第166話 お家に帰るのも大変です

 早朝、ダルヴィマール侯爵邸の外壁を登る。

 登ると言っても私の浮遊魔法があるので、えっちらおっちらしているわけではないのだけれど。

 魔法・韋駄天いたでんでやたらだだっ広い敷地を走破して屋敷にたどり着き、使用人専用の入り口から素早く侵入する。


前方えんほう、クリア」


 エイヴァン兄様の合図で進む。

 あ、ぜんぽうって言わなかったのは、さ行とかぱ行とかって、声に出さなくてもよく聞こえちゃうから。

 え、なんでコソコソ帰宅しているかって ?

 例の瓦版ですよ。

 あそこがすっぱ抜きました。

『ルチア姫、不在』って。

 門の前には24時間瓦版の記者様が張り付いている。

 私はずっと屋敷で寝込んでいることになっているので、不自然に馬車で帰宅する訳にはいかなかったのだ。

 マスコミのしつこさと妄想は、ベナンダンティならよくわかっている。

 大分改善されたとはいえ、仮定形で記事を書かれては困る。


「オールクリア、ゴー」


 すっと私の部屋に入る。

 中ではナラさんが待っていた。


「お帰り。すっかり元気になったみたいね」

「ただいま戻りました。ご心配かけてごめんなさい」


 兄様たちは侍従の控室に着替えにいった。

 私はナラさんに寝間着に着替えさせてもらう。

 

「もう、大変だったのよ。変な瓦版のお陰でお嬢様は本当に屋敷にいるのか。近侍たちはどうしたんだって。アンシアが実家に帰ったことまで書かれてるし、ごまかすのが大変だったわ」

「すみません、ご迷惑をお掛けして。でも、一体誰が話したんでしょう。屋敷のみんなも知らないはずですよね」


 それがわからないのよねえとナラさんが言う。

 兄様たちはヨレヨレの侍従服に着替えている。

 休みも取らず、ずっと私に付き添っていたということになっている。

 今朝になってやっと空腹を訴えてきたので、胃に優しい朝食を作ってもらいに厨房に行ってくれる。

 その後は一度私室に戻って身なりを整えてくるそうだ。

 アンシアちゃんは明日帰ってくる予定だ。

 アルがシジル地区に連絡に行ってくれる。

 門のところで質問攻めにされるかもしれないけれど、自分は戻ってくるよう言われただけで、どうなっているのかわからない、お嬢様のことが心配でならないと演技してもらうことになっている。

 ついでに記者様たちには心配してくれてありがとう、お気持ちはお嬢様に必ずお伝えしますと言ってもらおう。

 マスコミ操作は大事だよね。


 屋敷に戻るために色々とベナンダンティの皆様に動いていただいた。

 まずルチア姫の病が普通のものではないとのうわさを流す。

 プロジェクトチームを作って原因解明に乗り出す。

 これが呪いではないかと気づき解呪に乗り出す。

 その結果として昨日の午後、呪いを解くことに成功。

 今朝、やっと食欲が戻って元気を取り戻す。


 このあたりのシナリオはあちら現実世界のネットで『製作委員会』の皆さん主導で作っていただいた。

 王宮書庫の片隅にギルマスが書いた呪いに関する記述をさり気なく紛れ込ませ、ローエンド師に師事している若者に見つけさせた。

 そして若い頃冒険者をしていたという老人たちに聞きこみをし、私の状態がまぎれもなく呪いにかかった状態だと言質げんちを取る。

 年よりは昔話をしたがるものだから、この話はあっと言う間に王都中に広まって、教会から聖水が届けられる。

 ルチア姫の回復を祈りにたくさんの人が教会に来てくれたので、お布施でウハウハ状態な教会は当然のように聖水を無料でわけてくれたのだ。

 もともと無料なんだからありがたくもなんともないが。


「急に元気になってもまた変な噂になるし、二三日は大人しくしていて。少しずつ屋敷の中で過ごして、そうね、一週間もすれば外出してもおかしくないと思うわ」

間諜スパイ活動ができませんねえ。私、何の為に雇われたんだか」

「娘になる為にきまっているじゃないの」


 トントンとドアを叩いてお方様が入ってきた。


「よかったわ。本当に心配したわ」

「お母様・・・ご心配をおかけしました」

「呪いは解けたとは聞いていたけれど、やっぱり元気な姿を見ないと安心できなくて。心配をかけていけない子ね」


 申し訳ない。


「エリアデル公爵夫人はやはり呪い返しにあったみたい。聖水を飲んでかなり楽になったようだけれど、まだあなたへの恨みは消えてないそうよ。やはり呪いをかけた張本人をなんとかしないとダメなようね」

「・・・そうですか」


 またあの嫌味攻撃が始まるのかと思うと気が滅入るが、もう負けない。

 あちら現実世界の母の座右の銘は『右の頬を叩かれたら往復ビンタと回し蹴りでやり返せ』。

 賛同するつもりはないが、今回は母の言葉に従おうかと思う。

 ちなみに父のはと言うと『質実剛健・勤勉努力』。

 さて、今度はどんな嫌味を言われるか。

 これはまた『製作委員会』の皆さんに相談だな。


「それにしても『ルーと愉快な仲間たち』の噂は貴族街にまで響いているわよ。討伐以外でも随分と頑張ったようね」


 お方様、『ルーと素敵な仲間たち( 仮 )』ですってば。

 ええ、色々とやりました。

 ヒルデブランド出身ということでルチア姫の快癒を祈っての無償の教会掃除。

 予算が少なくてかなり低い報酬で依頼を出された孤児院の修繕。

 騎士学校と王立魔法学園の掃除。

 合間に大型魔物の討伐。


「学校関係では色々やってしまったようね」

「アハハ、成り行きというか、元気な人たちが多かったもので」


 騎士学校では訓練場の清掃と補修を請け負った。

 ここは貴族の子弟が必ず入学しなければならないのだが、上級貴族は普通に接してくれるが低位貴族の息子たちの態度が酷い。

 学校側もそれをなんとかしたいという事での指名依頼だった。

 まず前日に下見と称して学校を訪れ、生徒たちに接触する。

 冒険者風情が、平民が、騎士にもなれないくせに等の言葉が浴びせられ、予定通りに弱っちい印象を与えておく。

 翌朝、訓練場で朝礼が行われる。

 そこに私たちが現れ、作業の前に自分たちの訓練をしても良いか許可を取る。

 そこで冒険者の訓練を見てみるのも勉強と生徒たちが観戦する。

 で、ギルマスとのアレを完全再現、と。

 低学年の坊やたちは目をキラキラさせるし、卒業間近の生徒たちは歯ぎしりするし、私たちをバカにしていた低位貴族たちは真っ青になってるし。


「生徒たちに活を入れて欲しいという学校側の依頼には応えられたと思いますよ。あの後訓練に随分と真剣になったとのことでしたから」

「魔法学園の方はどうだったの ?」


 こっちは結構簡単だったな。

 だって、魔法を見せれば良いだけだったもの。

 アンシアちゃんから聞いていたけれど、ここは平民が入学する学校。

 たまに貴族もいるけれど、完全に実力主義なのだ。

 テキスト通りの魔法が発動できるかどうか。

 どれだけ多くの詠唱を覚えられるかどうか。

 普通は詠唱暗記は半分くらい。

 発動できるのは初歩魔法の半分くらい。

 アンシアちゃんのように全て暗記して、上級まで五割から六割発動できるような天才はいないそうだ。

 だが、生活魔法以外を使える。

 それはエリートを意味している。

 本人たちもそれは自覚していてかなり偉そうな態度を取っている。

 と、いう訳で依頼は無詠唱魔法の披露。

 授業中に教室にお邪魔して教室を綺麗にしたり、浮遊魔法で邪魔な荷物を移動させたり、最後は訓練場を掃除する前にギルマスの火の玉魔法で訓練してみせたり。

 この世界の人たちは生活魔法以外は詠唱しないと発動しないと信じている。

 その辺りが私たちベナンダンティとの違いなのだろう。

 アンシアちゃんが魔法から離れたのも学んできたそれとあまりに違うから。

 もったいない。

 これはなんとかしないといけないとベナンダンティ全員が思っている。

 いや、一般市民しているベナンダンティだって、生活魔法しか使えない人がほとんどだ。

 冒険者になって必要になったから無詠唱魔法を使っているに過ぎない。

 あちら現実世界でネットが使えるようになった今、もっと突っ込んで魔法について考えていかなくてはいけないと考えている分科会もある。

 こちらの世界は変わり始めている。


「頑張ったのね。お疲れ様。でも、もう少し気を楽にしてもいいのよ。頑張りすぎよ。あなたも、他の子たちも」


 お方様がやさしく仰る。


「確かに貴族社会の噂を集めて欲しいとは思っているけれども、貴女はわたくしの娘になったの。依頼がどうのとか考えず、この世界を楽しんで欲しいのよ」

「でも、私は間諜スパイ活動の為に雇われたんです。ちゃんと仕事をしなくてはいけません」


 やるべきことはやる。

 父の『質実剛健・勤勉努力』の座右の銘は私の心に沁み込んでいる。

 だがお方様は困ったような笑顔で仰る。


「悲しいわ。わたくしとの関係がそんな契約だけの関係なんて。もっと親しい間柄になりたいのに。何故あなたはわたくしたちと家族になってくれないのかしら」


 最初のご老公様との契約がそうだっから、距離を取ってきた。

 でも、お方様は本当の家族になりたいと思っくださっていたのだろうか。


「・・・よく。わかりません。だって、私、両親は仕事で忙しくて、一緒に過ごしたことがあまりなくて、迷惑かけないようにしていたし・・・」

「子供は親に迷惑をかけてナンボなのよ。そこから色々学んでいくの。あなたはちょっと人より先に大人の道に入ってしまったようね。それでは人生の大半を無駄に過ごしてしまうわ。修正できるうちにしてしまいましょう」


 お方様はにっこり笑って扇で私の頭をポンと叩く。


「まずはお食事は必ず一緒に取る事。そしてたくさんおしゃべりすること。あなたがどこで何を見てきたのか、教えてちょうだい。これは仕事の報告ではありませんよ」

「お方様・・・」

「お母様、でしょ ? どうせあの子たちとの間ではお父様ではなくて御前と呼ばれてるってお父様がぼやいていましたよ。あの人は帰宅することが少ないから仕方ないけれど」


 ドアがトントンと叩かれナラさんが入ってくる。


「お方様、司厨長が朝食はどちらで取られるのかと聞いてきております。お嬢様が召し上がるのでしたら、こちらにお運びしてご一緒されるのかと」

「あら、気が利くわね。ええ、こちらに運んでちょうだい。今朝は久しぶりに娘といただくわ」

「承知いたしました。すぐにご用意させていただきます」


 居間ではなく寝室に運び込まれた朝食。

 元気一杯だけど対外的には病み上がり認定されているから、お味噌汁と梅干付きのお粥だけど、こちら夢の世界での久しぶりの和食はやっぱり美味しい。

 それだけじゃ足らないでしょうと、お方様・・・いや、お母様が卵焼きをわけてくださった。

 出汁も砂糖も入っていない塩味の卵焼きはちょっとしょっぱかった。

 見習司厨員こっく。塩梅を間違えたな。


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お読みいただきありがとうございます。

笑える書き間違い、見つけていただけたでしょうか。

155話から先にアルとだけお知らせして、どなたが最初に見つけてくださるか楽しみです。

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