第167話 宮中夕食会の余興
屋敷に帰って来てから何事もなく、と言いたいところだが、色々と騒がしいことばかりだった。
まずはお見舞いを頂いた方へのお礼状。
参加予定の夜会、お茶会を欠席してしまったお詫び。
もう何十通書いたことだろう。
コピペしようとしたら必ず直筆でと怒られた。
それから門の前で番をしていた瓦版の記者様への感謝と記者会見をやりますのお知らせ。
それらの手紙にはシジル地区の花屋さんから仕入れた紫色の薔薇を一輪添える。
私を心配してきてくれた女の子のおうちだという。
最初に赤い花をくれたあの子だそうだ。
お祭りがあるから来てねとお誘いがあり、お母様はぜひ伺うと返事をしている。
シジル地区のお祭り。
楽しみだ。
修羅場と言えば私の頭の上が大変なことになってしまった。
久しぶりであったモモちゃん、いきなりキックをかましてきた。
何があったのかと思ったら、ヒヨコのシーちゃんが蹴り落とされていた。
そこは自分の場所だと主張しているようだ。
モモちゃんも強いがシーちゃんも負けてはいない。
蹴落とされようが、耳で引っぱたかれようが何度も私の頭に登ってくる。
モモちゃんは『そこは僕の場所だよね』と
そんなわけで、私の頭の上にどちらが乗るか。
現在進行形で争奪戦が行われている。
一緒に乗ればいいんじゃないという私の提案は却下された。
で、大熊猫のリンリンは我関せず。
私の膝の上で居眠りをしている。
大分成長して今はモモちゃんと同じくらいの大きさになっている。
このままだとあっという間に大きくなって抱っこができなくなるだろう。
甘え上手で使用人の皆さんの人気者だ。
◎
さて、私が呪いから解放されたことになって一週間。
ついに社交界復帰の日が来た。
今日は王宮での夕食会だ。
晩餐会よりは少し格が落ちる。
それと観客がいるのが違う。
招かれているのは公爵、侯爵、伯爵家でも重要な仕事を任されている人たち。
後は各騎士団長の皆さん。
そして本来は夫婦のみの参加なのだが、ティアラの乙女たちだけは参加することができる。
それ以外の人たちはテーブルの周りをコの字型に囲み、食事風景を見物している。
もちろん兄様たちもその中に。
私たち親子の後ろに控えている。
「大陸の方がどのような不作法を演じるかと思いきや、思いのほかきちんとされているので驚きましたわ」
デザートも終わりお茶が配られ、しばし歓談の時、正面に座っていたエリアデル公爵夫人が声をかけてきた。
きたーっ !
待ってたよ、この展開 !
私は拡声魔法を使って、大きな音ではないが公爵夫人の声が万遍なく聞こえるようにする。
そしてなんと仰ったのかしらと、同じことをもう一度言ってもらう。
それを聞いて皇帝ご夫妻はもちろん、室内の方々も何を言っているのかと顔を曇らせる。
これだけでもう、私の勝ちが決まったようなものだ。
「恐れ入ります。土地が違えばお作法も違う。こちらに慣れるまでは大変でした」
「あちらでは木の棒を使ってお食事をするそうですわね。ナイフとフォークを使いこなせるようになるには、大変な努力をされたことでしょうね」
返事をせず笑顔で応えるが、一瞬だけ困ったような顔を見せる。
「やはり棒切れでのお食事が懐かしいのかしら」
「
涼やかな声が上座から聞こえてきた。
皇后陛下だ。
「こちらに来て、一番苦労したのは何かしら。特にお食事で」
この方は丁度良い場面で手を差し伸べて下さる。
春の大夜会でもそうだった。
陛下をお見上げすると直答せよと頷いて下さる。
勝った。
後は予定通りに演じるだけだ。
「こちらに着きまして最初に戸惑ったのはお食事の作法でございました。とても恐ろしゅうございました」
「まあ、恐ろしいとはどのあたりのことかしら。普段何気なく使っている
皇后陛下は面白そうにお尋ねになる。
話題を途中で取られた公爵夫人は渋い顔だ。
「あまりの恐ろしさに一週間ほどは生きた心地がせず、食が進まず皆に心配をかけてしまいましたわ」
「まあ、どんなお作法なのかしら。お
「余にも想像がつかぬ事だ。ご息女よ。焦らさずに教えてはくれぬか」
両陛下がワクワクした顔をなさる。
お母様から皇后陛下は何にでも興味を持たれて人生を楽しむお方と聞かされていたが、こんなに食いついて下さるとは。
その時を思い出してブルっと震えて見せる。
そしていかにも思い出しても恐ろしいと言うふうに答える。
「武器を使ってお食事をしていたからですわ」
夕食会場が静まり返った。
楽隊も演奏を止めてしまった。
「・・・武器とは・・・もしかしてフォークとナイフのことかしら・・・」
さすが皇后陛下。
よく気が付いて下さいました。
「初めて入った食堂で、武器を構えた人たちが大勢いて、生きる為とは言え、なんて恐ろしいところに来てしまったのかと震えが止まりませんでした」
皇后陛下がプッと噴き出して我慢できないと声を上げて笑い出した。
「ほ、本当に、あなたの言う通りだわ。確かに武器にしか見えないわね。さようですわね、お
「まったくだ。我らには当たり前のことでも、他の文化からはそのように見えるのだな」
会場は明るい笑いに包まれた。
だが私は何故この恐怖が理解されないのかという顔をして、控えている王宮侍従に頼み事をする。
「驚いた。かの国では肉も魚もでないのですか。ナイフとフォークがなければどのように切り分けるのです」
エリアデル公爵夫人がイライラした様子で発言する。
よくぞ聞いて下さいました、それ。
「自ら切り分けなければならないようなお料理はありませんわ」
「生の魚を食べると言うではありませんか」
「先ほど頂いたお魚のマリネは生の切り身だったと思いますけれど」
「生の卵を食べるとか」
「完全に衛生と安全に配慮して生産されておりますのよ。卵と牛乳のミルクセーキは子供たちの大好きな飲み物ですわ。栄養があって力がつきますの」
ぜひ召し上がっていただきたいですわとニッコリ笑う。
「バカバカしい。何が武器で食事をするですか。このようなナイフで人を傷つけることが出来るわけがないでしょう」
「お待たせいたしました、お嬢様。お求めの物でございます」
公爵夫人の口撃を軽く交わしていたところに、高いコック帽を被った男性が現れた。
「まあ、総料理長。何故あなたが ?」
「皇后陛下、こちらのご令嬢が面白い物をご所望でしたので、ご挨拶ついでに持って参りました。お嬢様、こちらでよろしいでしょうか」
総料理長は丸のままのリンゴがのったお皿と、お魚料理を頂く時のナイフを差し出した。
「ええ、恐れ入ります。カジマヤー君、こちらへ」
立ち並んだ貴族の方々の間からアルが出てくる。
「食事用のナイフは武器にならないと仰いましたけれど、どうぞご覧になってくださいませ。カジマヤー君、よろしくて ?」
「おまかせください、お嬢様」
アルは左手にお皿を、右手にナイフとリンゴを持つ。
そしてリンゴをサッと投げるとナイフで素早く宙を切る。
「どうぞ、ご覧下さい」
「 ?! 」
皿を受け取った総料理長は思わず取り落としそうになった。
そこには綺麗に飾り切りされたリンゴが乗っていた。
「これは・・・見事だ。まさかこのナイフでこのようなことが出来るとは・・・」
「まあ、きれい。素晴らしいわ。総料理長、皆様に見ていただきなさい」
総料理長から皿を渡された王宮侍従は静々と貴族たちにリンゴを見せてまわる。
エリアデル公爵夫人は目を逸らして見ようとしなかった。
各騎士団の団長たちはリンゴとアルを交互に見て唸る。
この赤毛の少年はどんな剣の腕を持っているのか。
瓦版に書かれている夢物語は本当のことかもしれない。
グレイス公爵だけは以前アルの腕前を見ているせいか驚かない。
うん、お前なら出来るなと言う顔で満足そうにこちらを見ている。
「・・・素晴らしい。君、私の下で料理人になる気はないかね !」
総料理長の誘いをアルは笑顔で断る。
私はお嬢様の侍従です、と。
◎
「終わったー。やったー」
「お疲れ様でございました。やっとかのご婦人を黙らせられましたね」
「一泡吹かせられて、とても良い気分です、お嬢様」
夕食会の後の夜会。
エリアデル公爵夫人は参加しなかった。
侍女の控室にいたアンシアちゃんから、物凄い表情で帰って行ったという報告を受けた。
私たちの完全勝利だ。
家族の居間でお母様、お父様とお茶を頂いてのんびりする。
「それにしても、カジマヤー。あなた、あんな特技があるとは知らなかったわ。とてもきれいな飾り切りだったわ」
「恐れ入ります。ですが、あれには仕掛けがございます」
まずアルの冒険者の袋に予め飾り切りしたリンゴを入れておく。
リンゴを投げた瞬間、それを入れ替えたのだ。
これを小柄なアルがやるから意外性があって受けるのだ。
なおリンゴの飾り切りはエイヴァン兄様作。
高校の時自宅近くの純喫茶でバイトして覚えたそうだ。
「これでしばらくは大人しくしていることでしょう。その間に呪いについてもう少し調べておきたいところね」
「近衛とグレイス公爵家からも情報が来る手筈になっております。お嬢様と同じ頃に具合の悪くなった者は絞られてくるかと」
問題は山積みだが、とりあえず今日はやり切った。
今夜は枕を高くして眠れそうだ。
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