第170話 想定外のお茶会

 茶髪の黒縁眼鏡の男性は財政省から来たと告げた。


「タタンと申します。何やら皆さん書類を持って出ていかれたようですが」

「ようこそ。財政省にはお返しする書類はございません」


 先ほどの役員たちとは真逆の態度でエイヴァン兄様が握手を求める。


「お伺いしたい点があります。さきほど彼らに持たせた書類は、八割が財政省で処理されるはずだったものです。どういった過程で宰相執務室に提出されたのか、ご存知であれば教えていただきたい」

「おや、やはりこちらに来ていましたか」


 タタンさんは思った通りと言う。


「簡単ですよ。私たちのところに提出すればやり直しをくらうからです。こちらに提出すれば多少いい加減でも処理してもらえると思ったのでしょう。実際こちらの皆さんは優秀なので、ちゃんと辻褄を合わせてくれていたでしょう ?」


 タタンさんはギルマス並みに爽やかな笑顔で答える。

 こいつが面倒くさい仕事を回してきた張本人か。

 エイヴァン兄様の顔がピキっと引きつる。


「おかげで全員死にかけましたが。これからはあのような書類が来たら、そのまま財政省に回しますのでお後をよろしく」


 こちらでは一切受け付けないと明言してお帰りいただこうとするのを止める。


「あの、こちらの書類を見ていただきたいのです」


 私は先ほど気にかかって隠しておいた書類を見せる。


「これは道路や橋を担当する部署の物なのですけれど・・・」


 予算のある一部が別のものに使われるのはよくあることだ。

 だが、別の部門に移動された予算がさらに別の部門に移動。

 そこでもまた別の部門にを繰り返しているうちに、いつのまにかどこへ行ったかわからなくなっていたのだ。

 その部門の書類をいくら探してみても見つからない。

 最終的に五百万円の予算が消えてしまっている。


「よくこんなものを見つけましたね。すばらしい」

「恐れ入ります。これを元の部署に戻してよろしいものか迷っておりました」


 財政省に持ち帰って精査しますとタタンさんは帰って行った。

 残ったのは仕事の無くなった宰相執務室。


「ルチア・・・帰ろうか」

「はい、お父様」

「御前、私たちは陛下のお許しになった襲撃週間が終わるまで参内さんだいいたします。受けてよい書類とそうでない書類を彼らに教え込まなければいけません。それを理解できなければ、ここはあっと言う間に元通りでございます」

「頼もしいな。やはり宰相室に欲しい」


 エイヴァン兄様はとんでもないと首を振る。


「お嬢様のおられる場所が我らの持ち場でございますよ」

「ならルチアに毎日に来てもらおう。計算も早い。目端も利く」


 宰相閣下は部下に全員帰宅するよう伝え、部屋付きの王宮侍従に声をかけようとして・・・。


「何をしているのです、あなたは」

「む、バレたか」


 侍従の後ろからヒョイと顔を出したのは、お顔を拝見するのはこれが三回目となる今上陛下だった。

 悪さを見つけられた男の子のような顔で頭をかきながら出てくる。

 侍従さんは肩の荷が下りたと、あからさまにホッとしている。

 背後に陛下を隠して気が休まらなかったことだろう。


「一体いつからそこに隠れていらしたのです」

「娘御らと一緒に入ってきたが。そなた気づかなかったのか ? 近侍らは気づいていたようだが」


 兄様たちが目を逸らせてとぼける。

 私は先頭だったので気が付かなかったな。

 お父様は・・・あの状態で気が付けというのが無理だろう。


「仕事もなくなったようだし、お茶でもいかがかな」



「いやあ、楽しかった。久しぶりでスカッとしたよ」


 お父様と私と兄様たちと・・・皇帝陛下。

 部屋にはこの七人がいる。

 お父様と私はソファーに座り、兄様たちはその横。

 そして陛下は向かいのソファーにだらんと座って足を組んでいる。

 なかなかの砕けっぷりだ。

 口ぶりもいつもの厳めしいものではなくなっている。


「奴らの顔をみたか ? 真っ青になっていたぞ。私が注意してもあそこまでの顔はしない」

「見物してたんですか、あなたは。お人が悪い」


 お父様の言葉になかなかの見物みものだったと陛下は大きな声で笑う。


「君たちも座りなさい。ここは私が素でいられる場所でね。堅苦しいのはお断りだ。侍女も侍従もここには入れない。私と妻と、親友である宰相夫婦だけだ」


 そんなところに何故自分たちを入れるんだと、兄様たちが変な顔をしている。


「我らは侍従でございます。この場にいる権利はないように思いますが」

「だからさ、その言葉遣いも止めようよ。さっきのような話し方がいいな」

「しかし・・・」

「じゃあ、いまだけ侍従をやめよう。それなら良いだろう」


 陛下の無茶振りに兄様たちは戸惑っている。

 お父様はまたかという顔をしている。


「うちの侍従長のようにその服を着ている限りは侍従だって言うんだったら、侍女たちに手伝わせて着換えさせてもらってもいいんだよ ?」


 陛下がニヤリと笑う。

 どうやら兄様たちが領館で何をされたかご存知のようだ。


「仕方ない。あれをやるぞ」


 顔を引きつらせたエイヴァン兄様が、苦虫かみ殺したような顔で言う。

 三人とも侍女さんに着替えさせられるのは、もうお断りらしい。

 まずアルが変身魔法で冒険者姿になる。


「おおっ ?!」


 ディードリッヒ兄様が一つ結びからワンレンに変わる。

 エイヴァン兄様が〇リ〇ュア風の光に包まれる。

 あっと言う間に三人の冒険者が現れた。


「私、私もっ !」


 続いて変身しようとしたらお父様に止められた。


「君の冒険者姿はまだ僕だって堪能していないんだ。その前に陛下にお見せするのは納得できない」

「相変わらず心が狭いな、君は」

「ええ、この性格は変えようがありませんから」


 アンシアちゃんは自分がいない間になんて魔法を開発したんだと呆れている。

 でも、覚えたそうにしているのが見え見えだ。


「すばらしいっ ! ヒルデブランドは魔法の宝庫だな」

「恐れ入ります。ですが、この姿の時は無礼講でお願いしますよ。何を口走ってもお咎めなしで」


 わかってるってと、陛下が拍手しながら言う。

 兄様たちは渋々と空いている席に座る。

 未だメイド姿のアンシアちゃんはもう何が起こっても驚かないぞとお茶の用意を始めた。


「色々聞いてはいたけれど、実際に見ると思っていたのとは違うね。君たちは現役で冒険者を続けているのかな ?」

「ええ。ヒルデブランドで市民権を得るには、冒険者になるのが一番手っ取り早い手段なんです。一年頑張れば正式な市民になれる。ですが、その前に冒険者資格を手離せば、居住権は得られないのです」


 娘たち二人もまだ冒険者ですよと笑って見せる。


「王都でも活動しています。だから、、この件は内緒でお願いしますよ」

「もしかして、あれかな。ケルベルスを倒したのは君たちかな ?」

「・・・ご想像にお任せします。実績を自慢するようでは良い冒険者とは言えません」


 エイヴァン兄様はアンシアちゃんが入れてくれたお茶を口に運ぶ。

 まだ皇帝陛下が口をつけていないので、本来ならマナー違反だ。

 

「ところで先ほどは彼らはどうして君の言うことを黙って聴いたのかな」


 最初は侍従職と馬鹿にした態度を取っていたのにと陛下は言う。


「簡単なことですよ。彼らは全員良い所の出と見ました。今まで何事もそこそこにこなして、大きな注意などされたことがないのでしょう。修羅場を経験していない。そういう連中には恫喝が効きますよ。特に自分より下の歯向かってこないような者からされたらね。紙を燃やして見せたのは、俺が必ず実行するとわからせるためです」

「実行するのかね ?」

「もちろん」


 その時はぜひ立ち会わせてもらいたいから、呼び出すのは皇帝執務室にしてねとニコニコ顔の皇帝陛下。

 お父様はやれやれと困った奴だ的に陛下を見ている。


「そうだ。行方不明の予算の話だが、こちらでも調べたい。できればあの資料を残しておいて欲しかったな」

「それでしたらこちらを」


 私は冒険者の袋から先ほどの書類を出して陛下にお渡しする。

 

「お嬢さま、こぺんどてすとの魔法ですね」


 アンシアちゃんが言う通り、タタンさんに渡したのはコピペしたほう。

 こちらは本物だ。


「あの方なら大丈夫だと思いますが、誰かが証拠隠滅を図るかもしれないと思って本物はこちらに」


 タタンさんは信用できる。

 だって、左の耳には白いピアス。

 ベナンダンティの仲間だもん。


「便利な魔法だなあ。君、王宮女官で出仕しない ? 皇帝付きで雇うよ」

「止めてくださいよ。息子に続いて娘まで持ってくつもりですか。家の大事な跡取り娘なんですから、宮廷内で上下関係なんか作らせませんよ」


 あれ、お父様、今、何かサラッととんでもないことを言いました ? 


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お読みいただきありがとうございます。

例の書き間違いは159話ということで。

ぜひ探してみてくださいませ。

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