第171話 跡継ぎって、食べられるの ?

「家の跡取り娘ですから」


 なんか由々しきことを聞いた気がする。


「お父様。誰が跡取り娘ですか」

「ん ? 君にきまってるじゃないか」


 は ?


「あれ、義父上から聞いていないのかい ? ダルヴィマール侯爵家を継ぐのは君なんだけど」

「今、初めて伺いました」


 胡散臭いことを聞いたような気がする。


「次の侯爵はマックス君じゃないんですか」

「マクシミリアンね。あの子は皇室に婿養子に入るのが決まってるんだ」


 あれ ? どういうこと ?


「私の家族構成は知っているね ?」

「はい、皇帝陛下、皇后陛下、内親王殿下、親王殿下です」

「君の国ではそういう呼び方をするんだね。こちらでは皇女おうじょ皇子おうじだよ。それはともかく、皇位継承は性別に関わらず第一子なんだ。だから次は女帝になる。そして君の弟がその夫と決まったのが去年の春だ」


 去年っていうと、私がベナンダンティになる少し前だ。

 と、いうことは・・・。


「家はどうしても跡継ぎに養子をとらなければならなかったんだ。君のことは渡りに船でね。面倒な派閥がついていない子が欲しかったんだよ」

「現宰相家の跡取りに胡散臭い貴族がついていたら皇室としても困るからね。人選には苦労していたんだ。助かったよ。君みたいな子が現れて」


 ポンポンと話が進みすぎたと思ったらそういうことだったのか。

 兄様たちを見るとプルプルと首を横にふっている。

 皆も知らなかったんだ。


「自薦他薦の寄子貴族が五月蠅うるさくてね。困ってたんだ。生まれたばかりの子とか二十歳すぎたのとか。冗談じゃない。赤子を母親から取り上げるわけにはいかないし、妻といくつも年の離れていない息子なんてお断りだ。そこに君が現れた。神の采配かと思ったよ」


 私が次のダルヴィマール女侯爵・・・って駄目じゃん !

 私、ベナンダンティだよ。子供、産めないよ。


「あ、政略結婚は無しって約束したし、別に誰と結婚したっていいんだよ。ただし、君の次の侯爵位はマクシミリアンの三男か四男に継いでもらうから」

「それはもう決まってるんですね」


 ちょっと安心・・・するわけあるかぁぁぁっ !


「これはギルマス案件だな」

「大至急連絡して対策を考えてもらわないと」


 マックス君が次期皇配殿下か。

 あれ ? 何かひっかかるぞ。


「お父様、マックス君は自分の婚約を知ってるんですか ?」

「もちろん知っているよ。決まってすぐに手紙を書いたからね。義父上を通じて謹んでお受けしますと返事があったよ」

「お嬢様・・・」


 アンシアちゃんが真剣な顔で私を見る。

 うん、気が付いちゃったんだね。


「お仕置きが必要ですね、お嬢様」

「そうね。姉として正義の鉄槌を下す必要があるわ」

 

 皇女殿下という婚約者がありながら、街の女の子とも仲良くしていたのか、あの子は。

 駄目だろう。

 そこはケジメをつけないと。

 チュートリアルの為とはいえ、女性のお宅にお邪魔して一対一で遊ぶなんてしちゃいけない。

 たとえ八才同士だとしてもだ。


「ヒルデブランドに帰る楽しみが出来たわ」

「まったくです」

 

 アンシアちゃんと二人笑みを交わし合う。


「じゃあ、続けるよ。ルチアは気づいていたかな。寄子貴族からの誘いが少なかったこと」

「はい。ヒルデブランドでいただいた資料の半分以下でした。私のお披露目にも出て下さらなかった方もいらっしゃいましたね」

「それ、もう家の寄子じゃないから」


 兄様たちは知っていたのか何も言わない。


「僕自身も騎士からの成り上がりだからね。今度もどこの馬の骨かわからない娘を次期侯爵に選んだってことで、堪忍袋の緒が切れたんだろう。お披露目の招待状の受け取りを拒否したところも多かったのさ。当然お茶会や夜会の誘いもなし。で、こちらとしては主家に唾するような家を寄子として大切にする気はないから、君が寝込んでいるあいだに切った」


 お父様はアンシアちゃんが入れなおしたお茶をストレートでいただく。


「そんなことをして・・・問題にはならないんですか」

「ならないよ。だって、私との連名だからね。ついでに新しい寄子貴族のリストはちゃんと配ってあるから、彼らは当分表舞台に出て来れない。寄子であるから就いていた地位も、秋の除目で降格だね。これでもっと優秀な人物を拾い上げることができる」


 ちなみに切られた貴族の税金は四割り増しになるそうだ。

 寄子が寄り親を盛り立てる。寄り親が依子を守る。

 そういう関係で、税金をトップの寄り親が一部受け持っているそうだ。

 それが来年から無くなる。

 今まで三割減で納めていたから、かなりの痛手になるのではないかと見られている。

 皇帝陛下とお父様が黒い。


「あちらとしては強い態度で出れば侯爵家が譲歩すると考えたのだろうけれど、それは甘い考えだ。成人のお披露目のような大切な舞台を台無しにして、それで貴族社会に受け入れられるなんてことはないよ。当主が許しても奥方が許さない。それだけ成人の儀は大切なんだ。女性としてそこは許せないと妻も言っていたよ。縁切り状に私、皇帝のサインがある以上、もう何代かは彼らを寄子にする家はないだろうよ」


 来年からの娘たちのお披露目も無視されるけど、自業自得だよね、と親友同士が笑う。


「もちろん、寄り親に頼まれたからという家もある。それでも断った家もあるんだ。すぐさま切られたけどね。そういう家はこちらでちゃんと次の寄り親を紹介した。心配することはないよ」

「そういう気風の家は大事だよね。今回の事で各家の貴族としての心持こころもちが判ってよかった。これからの人事に活かせる」

「・・・それはようございました」


 何が何だかよくわからないが、この件に関してはギルマスも交えて相談しよう。

 そして私が次期侯爵と知っていて教えなかったご老公様には、すこしばかり寂しい日々を過ごしてもらおう。

 うん、しばらくはお茶しない。


「ところで、カジマヤー君の騎士団勧誘の件だけど・・・」

「お断りしますと何度も申し上げました」

「ちょっと面倒くさいことになっていてねえ。悪いんだけど、試合、してくれない ?」


 はい ?



「それはまた困ったことになったね」


 早朝の冒険者グランドギルド。

 まだ職員も出勤していない。

 そんな中ギルマスは昨日きた依頼のカードをボードに貼っている。

 さすが王都。

 かなり量は多い。

 私たちもギルマスを手伝っている。


「ルーのこともそうだけど、アルの騎士団関係がねえ」


 皇帝陛下からのお話だけど、強い人のいるところに勤めたいというアルの一言で、腕に覚えのある人たちが動き出した。

 我こそはという各家の人たちが今は騎士団だけが許されている襲撃に参加したいと言い出したのだ。


「でも、まさかそんな話になってたなんてね」


 あのトリックを使ったリンゴの飾り切り。

 少年侍従があれなら兄様たちはそれ以上と貴族の皆さんの中でも噂になっていて、自分の家で雇いたいという話が随分あったらしい。

 顔が良くて仕事が出来て腕がたつ召使はどこでも引っ張りだこだ。

 しかし宰相家の侍従。手を出すわけにはいかない。

 だからアルより強い人が自分の家にいれば、上手くすれば侍従全員取り込める。

 そう思った家がかなりの数あったという。


「実はギルドのほうにも腕に自信のある冒険者を常任の警備員として雇いたいという依頼が先週あたりあったんだけど、まさか裏にそういう理由があったとはね」


 噂が先行して戦力増強を図ったんだろうけれど、ルールが確定してからはその依頼はなくなっている。


 皇帝陛下からのお願い、というか決定事項。

 来週から貴族の家対抗のトーナメント戦が始まることになった。

 各家五人づつの勝ち抜き戦で、決勝トーナメントは第一騎士団から第五騎士団、警備隊に加えて勝ちぬいた家で行われ、優勝したところがダルヴィマール侯爵家と戦う権利を持つという。

 当然兄様たちから待ったが入った。


「当家に勝ったチームがカジマヤーを奪うことが出来るということになります。とんでもないことです」

「僕はどこにも行きません。ルールを変更してください」


 というわけでダルヴィマール侯爵家も決勝トーナメントから参加。

 参加資格はその貴族の家で半年以上務めた経験があれば、馭者でも庭師でも誰でもOK。

 ただし、一つの家からは1チームのみ。

 冒険者、騎士学校生徒も予選からであれば参加可能。

 こちらは参加チーム数に制限なし。

 名称は『ダルヴィマール侯杯・王都剣術武闘會』。

 優勝したチームには記念のトロフィーと優勝旗、金一封がダルヴィマール侯爵家から贈られる。

 第一回の大会のみ侯爵家からも参加するが、次回からは主催に徹する。


「トロフィーはルーの『お取り寄せ』だな。大相撲の優勝杯をイメージしてくれ」

「優勝旗は俺が刺繍しますよ。ダルヴィマール家の紋章に剣を配置して、各家の玄関ホールに一年間飾れるようにするのはどうでしょう」

「もちろん観覧料は取るんですよね。対戦フロアの周りは危ないから少し安めにして、各家の応援団席も設けましょうか」

「その辺りは商業ギルドにお任せですね」

「開催まで一週間しかないし、間に合うんですか、これ」

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