牲者は多い方がいいのだ。


「それにしても『カウント王国』『ゴール男爵』『ヒルデブランド』の三つのキーワードで随分と資料が見つかりましたね、兄さんたち」

「今度はこれを精査するんですね。そのものずばりが書いてあるわけじゃないから、どう関連付けていくか、難しそうですね」


 資料は定型の用紙に書かれているので見やすくはある。

 でも気持ちよく書き込んでいるので、達筆すぎて読みにくい。

 翻訳作業に時間がかかりそうだ。

 一枚読んでみる。

 八十年ほど前の物だ。

 

 ヒルデブランドに優秀な冒険者が誕生した。

 年は十五才。  

 逸材になる可能性あり。

 要、観察。


 これはあまり関係ないかな。 

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