第168話 エイヴァン兄様、無双

 例のご婦人を返り討ちにして、しばらくは静かな日々が続くだろうと安心していたのだが、夕食会の時の余興でアルに注目が集まってしまった。

 翌日から各騎士団から引き抜きの手紙が毎日来ている。

 お断りしてもそれでもとしつこい。

 

「私はお嬢様の侍従です」

「一生お仕えしたいのです」


 そう繰り返してもお誘いは止まらない。

 無視していればいいものを、アルがこう返してから悪化した。


「私は、強い人がいるお家にお仕えしたいのです」


 バカ。


「我が家にも剣の腕が立つ者がおりますよ」

「いやいや、当家の警備隊長も中々です。一度お手合わせを」


 結果、アホが増えただけだった。

 三顧の礼ではないけれど、どれだけの好条件を並べられてもなびかないアルに、業を煮やした各騎士団の若手が実力行使に出た。


「近衛が処分を受けたのを忘れてるんじゃありませんか」

「本当に面倒くさい」

「お前が余計な一言を言うからだ、カジマヤー」

「はい、すみません」


 宮中を私を先頭に後ろにアンシアちゃん、少し離れて兄様たちとアルが続く。

 先頭にいる私からは通路の左右に隠れた騎士様が丸見え。


「柱二つ向こう。右、三名。左、二名。四つ目の陰に四名づつ、その先廊下の曲がり角に十名ほど」


 ドローン魔法と索敵魔法も駆使して、襲撃しようと待機している騎士様の数を確認していく。


「今日は気合が入っていますね。特に曲がり角とは良い場所です」

てい字路だとどちらか片方に隠れることが出来ますからね」

「そちら側に曲がってはダメかしら」

「面白いですね。でも今日はだめです、お嬢様。そちらに曲がると大回りすぎてお約束の時間に遅れてしまいますよ」


 私とアンシアちゃんが通り過ぎた後に襲い掛かる騎士様を撃退し、何事もなかったかのように進む一行。

 倒された騎士様たちは王宮侍従によって速やかに撤去されていく。

 ここのところ王宮に出向く度にこんな騒ぎなので、宮内省からは移動経路を予め指示されている。

 巻き込まれる人が出ないよう、私たちが目的地に着くまでは迂回するようにと王宮内の皆さんには通達が出ているそうだ。 

 そんなことしないで騎士様たちを止めて欲しい。

 騎士様たちを倒して、大きな扉の前に立つ。

 兄様が扉を叩くと誰何すいかする声。

 私の名前を告げると中から扉が開かれた。


「やあ、よく来たね、ルチア」

「お邪魔いたします、お父様」


 ここは宰相執務室。

 お父様が週に五日以上拘束されている場所だ。

 今日はあまりにお家に帰れないお父様の為に差し入れを持ってきた。

 私にとっては初めての親の職場訪問になる。


「お菓子を焼いてまいりましたの。お茶をいただくお時間は取れますでしょうか」

「ああ、そうだね。少し休もうかな。みんなもちょっと休んでくれ」

「皆様の分もご用意いたしました。お口汚しではございますが、どうぞご賞味くださいね」


 お菓子を配ってもらう。

 疲労を回復するよう考えて作った物だ。


「それで今日は何人いたんだい ?」

「二十名ちょっとです。でも少し弱かったですわね」


 おやおやとお父様は笑う。

 いや、本当に日に日に騎士様たちの質が落ちていくのよ。

 代わりに人数だけが増えていく。

 質より量を目の当たりにして、私たちは笑いを我慢するのに苦労している。


「皆様、どうぞ」


 アンシアちゃんがお茶を入れて部下の方にも振る舞う。

 皆さん、お父様同様に目の下が黒い。

 余程の激務なのだろう。

 ズズッと音がして、執務机の方を見ると未決書類が雪崩を起こしていた。

 部下の方が拾おうと立ち上がりかけたが、兄様たちが私たちがと制止する。


「随分な量の書類ですね。あれを毎日お片付けしているのですか」

「お片付け・・・ああ、そうだね。終わらないと帰れないし、翌日にはまた同じ量が届く。いつまでたっても終わらないんだよ」


 お父様がげんなりした顔で言う。

 疲労が蓄積しているのがはっきりとわかる。

 今日差し入れたのはドライフルーツやナッツをたくさん使ったケーキ。

 お疲れが取れるようにと選んだ材料。

 ちゃんと食事が取れない時用にシリアルバーも用意してきた。

 私がお父様の為に出来ることはこんなことくらいだ。


「騎士団はまだ諦めないみたいだね。そんなにカジマヤーが欲しいのかな」

「あげません。わたくしの大切な・・・近侍ですもの。王宮で襲い掛かってくるのは、皇帝陛下がお許しになったからだと聞いています。余計なことをなさいました」

「みんな腕には自信があるからね。自分たちの方が強いと思い知らせたいのだろう。抜刀しないこと、武器は使わないこと、ルチアとアンシアに手を出さないこと。それを守れば二週間だけ襲撃を許すと仰せなのだから、しばらく我慢しなさい」

「それなのです、お父様っ !」

 

 私は思わず机をドンっと叩いた。

 休憩していた部下さんたちがこちらを振り向く。


「前方で何人どこで待っているかわかっているのに、知らんぷりで素通りしなくてはならないのですよ。何故わたくしが倒してはいけないのですか。あんなのわたくしとアンシアちゃんの二人で十分ですわ。襲撃対象の実力も見抜けないくせに、わたくしの近侍を横取りしようなんて許せません !」


 え、姫がみずから倒しちゃうの ?

 部下さんたちが何言ってんのと言いたそうにしているのがわかる。

 横のアンシアちゃんはウンウンと頷いている。

 私だって倒したい。

 私がアルを守りたい。

 遊びたい。

 つまんない。


「貴族令嬢に倒されたら、それこそ彼らの矜持きょうじはボロボロだよ。我慢してあげなさい。あと数日のことだしね」

「御前、少々よろしゅうございますか」


 書類を拾っていたエイヴァン兄様が真剣な顔でお父様を呼んでいる。

 ディードリッヒ兄様と二人、未決書類の束を睨みつけている。


「この未決の書類ですが、我々にお任せいただけますか」

「それは・・・いや、わかった。好きにしなさい」


 兄様たちの顔に何か気づいたのか、お父様は即座に許可する。

 いや、宰相のところに来る書類を勝手に娘の侍従に任せてはいけないだろう。

 だが、ただならぬ気配は私にもわかる。


「誰か計算の速い者・・・」

「「はいっ ! 」」


 私とアルが手を挙げる。


「そろばん、一級です」

「私も」


 そろばんはないがなんとかなる。

 バンと結構な枚数の紙を渡される。


「再計算と訂正を。大至急」

「空いている机をお借りします。後、筆記具をお願いします」


 用意された机に座り暗算を始める。

 かなりの量があるが、単純な計算だ。


「各省庁の実務責任者を、一時間後に宰相執務室に集めろ。頭はいらんぞ、面倒だ」


 兄様が指示を出し部下の人たちがバタバタと出ていくのが目の端に映る。

 お父様の執務机に座ってエイヴァン兄様が作業をしている。 

 めっちゃ機嫌が悪いよ。

 やばいよ、これ。

 何が起きてるの ?



 計算をしながら気づいたことがある。

 何だろう、この引っ掛かり。

 その、気になった書類だけ兄様たちに渡さずコッソリ隠す。

 エイヴァン兄様が処理した書類をディードリッヒ兄様が仕分け、アンシアちゃんが袋詰めする。

 結構な量の書類があっと言う間に仕分けされていく。

 そのころには各省庁の実際の業務をつかさどっている人たちが集まり始めた。

 入室すると執務机に侍従服の男が座り、周りで宰相家の姫までが何か仕事をしているのを見て目を丸くする。

 

「兄さん。関係者、全員集合しました」

「スケルシュ兄さん、計算、終わりました」

「こちらも。これで最後です」


 エイヴァン兄様は渡された書類に目を通した後、それを書く関係省庁の袋に入れる。

 そして集まった、高位の貴族であり尚且なおかつ各省庁の実力者である役人たちを睨みつける。

 

「俺は今、宰相閣下から全権を委任されている。俺の言葉は宰相閣下の言葉と思え」

「・・・」


 何だ、この侍従風情ふぜいが偉そうにと、小ばかにした態度で立っていたお偉いさんたちが体を固くする。

 エイヴァン兄様の合図で私たちは重い書類の詰まった袋を皆さんに配る。


「それは全て、貴様らの部署で処理されるべき書類だ。持ち帰れ」

「え、まさか」


 一人が不満の声を上げるが、兄様ににらまれて口ごもる。


「宰相の仕事は皇帝陛下をお支えすること。なのになぜか居酒屋の付けだの、舞踏室の使用許可などの書類が混じっていた。そんな物の処理のため、週に一日帰宅できればいい状況だ」

「・・・」

「貴様らは、俺の主を殺す気か」


 集まった人たちはお互いに顔を見合せる。

 兄様は立ち上がって机をバンっと叩く。


「ルチア姫に、二度も父君の葬式をあげさせるつもりなのかと聞いているんだっ !」

「そ、そんなつもりは・・・ !」

「なら、何故こんな書類をまわしてきた ? 貴様らの長は大事だが、宰相が病に倒れるのはかまわないのか。こんなくだらない書類を二度と宰相室に持ち込むなっ !」


 兄様は机から一枚の紙を摘まみ上げヒラっとさせる。


「いいか。今後この未決箱に似たような書類を見つけたら・・・」

「・・・」

「書いた人間もろとも」


 役人たちがゴクリと何かを飲み込む音がする。


「燃やすぞ」


 ボシュっという音とともに、兄様が持っていた紙が灰になった。


「以上だ」


 ディードリッヒ兄様とアルが観音扉を開け、退出を促す。

 役人たちは渡された大量の書類を抱えて出ていく。

 エイヴァン兄様がハアッと息を吐いて椅子に沈み込む。

 未決箱は空になっていた。


「失礼いたします。財政省のものです」


 扉から穏やかな声とともに男性が姿を現す。


「実務責任者が呼ばれていると伺いました。どのようなご用でしょうか」

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