第174話 開幕、『ダルヴィマール侯杯・剣術武闘會』

『ダルヴィマール侯杯・剣術武闘會』決勝トーナメントが始まった。


 まずルールが発表された。


・使用武器は自由。

・試合時間は15分。

・武器を手放した時、喉首に武器を当てられた時、意識を亡くした時、降参を宣言した時は敗者とする。

・また公序良俗に反する行為のあった場合は失格とする。 

・参加資格は各騎士団に席を置くもの、各家に半年以上通勤もしくは住み込んでいる者とする。


 第一騎士団の訓練場には30メートル四方のフロアが二つ作られている。

 二つのブロックの試合を同時に観戦できるようになっている。

 そして各フロアの周囲は応援団席があり、中央正面には主催者のダルヴィマール侯爵家ご一行、その上には各騎士団団長、さらに上には皇族席があり、準決勝より皇帝ご夫妻が観戦される予定だ。


 開会式は選手入場、国歌斉唱、選手宣誓、ルールの確認とサクサクと進んでいく。

 フロアをコの字に囲むように選手席があるが、ダルヴィマール侯爵家は空席になっている。


「グレイス殿。近衛は大会には参加されないようですが」

「第一団の。ええ、我らは辞退しました」


 並んだ各騎士団団長はホウと真ん中あたりに座るグレイス団長を見る。


「色々と騒ぎを起こしましたしな。それに、勝てない試合をするつもりもない」

「ほほう、勝てない試合とは。どこかお目当ての騎士団がありますかな」

「文武両道を誇る近衛の長が、珍しく弱気ですな」


 さて、それはどこだろう。

 日頃王都では見かけない辺境伯家か、それとも警備隊か。

 一番に敗退するともっぱらの噂の『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』は除外するとして、思い当たる団体がない。

 会場では優勝旗とトロフィーが紹介される。

 加えて今回は一回のみ、優勝団体はルチア姫の近侍への勧誘活動を行う権利が与えられることが告げられると、会場が足踏み、拍手、歓声で一気に盛り上がった。

 そして主催者の挨拶の後、試合が開始される。

 

「ようこそ、皆様、ダルヴィマール侯杯へお集まりくださいました」


 ルチア姫の挨拶が始まる。

 

「まず最初に申し上げておきましょう。わたくしの近侍を勧誘する権利はどなたにも渡しません」


 ブーイングに継ぐブーイング。

 会場を怒号が包む。

 本来なら侯爵令嬢に罵声を浴びせるなどあってはならないのだが、すでに戦闘モードに入っている参加者と応援団は止まらない。

 少し静かになった会場に姫の声が響く。


「なぜなら、優勝は我がダルヴィマール侯爵家だからです。全ての試合を五分以内に終わらせるとお約束いたしましょう。では試合開始」


 ◎


「ダルヴィマール騎士団は姫が言うほど強かったか ?」


 第三騎士団団長が隣の第二騎士団団長に聞く。


「確かにあそこは使用人も剣の心得がある。なかなかの腕だとは聞いているが、秒殺だとか五分以内とか無理じゃないか」

「姫は騎士団を過信されておられるという事か。それとも冬の間によい人材を手に入れたか」


 近衛団長はそれをニヤニヤと面白そうに聞いている。

 そうこうするうちに各ブロック第一試合が始まった。


「1ブロック第一試合は第五騎士団と『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』。2ブロックは第二騎士団と警備隊になります」


 それぞれのフロアに各チーム一名づつが現れる。


「あー、ダメだ。ウチの奴。最初から手を抜いている」


 第五騎士団団長が頭を抱えた。


「ちゃんと説明したのか」

「したさ。どんな弱そうな相手とも全力で戦え。それが騎士としての誠意の現し方だとな。だというのに、なんだ、あの態度は」


 フロアには『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』のよぼよぼの騎士。どう若くみつもっても七十は越えている。

 対して第五騎士団はかなり若手の騎士だ。

 何百もの騎士の中から選ばれた五名のうちの一人。

 最初から負けようのない相手に嬉しそうだ。

 

「ご老人、申し訳ないがここで敗退していただく。優勝は我が第五騎士団だ」

「いいのう、若い坊やの意気がる姿は。昔の己を思いだして赤面もんじゃ」

 

 試合前にジャブを打ち合うのはこういう場でのお約束らしい。

 

「始めっ !」


 審判の声と共に若者が振りかかる。

 老人はそれを軽くかわす。


「フムフム。なかなか鍛錬してきておるな」


 何度か打ち合っているが、若者は一本を取れずにイラつき始める。

 押しているつもりがいつの間にか押し返されている。

 こちらから打ちこんでいるはずが、いつの間にか受ける一方になっている。

 おかしい。

 相手はよいよいの爺さんだぞ。


「もうそろそろよいかの」


 爺はスッと腰をかがめると、低姿勢から若者の剣を逆袈裟に跳ね上げる。


「ま、まいった・・・」


 カランと落ちた剣を呆然と見ながら若者は膝をついた。


「勝者、『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』 !」


 爺に負けるんじゃねーよっと言うブーイングの中、すごすごと選手席に戻る若者。

 同じくよぼよぼと戻る老人。


「次の試合がありますから残って下さい」


 フロアの審判が慌てて止めるがいやいやと断って戻ってしまう。

 運営がやってきてなにやら話し合いが持たれている。


 「会場の皆様に申し上げます」


 場内に審判団からの通達が流れた。


「今大会は決勝以外は勝ち抜き戦。負けない限り一人の選手が戦い続けます。しかし『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』より、一人に負担のかかる勝ち抜き戦は年齢的に無理であるとの物言いがつき、審判団で協議した結果『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』のみ、生命と健康と安全の観点から一人一戦とさせていただきます。以上ご了承ください」


 確かに爺一人に負担をかける勝ち抜き戦は命の危険がある。

 フロア上でお星さまになられたら困る。

 観客はそりゃそうだろうと拍手で合意を伝えた。



「思わぬ展開ですね」


 第三騎士団団長が呆然とトーナメント表を眺める。


「まさか『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』が勝ち上がるとは」


 老人軍団はあの後軽く二人倒して勝ち抜けた。

 第五騎士団は全員戦いたいと申し入れたが、老人をいじめるなという年寄りの意見わがままが通ってすごすごと引き下がった。


「第三の。お若いからご存知ないかもしれないが、今日出場する五人は現役の頃は『彼らの前に彼らなく、彼らの後に彼ら無し』と言われた方々だ。決して第五が弱かったわけではないよ」

「だから全力で行けと言ったんだがなあ」


 第五の団長が盛大にため息をつく。 

 2ブロック第一試合は時間一杯使って第二騎士団と戦った警備隊が勝ち抜けた。

 ポイントを奪い合う白熱の試合だった。

 1ブロックではすでに第一騎士団と第三騎士団の戦いが始まっており、第三騎士団が二勝とリードを奪っている。


「おや、あちらもやっと第二試合が始まるようです」

「ダルヴィマール騎士団は誰を出してきますかね」


 団長に聞いてみたいところだが、あちらは私設騎士団なので応援団席にいる。

 フロアに第四騎士団の選手が現れた。

 しかしダルヴィマール侯の選手席は今だに空だ。


「ダルヴィマールの選手はフロアに上がってください」


 審判から促されると、観客席から一人が立ち上がってフロアに現れた。

 会場が大きく揺れる。


「なんと、まさか、こう来たかっ !」

「何を考えているんだ、侯爵家はっ !」


 フロアには見習メイドのお仕着せに身を包んだ少女が立っていた。


「アンシアっ、アンシアっ !」


 会場にアンシア・コールが響く。

 ダルヴィマール騎士団と近衛騎士団だ。


「・・・我ら第四騎士団を舐めているのか、侯爵家は」

 

 フロアで待っていた二十代後半の騎士はイライラしながらアンシアを睨みつける。


「シジル地区の人間はシジル地区にこもっていればいいんだ。この売女ばいため !」


 ピピーッと笛が鳴り、第四騎士団に向けて黄色い札が掲げられた。


「ご説明申し上げます。今大会において公序良俗に反する行為、また騎士に非ざる行為があった場合は黄色い札が提示され、これが二枚になると失格となります。また、特に酷いと認められた場合、赤い札が提示され一発退場となります。予選リーグでは数名が適用されました。選手の皆さんには騎士に相応しい行動をお取りいただきますようお願いいたします」

「そうだっ、お主それでも騎士かっ !」

「ご婦人を罵るなど騎士の風上にも置けぬっ !」 

「恥を知れ、第四騎士団っ!」


 会場、特に近衛とダルヴィマール関係から盛大なブーイングが飛ばされる。

 だが当のアンシアは気に留めた様子もない。

 今日のアンシアは腰に剣を剝いている。

 万が一シジル地区から見物客が来ていた場合、冒険者の袋を持っていることを知られては困るからだ。


「昨夜お嬢様は騎士団の方々に秒殺を覚悟せよと仰いました」


 鞘からスラリと剣を抜き、相手の騎士を指し示す。


「ですが、あたしはあなたに一秒もかけるつもりはありません。瞬殺させていただきます」 

「・・・馬鹿にしおって !」


 相手の騎士は顔を真っ赤にして怒り心頭に達している。

 今にもアンシアに殴りかからんばかりだ。


「第四騎士団は開始位置まで下がって !」

「ちっ !」


 騎士は渋々と定められた場所まで戻る。

 そして審判が右手を上げる。


「始めっ !」

「動くなっ!」


 会場が静まり返った。


「動くと首が落ちますよ」

「う、うう・・・」


 騎士の首にはアンシアの刃が押し当てられていた。


「しょ、勝者、ダルヴィマール・・・」


 両者の間は約三メートル。

 あの距離を寸時に移動したのか。

 拍手も歓声も上がらない中、少女は刀を担いで嫣然と微笑んだ。

 

「さあ、次はだあれ ?」

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