第177話 武闘會の裏側で

 決勝戦が始まった。

 アンシアはアルの手当てで回復しており、すでに臨戦態勢になっている。

 アルも選手席に控えている。 

 だが、残りの三選手はそこにはいない。


「ダルヴィマールは出し惜しみしますな」

「順当にいけば『黒衣の悪魔ブラックデビルズ』は全員出るでしょう。だが最後の一人がわからない」

「まだ隠し玉がいますかね」


 各騎士団団長たちはダルヴィマール侯爵家に仕える者たちの中からあれこれ名前を挙げるが、見習メイドと少年侍従以上の者が見当たらない。


「近衛の。誰か心当たりがありますかな ?」

「そうですな。一人だけありますが、果たして出てくるかどうか」


 ほう、と各団長は興味深げに顔を見合わせる。


「まあ、あの四人が出るのはわかっていましたから、その段階で近衛の負けは決定していましたし。まして『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』のお歴々が参加では、我らには到底勝ち目がない。見苦しい姿を陛下方にお見せしたくはありませんからな」

「その話を参加申し込みの前に伺っておきたかったものです」


黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』。 


 使い道のない現役引退した老人たちの保養所。

 そう言われて馬鹿にされていた騎士団が決勝まで勝ち残った。

 よぼよぼの爺さんたちが何を血迷ってと嘲笑されていたが、蓋を開けて見ればその辺の若いのが相手にならないほど強い。

 自分たちより強い相手を馬鹿にしていた者たちは、見る目のない輩よと白い目で見られている。

 

「年寄りと嘲笑っていた相手にコテンパンにやられて、少しは正気に戻ればよいのですよ。これで宰相閣下を侮る奴らも減る事でしょう」

「そうこう言っている間に、始まるようですよ」


 決勝は総当たり戦。

 チーム全員が戦う。

 先鋒はアンシア。

 

「かわいいのう。どうじゃ、うちの孫の嫁に来ないか」

「貴族ってなんでそんなに結婚させたがるんですか。あたし当分そういう話は聞きたくないんですけど」


 グレイス副団長との結婚話で、かなり迷惑をかけられたアンシアはうんざりした顔で答える。

 なし崩し的に許嫁扱いされるようになったことでやっと求婚騒ぎが治まってきたというのに、これ以上の騒ぎはもう勘弁してほしい。

 もちろん今のアンシアには公爵家に嫁ぐ気はさらさらない。

 少女はイライラした気持ちを隠しもせず、貴賓席に深々とお辞儀をする。


「それでは決勝第一試合を始めます。双方用意を」



 王都のグランドギルドの資料室係たちは、新たにギルマスから与えられた仕事に奮闘していた。


『百年前までさかのぼって、全ての依頼を系統的に整理するように』


 討伐はもちろん、採集、情報、警護、王都内の細かい依頼まで。

 今までは埃をはたき、破れはつくろい、のんびりまったり過ごしてきた資料室だが、突然の仕事に四苦八苦している。

 

「まず年代別に並べて、その後分類するわよ。とりあえずは大まかにでいいわ。細かいのはその後で。仕分けが終わったら記録よ」


 資料室長は配属依頼初めての大仕事に生き生きしている。


「室長、瓦版の整理はこのまま続けてもいいですか」

「構わないわ。各社の記事の扱いについては気をつけて。特に弱小工房についてはね。今この時は瓦版の転換期なの。記事の内容の変化とか、後々の歴史的な資料になるはずよ」


 グランドギルドの資料室長。

 図書館司書と学芸員の資格を持つ。

 もちろん、ベナンダンティである。



 試合開始して早々に笛がなりレッドカードが掲げられた。


「なんなの、この国は ! なんなのよ !」


 アンシアは顔を真っ赤にして怒りを隠し切れない。

 試合開始の合図とともに剣を構えたアンシアだったが、目の前にいたはずの相手選手がいない。

 まさか自分よりも早く動けるのかと身構えると下の方で何やらサワサワとした感触がする。


「うううむ、グレイスの小僧が言っておった通りじゃ。良い肉質をしている。ふむ、これだけしっかり筋肉が付いているというのにほっそりした足・・・そうか、横にではなく後ろに発達しているということじゃな。そして柔軟性も備えていることで醜い形にはなっておらんと・・・ぐがっ !」


 アンシアの脳天への容赦ない一撃で老人は沈んだ。


「教えてっ ! この国にはクソ爺とエロ爺しかいないのっ ?! 誰かあたしにまともな爺を紹介してっ !」


 アンシアの悲痛な叫びに、この国の名誉の為になんとか好々爺を見つけてこなければと、会場の誰もが思った。


「離宮に隠遁している父上に会わせてみるか」

「お上、その時は上皇后陛下もご一緒でなければ。でないとあらぬ噂を呼びますわ」



「盛り上がっているようですな、ご老公」

「にぎやかなことで結構。街が活性化してよいわ」


 王宮の書庫。

 ローエンド師はダルヴィマール前侯爵と資料集めをしている。

 例の王都郊外の祠についてだ。


「しかし、こうも史料が見当たらないとは、逆に隠ぺいを疑いたくなりますな」

「さよう。アンシアから見せられた地図には、王都を囲むように無数に祠が建てられておった。シジル地区にだけ伝わる不思議な習慣といい、昔なにがあったのやら」

「・・・ルチア姫に対する呪いも関係しているとお考えですかな」


 ローエンド師はパタパタと読み終えた書物を片付けていく。


「いや、儂は別物と考えている。祠については呪いだの恐ろしいものではなく、どちらかというと聖域という印象がある。同じものではなかろう」

「ふむ、では一体誰が。憎いのはルチア姫か、ダルヴィマール侯爵家か」

「そもそも古老ギルマスによれば、呪いの媒体を形作るには半年近くもかかるとか。ルチアを養女にという話が持ち上がったのは昨年の晩夏。次代の侯爵位を狙っていた当時の寄子貴族がというのならわかるが、ではなぜエリアデル公爵夫人が媒体に選ばれたのかという理由がわからぬ」

 

 一度関係者を集めて情報のすり合わせが必要かもしれない。

 今日の騒ぎが治まったら会議を招集せねば。


「ところでご老公、応援に行かなくともよろしいのかな」

「どうせ勝つのは我が家じゃ。後で労いの言葉でもかけておこうよ」



「カークスさぁぁんっ !」

「こちらをご覧になってっ !」


 観客席からの黄色い声にディードリッヒはにこやかに手を振る。

 彼の刺繍の腕は貴族の婦女子の間で評判になっている。

 ダルヴィマール侯爵家の寄子を外された家では、なぜ余計なことをしてくれたと奥方と娘に詰め寄られる当主も多かったという。

 女の好むなよなよした趣味を持つ優男。

黒衣の悪魔ブラックデビルズ』の中では今一つパッとしない印象を持たれていた彼だが、蓋をあけてみれば参加した選手の中でも際立って冷静で構築的な剣を披露した。


「素晴らしい。その若さでそれだけの剣筋とは」

「あなたのような方に褒められるとは光栄です。ですが、まだまだ師の域には程遠い」

「なるほど。まだ精進されるか。赤毛の坊やもそうだが、宰相殿はよい人材を手に入れられた。先々が楽しみだ」


 ダルヴィマール侯爵家の三勝。

 優勝は決定しているが、『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』側は全員の対戦を希望。

 各省庁から魔王と恐れられている男が副将として立ったのを見て、悲鳴をあげた事務方も多かったが、その腕を見て決して宰相府を敵に回すまいと決心した各総裁も多かった。


「では大将戦を始めます。選手は開始位置についてください」


 『黒衣の悪魔ブラックデビルズ』の後に続く最強の剣士は誰か。

 会場中がワクワクと見守る中、ダルヴィマール側に現れたのは・・・。


「ピヨピヨ」

「ひよこ・・・」

「何、あのちみっこいのは」


 しーちゃんだった。


「あらあら、大変」


 客席からルチア姫があわてて降りてくる。


「だめよ、しーちゃん。あなたは戦えないの」

「ピピーッ」

「だってこれは剣術武闘會ですもの。あなたは剣を握れないでしょう ?」

東雲しののめ、おいで」


 選手席から魔王エイヴァンが手を伸ばす。

 ヒヨコはチョコチョコとその手に乗った。


「かわいいっ !」

「すてき !」

「悪魔とヒヨコとの格差がたまりませんわっ !」


 エイヴァンの頭や肩を行ったり来たりするヒヨコに、会場中のご婦人が夢中になる。


「申し訳ございません。あの子なりに自分も役に立とうとしたのですわ」

「いやいや、小さい子供にはよくあることです。お気になさらずに」


 ルチア姫は桟敷席に向かって優雅に礼をする。

 そしてトレーンを外すとどこからか長い槍を取り出して構える。


「ここからはわたくしがお相手いたしますわ」

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