第175話 準決勝、開始
試合はサクサクと進んでいく。
1ブロックの第二試合は第一騎士団がギリギリのところで三勝勝ち取り準決勝へと駒を進めた。
相手はあの『
準決勝は天覧試合になるので、2ブロックの試合が終わるまで休憩である。
2ブロックではルチア姫の『五分以内』宣言通り、アンシア一人で第四騎士団の全員に勝利。
大喝采を浴びた。
彼女の実力を周知していた近衛とダルヴィマール騎士団は大喜びだ。
「でかしたっ、嫁っ !」
と喜びの声をあげた近衛団長の顔の横に短剣が深々と刺さり、
「てめぇの嫁じゃねえっ、エロ爺っ !」
と叫んだアンシアがイエローカードをもらったときは会場中大爆笑になった。
それを見ていた警備隊では誰が最初にやられるか、先鋒、次鋒決めに手間取っていた。
あの速さについていけるものは誰か。
最初に叩いておかないと第四騎士団の二の舞だ。
「あのお、早い早いって、あたし、遅いですよ」
待ちくたびれたアンシアがストレッチ運動しながら声をかける。
「他の人たちはもっと早いです」
棄権したい。
誰もが一瞬そう考えた。
◎
その頃王宮内では、試合会場に入れない人々のための王宮探検隊が練り歩いていた。
「こちらが大謁見の間。春の大夜会の前に成人の儀の行われる場所です。春までに成人した貴族女性は、こちらで皇帝陛下から祝福を受け一人前の貴族と認められるのです。その後別室でそれぞれの得意な芸を披露し、最も優れていると認められた少女が陛下から栄冠をいただき、ティアラの乙女とよばれるのです。今年の乙女は皆様ご存知のダルヴィマール侯爵令嬢ルチア姫です」
しばらく舞踏会の開かれる大広間や職員の食堂などを案内し、そろそろコース最後という時、案内人が突然参加者に沈黙を要求した。
「皆様、あちらの回廊、ただいま大会会場である第一騎士団隊舎に皇帝、皇后両陛下がお渡りになります。頭を下げる必要はございません。ただ静かにお見送り下さい」
え、皇帝陛下が ?
指し示された方を見ると、護衛と侍女に挟まれて静かに移動する一行が見える。
見学者は帽子を取り黙ってご一行を見送る・・・はずだった。
「こーてーさまだー」「こーごーさまー」「こんにちはー」
幼い子供たちが嬉しそうに駆け寄ろうとする。
親たちが慌てて取り押さえ、頭を下げようとする。
「おとーしゃん、てぇふってる」「あたしもおててふる」「ふるー」
親たちが顔を上げると、なんと皇帝ご夫妻がこちらに向かってにこやかに手を振っているではないか。
あっけに取られているうちにご一行は柱の向こうに消えていった。
「俺、皇帝陛下のお顔を見ちまった・・・」
「あんたぁ、目が潰れやしないかい」
「もしかしたら死刑になるかも・・・」
大人たちは真っ青になっている。
「きれーだったね、こーごーさま」「こーてーさま、すてきだったー」「あたし、こーてーさまのおよめさんになる !」「あたしだってなるもん !」「ぼくのおよめさん、こーごーさま」「おてがみかこうっと」「あたしも !」「ぼくも !」
怯える大人たちとは逆に、幼子たちは無邪気なものだった。
◎
気持ちの上ですでに負けていた警備隊は、第四騎士団と同じ結果となった。
せめてカッコよく負けたいと、試合前には
「お胸をお借りしたく・・・」
「精一杯がんばります」
などと謙虚な挨拶ですませたが、それを笑顔で叩きのめしていく相手の選手は強かった。
確実に喉笛を狙い、決して相手を傷つけない。
他の騎士団のようにボコボコになっていないだけましだと己を慰める。
参加団体の中で全員無傷なのは、ダルヴィマール家と、いや、アンシアと戦った第四騎士団と自分たち
そして『
もちろんダルヴィマール家は言わずもがなである。
「強いよなあ、アンシアちゃん」
先鋒であれだから次鋒、中堅、大将にいたってはどれくらい強いのか。
「強くて可愛くて、笑顔がいいよな」
「あそこまで強いって、苦労したろうなあ。瓦版の『ルチア姫の物語』、本当のことじゃないか ?」
叩きのめされたからではないが、戦う男は自分より強い男に憧れる。
それが若くてかわいい女の子なら猶更だ。
「でも、グレイス副団長の許嫁なんだよなあ」
選手席から一般席に戻った彼らは、皇帝ご夫妻の到着と共に始まる準決勝を待った。
◎
アンシアは傷ついたルチア姫に縋りつき涙を堪えていた。
「あたしのせいで、あたしを庇ってこんな傷を・・・お許しください、お嬢様。あたしが戦えないから、あたしが何もできないから !」
「いいえ、あなたのせいではないわ。
寝台で弱々しく、しかし優しく微笑む主の顔色は青白い。
かなりの出血で体力は消耗している。
しばらくは旅に出ることはできないだろう。
兄と慕う近侍達は決してアンシアを責めない。
彼女に戦う力がないことを知っているからだ。
それがアンシアにはかえって辛く、悲しかった。
一晩泣き明かしたアンシアは、己も武器を持つことを決意した。
強くなればよいのだ。
主を守れるくらい強くなれば。
今はまだナイフと包丁しか握ったことのない自分。
だが、必ず主の前に立つことが出来る人間になってみせる。
今日がダメなら明日。
明日がダメなら明後日。
日々の努力が必ずやその場所に繋がっていると信じて。
その日アンシアは魔法を捨てた。
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「と、クサい話だと思って読んでたんですがね」
「クサいなりに真実が混じってたって訳か。まさかアンシアがあそこまでの腕になってたとは思わなかったぞ」
ぜひ見に来てくださいねとアンシアから渡されたチケット。
シジル地区のギルマスとサブギルマスは観客席で唖然としていた。
週に一度見習として活動している少女が、今日は熟練の騎士たちを相手に対等どころか圧倒的に試合を進めている。
「彼女、実力を隠していたんでしょうかね」
「いや、そんな小細工の出来る娘じゃない。多分今までは必要ないから言わなかっただけだろう。こちらから聞いたら多分話してくれたさ。『ルチア姫の物語』が架空の話だと思って訊ねなかったのはこちらのほうだ」
ダルヴィマール家は使用人にも剣を教える。
ヒルデブランドまでの旅で鍛えられた腕は、王都の屋敷でさらに磨きをかけられたのだろう。
アンシアもそうだが、近侍の少年もかなりの腕とのうわさだ。
では残りの三人は ?
「目が離せないぞ、今日の試合は」
◎
準決勝が始まった。
皇帝ご夫妻ご臨席のもと、1ブロックは『
「俺たちは普段は辺境と呼ばれる国境にいる。正直シジル地区がどうとかは知らん」
「・・・」
「だが、あんたみたいな小娘がそれだけ強いってことは、後から出てくる奴らはさらに強いってことだろう」
「・・・」
「では準備が出来たら双方位置についてください」
審判が声をかける。
辺境伯家の選手は剣を抜き構える。
「 ?! 」
剣を抜くかと思いきやアンシアはクルッと桟敷席に向き、右手を胸に当て片膝を折って、深々と頭を下げた。
しまった。
辺境伯側の選手はあわてて剣を治め、自分も跪く。
準決勝からは皇帝ご夫妻ご臨席の天覧試合。
まずお二方にご挨拶をするべきだったのだ。
アンシアちゃん。
相手は日頃そういう礼儀については知らないはずよ。
だから出鼻をくじかれたら、それだけでやる気は半減するはず。
集中力も長続きするかどうか。
これでシジル地区の人間は礼儀作法を知っているということを知らしめましょう。
「さあ、いらっしゃいっ!」
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