第172話 リアル・人間燈台

『ダルヴィマール侯杯・王都剣術武闘會』が始まった。

 王都はお祭り騒ぎだ。

 参加チームが多いので、会場は騎士学校やグランドギルド、精華女学院の体育館など王都内に五つに分かれている。

 一週間に亘って予選リーグが行われた後に決勝トーナメントが行われる。

 決勝トーナメントは王宮の一番大きい第一騎士団の訓練場で開かれる予定だ。

 その日だけは一般市民も入城でき、チケットを買い逃した人たちはツアーガイドに連れられて王宮内を見学できる。

 美術品が好きな人たちはそういうルート。

 騎士学校の生徒で文官を目指している子供たちは仕事場見学。

 王宮勤めを目指す女の子には侍女のお仕事をまんべんなく。

 もちろんただ王宮を見てみたいという人たちには、謁見の間や夜会用の部屋などを見てもらう。

 ところどころで皇帝陛下と皇后陛下のお姿をチラ見できるようにし、一組くらいはお声がけもしていただく予定だ。

 またお土産として、普段王宮内で食されているパンや焼き菓子を販売。

 訓練場内ではソフトドリンクと軽食の販売を行う。

 また大会において一番の『イケメン』は誰かという投票も行われている。

 見事一位に輝いた『イケメン』には王宮職員食堂に一年間出入り自由、三食無料のパスポートが与えられる。

 二位と三位には王都内のレストランの食事券がそれぞれ配られることになっている。

 すべてイベント会社社長やプランナーのベナンダンティによる企画立案で、王宮内で働いている仲間たちの腕でもある。

 もちろん当家の催しなので対外的にはダルヴィマール侯爵家が行っていることになっている。

 皆さんにはそれなりの報酬を出す契約だ。

 

「凄まじいな、君たちの仕事は。たかが侍従争奪戦の筈が一大祭りに大変身だ。王都の経済も動くし、これは来年以降も開催してもらいたいな」


 皇帝陛下の引きこもり部屋での報告でお褒めの言葉をいただいた。


「特にこの王宮探検隊での王族とのふれあいというのがいいな。国民と話すなど普段ないから、移動中に出会った国民に声をかけるのはおもしろい」

「お言葉などはいくつか想定案がありますから、そちらを参考にしてください。お年寄りや小さい子供相手などはぜひ活用してください」


 兄様たちはこの部屋の中では言葉遣いがラフになっている。

 陛下がそう望んだのだから構わないだろうというのが一致した考えだ。

 ただ、あまり砕けすぎないよう気をつけてはいる。


「しかし、これに参加したら必ず私と出会えると思われたら困るな。警備の関係もあるが直接陳情などされたら困る」

「それについては事前に禁止事項として説明します。またそのようなことがあれば処罰の対象となることも明示します」


 国民の声を聴く機会ではあるけれど、やはり順番というものがあるからという陛下。

 あっちを立てればこっちが立たずということなのだろう。


「目安箱・・・」

「なんだね ?」


 アルのつぶやきに陛下が反応する。


「あの、かなり昔のことなんですが、平民が直接陳情書を出せるものがあったんです。紙に書いて箱に入れると将軍様に読んでいただける。箱には鍵が付いていて、開けられるのは将軍様だけなんです」

「ショーグンとは誰だい」


 トヨアシハラノフソウ国の歴史を軽く説明する。

 皇帝は祭祀を司っているので、実務を担う将軍という者がいたこと。

 絶大な権力を持ち、その目を国中に光らせている。

 中には貧乏騎士の息子に身をやつし、市井の者たちの生活を体験するお方もいたという。


「でもやはりすべての声が聴けるわけではなくて、その為の目安箱だったと聞いています」

「面白い制度だね。どんな訴えがあったのかな」


 役人が不正を行っている。

 払ったはずの税が納められていないと言われた。

 あそこの坊主が生臭すぎる。


 多岐にわたったらしい。


「無記名のものは取り上げられなくて、官僚の参加は認められないとか、色々決まりはあったみたいですけれど、薬草園が作られたり、無料の治療所が出来たり、随分と役に立ったみたいです」

「面白いね。次の議題に入れてみようか」


 そう言えば今朝お父様と一緒に登城したら、未決箱を見たエイヴァン兄様が何枚かの書類を持ってお父様たちと出ていった。

 残された私とアンシアちゃんはすることもないので執務室の掃除をした。

 部下の皆さんが止めてきたけれど、お気に入りのネット小説の真似をして、ドレスの上に割烹着と三角巾を着て頑張ってみた。

 アンシアちゃんが棚の上の掃除に浮遊魔法を使って欲しがったけれど、さすがにあの服装で浮かせると目の毒なので、そこは一番魔法耐性のありそうなお兄さんにお願いした。

 それにしても宰相執務室で働く人たちは少ない。

 こっそり聞いたら、私が倒れている間に三分の二が辞めていた。

 全員親が寄子貴族だったり、その関係で雇われていたらしい。

 首になったわけではなくて、自分たちから出ていったそうだ。

 親のやり口に、恥ずかしくて宰相閣下に合わせる顔がない。

 自分たちにはお傍に仕える権利はないと辞していったという。

 今は別の部署にいるけれど、やはり優秀な人たちだったようで、残った人たちも残念がっていた。

 私が養女になったせいで人生が変わった人たちがいる。

 私のせいじゃないと部下さんたちは言ってくれたけど、次代の侯爵として、そういう人たちにどう応えればいいのだろうか。

 あちら現実世界で学んだことを、こちら夢の世界で生かすことは出来るのだろうか。

 学ばなければいけないことが山のようにある。



 宰相執務室の隣にある皇帝執務室。

 呼び出しを受けた総裁と実務責任者、その部下のセットが三組。

 呼び出された理由がわからず戸惑う者が六名。

 待ち構えている人物を見て青ざめる者、三名。


「今日は余ではなく、宰相執務室からの呼び出しである。面白そうなので同席させてもらった」

「ようこそ、地獄の執務室へ」


 皇帝陛下の横には宰相と宰相家の侍従たち。

 事務方の間で『黒衣の悪魔ブラックデビルズ』と呼ばれている三人だ。

 赤毛の二人が平の役人に書類を渡す。


「休憩室のカーテンの補修、ティーセットの補充、仮眠用の毛布の新調。宰相室で扱う案件か ?」


 黒髪の侍従が前に出てきてひらが持っている書類を指で弾いていく。


「この間、俺が言ったことをちゃんと伝えたのか ? だとしたら、宰相室は随分と舐められたものだな」


 訳もわからず呼び出された総裁たちは、いつもご令嬢の後ろで目立たず控えている男の豹変ぶりに目をむく。 

 実務責任者が前回の恐怖に何が起こるのかと怯えていると、ポンポンと少年執事から毛布を渡される。


「今度馬鹿げた書類を提出したら、どうするんだったか。覚えているな ?」


 総裁とひらがプルプルと顔を横に振る。


「その毛布は陛下の慈悲だ。燃えろ」


 ボッとひらたちが炎に包まれた。

 その炎が消えた時。


「ぶほっ !」


 皇帝陛下が噴き出した。

 執務机の前には身に着けた物との毛が燃え尽きたひら

 呆然と立ち尽くす総裁たち。

 実務責任者が慌てて先ほど渡された毛布をかぶせる。


「用件は以上だ。次からは毛布持参で来い」


 帰っていいぞと机に寄り掛った侍従がシッシッと手を振る。

 入室時には侍従風情が偉そうにと侮っていた総裁たちだが、自分の部屋に戻る頃には背中が冷や汗でビッショリになっていた。

 


「それにしても君は容赦ないね。あれではもう二度と馬鹿な書類を寄越そうとは思わないだろう」


 いや、楽しい罰だったと陛下は思い出し笑い。

 エイヴァン兄様は不機嫌を隠そうとしない。


「宰相室がこれだけ舐められるのは何か訳でもあるのですか。寄子たちの振舞いにしても、どうもおかしい。当代が婿養子で次代が養女としても、あまりに失礼すぎる」

「それは宰相が黄金の黄昏団ゴールデン・ダスクの団長だからだよ」


 王家には近衛の他に五つの騎士団。

 その他に引退した騎士や貴族たちが所属する騎士団があるそうだ。

 それがお父様が団長を務める『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』。

 役に立たない年寄りの集まりと馬鹿にされていて、卒業後そこに配属されたお父様は落ちこぼれと揶揄されていた。


「許嫁からは婚約破棄されるし、親からは勘当されるし、騎士学校の先輩だった陛下が励まして下さらなかったら、人生投げていたね」

「そこで腐らず頑張ったから今があるんだ。学生時代はあまり付き合いはなかったけれど、君が与えられた役割を精一杯やる男だというのは知っていたし、あそこに見込まれたならそのうち頭角を現すとわかっていたからね」


 だから何かイベントがあると必ず一緒に組んだし、週休二日の筈が休まず登城させて仕事を手伝わせた。

 そうやってお父様の有能さを周りにアピールして、帝位を継いだ時に宰相に取り立てたんだって。


「今度ルチアも『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』に来てみるかい ? 気の良い人たちばかりだし、きっと楽しいと思うよ」

「ええ、ぜひ !」


 騎士学校を卒業したら底辺騎士団へ。

 なのに当時の皇太子殿下と選ばれたご学友を差し置いての友情。

 騎士爵の家から勘当されたにも関わらず、侯爵令嬢に婿入りして侯爵に。

 そして宰相へと、一大シンデレラストーリー。

 それは妬まれたりするよね。

 出自を理由にバカにしたがるわけだ。


「あの、ちょっといいですか」


 アルがそれまで読んでいた書類から目をあげて挙手する。


「その『黄金の黄昏団ゴールデン・ダスク』ですけれど、大会にエントリーしています。騎士団枠で」

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