第173話 挑戦状と応戦状

『参加希望届』


 その紙には『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』とはっきり書かれていた。


「あの方たちも出てこられるか。面倒くさいな」


 お父様が渋い顔をする。


「お年寄りを参加させて大丈夫でしょうか。もちろん治癒係は待機させていますけれど」


 当日はアルもいるから、心臓発作とか起きなければ大丈夫だと思うけど。


「そうじゃないんだよ。僕が心配しているのはもっと・・・」


 お父様はそこで黙ってしまった。



 予選リーグが終わった。

 勝ち残ったのは某辺境伯のチームで、目立たないながらも日頃から領地を挙げて鍛錬に励んでいると知る人ぞ知る家だ。

 グランドギルドの精鋭チームも善戦したが、惜しくも準決勝で敗退してしまった。

 翌日に顔を出した私たちにお前たちが出ていればと詰め寄ってきたが、まさか出るわけにはいかないから、ごめんねーと謝っておいた。

 決勝は一週間後だ。



 その日お父様に連れられて出かけたのは『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』の隊舎。

 王宮の隅っこにある。

 隊舎に入るとなんだかほっこりするような香りがする。

 近衛隊舎と違ってピリピリした雰囲気がない。

 団員が集う部屋に入ると、数人のおじいちゃまが待っていた。


「ご無沙汰しています、皆さん。娘を連れてきましたよ」

「おお、待ちかねたぞ」


 座っていたおじいちゃま達が立ち上がって迎えてくれる。


「娘のルチアです。次代のダルヴィマール侯爵でもあります」

「はじめまして。ルチアと申します。よろしくお引き回しくださいませ」


 右手を胸に当てて膝を折る。

 

「ほうほう、なるほど。そうきたか」

「うぅむ。なかなか。考えたな」


 おじいちゃま達は私たちの周りをグルグルと回ってニヤニヤしている。

 兄様たちは何を見ているのだろうと、珍しく不安そうな顔をしている。


「ほう、やっと来たか」

「おじいちゃま先生 !」


 ベナンダンティのローエンド師が現れた。

 ヒルデブランドで私がベナンダンティではないと指摘したおじぃちゃま先生は、今は私の家庭教師になっている。

 と言っても、ご自分の研究をメインにしているので、指導されることはほとんどない。


「いつ連れてくるのかと待っていたが、遅すぎるぞ」

「色々ありましてね。体調不良もありましたので」


 お父様はすみませんと頭をかく。


「爺ばかりだがな、ここはそういう場所だ。若い娘には面白い場所ではない」

「知恵と経験の詰まった場所だと聞いています。面白いお話を聞かせていただけると」

「そんな偉そうな場所ではないわ」


 ローエンド師はそう言って私をテーブルに案内してくれた。


あちら現実世界ではどうかの。ちゃんと学んでおるか」

「はい。実は短期留学の候補に入っているんです。選ばれたら年明けから三か月ほど外遊してきます」


 それは良い経験になる。がんばれと励ましてもらった。

 アンシアちゃんがお茶の支度をしてくれる。

 若い娘さんにお茶を入れてもらえるとおじいちゃまたちは嬉しそうだ。

 兄様たちはまだ昔騎士だったおじいちゃまたちにツンツンされている。


「そういえば来週の武闘會にはこちらからも参加されると伺いましたけれど」

「おお、年甲斐もなく張り切っている連中がおるよ。どこの騎士団も精鋭を出してくるというのに、何が嬉しくて恥をかきにいくのやら」


 腰でも痛めて棄権しなければよいがと、ローエンド師は辛辣だ。


「おーい、嬢ちゃん」

「はい、なんでしょうか」


 兄様たちにまとわりついていたおじいちゃま騎士さんに呼ばれた。


「今度の大会で優勝したら、こいつらをもらえるんだよな」

「あげません。わたくしの大切な近侍です。一体どうしてそんな話になったんですか」


 主催者の知らない間に兄様たちが大会の商品になっていたようだ。


わたくしの近侍たちは簡単に譲渡できるような軽い存在ではありません。まして本人たちの意思と無関係になど、ありえないではありませんか」

「我々は姫にお仕えしているのです。他家に移動などいたしません」

「ほうほう、そうかそうか」


 おじいちゃま騎士さんがおもしろそうに笑う。


「久しぶりに使えそうな奴が入ってくると楽しみにしておったのじゃがな。まあ、いい。当日手合わせすればわかるじゃろう」

「面白いことになりそうじゃ」



 二日後、決勝トーナメントの前夜祭が始まった。

 各チームの代表が集まり、くじ引きでトーナメント表を完成していくのだ。

 ダルヴィマール侯爵家からは私が引くことになっている。

 会場となる公会堂に入ると、物凄い歓声というか怒号というか、地響きのような音が沸いた。


「これは・・・どうしたことでしょう。くじ引きをするにしては人が多いような」

「運営に確認してまいります」


 一体何が起こっているのか。

 理由を聞きにいったディードリッヒ兄様が小走りに戻ってくる。


「お待たせいたしました。各騎士団から前夜祭を騎士学校仕様で行いたいと申し入れがあり、このようなことになったそうです」


 騎士学校でのトーナメント戦。

 前夜にこのように集まって大会を盛り上げるのだそうだ。


「まず各チームがアピールをし、その後くじ引きをするという流れになります」


 やっと来た運営の人に案内されて扉をくぐると、その声はさらに大きくなる。

 男臭い狂気の空間にアンシアちゃんはかなり引いている。

 

「ご安心ください。彼らも弁えていますから、暴力沙汰にはなりません」


 私たちが姿を現すと、拍手やら声援やらで一段とうるさくなる。

 アルが私を先導し、兄様たちが脇をかためる。

 アンシアちゃんはその後ろだ。

 握手しようとあちこちから手を伸ばされるが兄様たちが排除してくれる。

 

 舞台に大きなトーナメント表が貼ってあり、これからくじ引きをして各団体の名前が書かれていく。

 そのわきに八つの椅子。

 すでに抽選をする人たちが集まっている。

 私はそこに案内された。

 兄様たちは後ろに控える。


「それでは各団体が揃ったところで、抽選会を始めたいと思います。なお『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』からは、年寄りは早寝するから勝手に引いてくれと連絡がありました」


 場内が大爆笑に包まれた。


「それでは、一番手はどなたが」

「私が」


 二十歳くらいの若者が挙手して立ち上がり、壇上に立つ。


「辺境伯を拝命して幾星霜・・・」


 静かに始められたアピールは突然雰囲気を変える。


「遂に我らの力を世に知らしめる時がやってきたぁぁぁっ!」


 会場の一角から怒涛のような声が響き渡る。


「日頃国境を守っているのは誰だっ !」

「「「俺たちだっ ! 」」」

「魔物の脅威と日夜戦っているのは誰だっ !」

「「「俺たちだっ ! 」」」

「辺境伯家は、必ずや近侍を勝ち取るっ!!」


 物凄い拍手と喝さい、笛やラッパなどの音が静まると青年は戻ってきた。

 やっぱり近侍争奪戦になっている。

 その後も、


「俺たちはっ、向かってくる奴をっ、全力で叩き潰すっ !」


とか


「俺たちの前に敵はないっ ! 俺たちの後ろは死屍累々ししるいるい !」


などと恐ろしいアピールが続き、私の番になった。

 無理だよ。

 あんなセリフ、絶対無理。

 トーナメント表には九つの枠。

 1ブロックは二回勝てば決勝に進める。

 が、2ブロックは三回戦わなければならない。

 シード枠があるからだ。

 多分、あそこはダルヴィマール侯爵家の為にあるんだろう。


「お嬢さま、お言葉を」


 ディードリッヒ兄様の声に立ち上がる。

 うん、ここは私たちの実力で勝ち抜くべきよね。

 私は壇上には向かわず、トーナメント表の前に立つ。

 そして2ブロックの一般枠に家名を書き入れた。

 会場からエッという声があがる。

 

わたくしの大切な近侍を奪い取ろうとする悪の手先の皆様」


 扇子でゆっくりと各団体を指しながら笑顔で会場を見回す。


「簡単に奪うことが出来ると思わないでくださいませね。ダルヴィマールは強い。秒殺を覚悟していらしてくださいな。さて、一番最初に土がつくのはどなた様でしょう」


 静まり返った会場を兄様たちを引き連れ離れる。


「あんな感じでよかったかしら」

「完璧です。『威圧』、使いましたね ?」


『威圧』。

 ネット小説によく出てくるが、それは剣や体術の腕あってのもの。

 私にはとてもできないので、魔法として構築してみた。

 わりと簡単に出来た。

 エイヴァン兄様が皇帝執務室で使ったのもこれだ。

 まあ兄様ならそんなもの使わなくても十分に怖いけど。

 ただ、これは本当に最後の最後の隠し玉としての手で、いつも使っていたら効果がないのよね。

 それとセットで『なごみ』という魔法も作った。 

 その名の通りその場をなごませる魔法だ。

 一触即発な場面や、パニック状態の集団を落ち着かせることが出来る。

 ギルマスと兄様たちが微妙な顔をしたが、まあ、あって困るものじゃなしと覚えてくれた。


「明日が待ち遠しいわ。泥棒猫のような真似をする輩に思い知ってもらいましょう」



 ルチア姫の去った抽選会場は、漸く物音を取り戻した。


「いやあ、美少女の笑顔に恐怖するとは思わなかった」

「メチャクチャ怒っていたような・・・」

「そりゃ、大事な近侍を奪われようとしているのだからだろうけれど、絶対奪われまいという決意みたいなものを感じたよな」


 まあ、ダルヴィマール騎士団の実力は皆もわかっている。

 そこそこに強いのは知っている。

 だが、明日の試合はどうだろう。

 必ずや、あの侍従たちを勝ち取って見せる。

 侍従はいらんが勝利は欲しい。

 明日の勝利を目指して気合を上げるのだった。

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