第176話 決勝・その前に
準決勝は最初から波乱万丈だった。
2ブロックの試合中、アンシアがわずかに躓いたかに見えた。
その隙をついて相手選手が激しく攻撃する。
アンシアはその場を動くことなく相手の剣を流していく。
そして一瞬の間に相手の剣をはじいた。
「勝者、ダルヴィマール !」
審判が宣言して試合が終わる。
と、アンシアがその場に崩れ落ちた。
「も、もうダメ・・・」
アンシアの顔色がどんどん蒼くなり苦痛に顔を歪ませる。
待機していた衛生兵がフロアに上がり、アンシアの左足の靴と靴下を脱がせると、真っ赤に晴れ上がった足の甲が現れた。
「・・・あんた、その足で戦っていたのか。なんで棄権しなかった」
「それ、魔物に言うんですか」
衛生兵は手を止め、相手選手は黙った。
「ケガしてるから、また今度って魔物に通じるんですか。そのまま食べられたいんですか。あたしはイヤです。たとえ負けても最後まで戦いますよ」
「アンシアさん、私が見ましょう」
いつの間にか真紅の髪の少年侍従がフロアに上がっている。
「小指の下あたりにヒビが入っているようですね。頑張りましたね、アンシアさん。辛かったでしょう ?」
なんで見ただけでわかるんだと衛生兵が詰め寄ると、少年は鑑定の魔法を使えますからとサラッと流した。
「では治療をしましょう。もう少し我慢してくださいね。少し触りますよ」
少年の手がアンシアの足を包み込む。
すると眩い光が・・・なんてことはなく、小さな光が一瞬だけ
「ありがとうございます、カジマヤー君。楽になりました」
「念のためしばらく休んでくださいね」
靴を履こうとするアンシアの足を衛生兵がじっと眺めている。
先ほどまでの大きく腫れあがった状態から、何故こんなにも早く完治するのか。
治癒の魔法はせいぜい傷を塞ぐか痛みを和らげる程度だと聞いている。
もっとよく見ようと顔を近づける。
その様子にアンシアは後ずさる。
すると衛生兵はずいと前に出る。
少女はまた下がる。
エビのように後ろへ後ろへ逃げるアンシア。
それを追う衛生兵。
三十メートル四方の隅に少女が追い詰められた時、侍従と相手選手が衛生兵の後ろ襟首を掴んで引き剥がし、笛とともにイエローカードが掲げられた。
「頼むっ ! もう少し見せてくれっ! どうしたらそんなに簡単に治せるんだ !」
叫びながら引きずり出される衛生兵。
その声を無視して試合は続けられる。
「審判、彼女は心身ともに疲れ切っています。選手交代を希望いたします」
「了承しました。ダルヴィマール家、選手交代を許可します。次の選手はフロアに上がってください」
辺境伯側から三十路に入ったばかりと見られる口ひげの騎士が現れる。
「そちらの選手は ?」
「私です。よろしくお願いいたします」
少年侍従が貴賓席に向かって膝をついて礼をする。
「ご覧になって、リンゴの
「まあ、なんて初々しい」
「あれが大会開催のきっかけになった・・・」
「総料理長がぜひ弟子にしたいと頼み込んで断られたという・・・」
会場がざわざわとする中、少年は剣を抜き構える。
「やれやれ。この年になって君のような坊やと戦わなくてはいけないとは。見ればまだ若い。母上の乳を銜えていてもよいのだぞ」
ママのおっぱい吸ってるのがお似合いだ。
そう揶揄する相手に、少年侍従は剣先を向けて言った。
「ご婦人の価値は胸ではありません」
「 ! 」
「心です ! 」
◎
「一体君は何がしたいんだ」
ダルヴィマール侯爵令嬢へのあからさまな嫌がらせ。
すでに貴族の間では問題になっている。
初めは彼女一人が悪目立ちしていたが、寄縁を切られた貴族たちがそれに加担し、今貴族社会はあまり良くない雰囲気になっている。
「子供じみたことばかりして、ご令嬢の何が気にいらないんだ」
「・・・」
普通の女だった。
朝は「いってらっしゃいませ、旦那様」と笑顔で送り出してくれ、夕には「お帰りなさいませ。お疲れ様でございました」と迎えてくれる。
夕食を取りながら昼間何をしていたかを話してくれる。
そして別々の部屋へと戻るのだ。
結婚して十数年、平凡な毎日。
それが成人のお披露目からなぜか変わってしまった。
週に一度あるかないかのお茶会は毎日になり、それまで公式のもの以外には参加しなかった夜会にもどんどん出かける。
服は派手になり、宝飾品の購入も増えた。
元は公爵家であり、爵位は手放しても商売は続けているから負担にはならない。
総裁としての扶持もある。
が、あまりの変わりように屋敷に仕える者たちも怪しく思っている。
まるで別人。
知らないお方みたい。
そのような噂は総裁室にも聞こえてきている。
「君は・・・一体・・・誰だ ?」
「あなたの・・・妻、ですわ。あなたの・・・」
ハッと顔をあげると、妻はうつろな目で同じ言葉を繰り返している。
「どうした。しっかりしろ」
「アナタノツマデス、アナタノツマデス」
「奥様っ !」
突然胸を押さえると苦し気に肩を上下させる。
それでも話すのを止めようとしない。
まさか、これは、あれなのか ?
総裁は姉に渡された箱を思い出した。
あの後家に持ち帰り、部屋に置きっぱなしにしてある。
侍女に妻をまかせ、自室に走る。
呪い返しにあっているなら飲ませなさい
姉にはそう言われたが、信じきれずに放置していた。
だが、もしその言葉が真実であったなら。
クローゼットの片隅に押し込んでいた箱を取り出し、そこから小さな瓶を一本取り出し、急ぎサロンに戻る。
「ご主人様、奥様がっ !」
床にうずくまりブツブツとつぶやく妻を助け起こし、その口に小瓶をあてる。
「飲んでくれ、頼む。飲むんだ」
少しずつ少しずつ瓶の中身が減っていく。
そして最後の一滴が口の中に消えたとき、夫人の体から力が抜け、顔に赤みが戻ってきた。
「ご主人様、一体何が・・・」
「すまんがこの件は内密に頼む。それとしばらくこれを外に出さないようにしてくれ。いいな ?」
「はい・・・かしこまりました」
気を失った妻を抱え上げ寝室へと連れて行く。
ダルヴィマール侯爵夫人と姉であるグレイス公爵夫人に、この件について詳しく尋ねなければならない。
妻を侍女に任せると、総裁は自室に戻り面会を希望する手紙を書くのだった。
◎
準決勝。
2ブロックの試合はまたしてもダルヴィマール侯爵家のワンサイドゲームだった。
一方的な試合は面白味がないものだが、見習メイドと違い少年は自分から勝ちに行かず守りの延長としての勝利だったので、その戦いぶりは剣を持つものには楽しめるものだった。
1ブロックは『
それでも生意気な若造を叩きのめして決勝へと駒を進めた。
ギックリ腰の二人は別の選手と交代になった。
三十分の休憩の後に決勝が始まる。
その間にもイベントは続いている。
例の「イケメン・コンテスト」だ。
『イケメン』という言葉のない
今大会で一番活躍した選手を選考する・・・はずだったが、なぜか一番かっこいい選手を選ぶという、『イケメン』本来の意味の大会に勝手に変えられていた。
入場券には投票用紙が付いていて、会場内で投票できるようになっている。
「ねえねえ、どなたに投票するかお決めになった ?」
「お一人にしか投票できませんでしょう ? 迷ってしまって」
「まだ宰相家の選手が出そろってませんもの。どんな方が出場されるのか」
女性だけの集まりであるお茶会ならまだしも、公共の場で異性の良し悪しを口にするのははしたない。
しかし、これはコンテストである。
誰が一番のイケメンか。真剣に討議する必要がある。
正々堂々と誰がステキか口にできるチャンス。
ご婦人方は盛り上がっている。
「こうなると選手名簿が欲しいですわ」
「そうですわね。お名前がわからないのはちょっと・・・。それに絵姿付きであれば後からも楽しめますのに」
悩む方がいれば最初から決めている人もいる。
「出るわ、絶対出るわよ。だってカジマヤー君が出たんですもの」
「そうよ。アンシアさんにカジマヤー君ときたら、後はカークスさんとスケルシュさんよ」
「私、カークスさんに一票」
「私はカジマヤー君。あの一言には感動したわ」
若いお嬢さんたちも噂話に余念がない。
「宰相様の最後のお一人はどなたかしら」
「あの不思議な楽器の方かしら」
「楽しみね。早く始まらないかしら」
決勝を前に会場は盛り上がりを見せていた。
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