第165話 そろそろ、おうちに帰ろうかな

シジル地区の冒険者ギルド。

そのギルマスの執務室にエイヴァンはいた。


「なんだね、二人きりで話したいこととは」


 エイヴァンは勧められたソファに偉そうに座り足を組む。

 先ほどまでの好青年振りは鳴りを潜め、冷徹で高圧的な男が現れる。


「シジル地区には王都の冒険者ギルトとは別の、秘されたものがあることは知っている」

「 ! 」


 エイヴァンはシジル地区のギルマスの驚いた顔に気づかない振りをする。


「・・・いつから気づいていた ?」

「あの頃こちらの冒険者だという人たちを随分紹介してもらった。だが、彼らとは王都のグランドギルドでは一度も出会わなかった。王都内はもちろん、城壁の外でもな。なのに出会えば今日は討伐をしてきた、採集をしたと言う。疑問に思わない訳がない」


 嘘だ。

 十余年前にはまるで気が付かなかった。

 それだけうまく隠蔽していたのだ。


「俺はここの住人じゃない。シジル地区だけで上手く回っていて悪事に手を染めていないのであれば、あれこれ口出しするつもりもない。だから気づかない振りで王都を離れた」

「・・・ならば何故今それを聞く」


 腕を組みなおし、一度目を閉じる。


「アンシアがやらかした」


 マルさんの息を飲む音が聞こえた。

 目を閉じたまま続ける。


「ヒルデブランドの冒険者ギルドで、ここのことを全て話した。すぐに箝口令をいたが、あのまま冒険者として採用すれば、いずれ自分の生まれ育った街が何をしているのかと疑いだすに違いない。そしてヒルデブランドからこのことが広まれば、やはりシジル地区は噂通りの悪の巣窟だった、悪の組織のある街だということになる。それは避けたい。短い間だが世話になった街だからな」


 ギルマスは真っ青になった。

 想定はしていたが、当の昔にバレているとは思わなかった。


「だ、だからヒルデブランドのギルマスは、あの子を冒険者にさせずにルチア姫の侍女にしたのか」

「もちろんそれもあるが、姫が随分と彼女を気に入ったからとも聞いている。ヒルデブランドまでの道のりで助け合った仲だからだそうだが」


 エイヴァンは目をあけてギルマスの目をじっと見る。

 

「それはともかく、俺が不思議に思ったのは祠の件だ」

「・・・ケルベルスの時か。あの時いたのはお前たちだったのか」

「ああ。あの時、地獄の番犬は一定の場所から俺たちに近寄れずにいた。だからこそ長物を使うルーが倒せたのだが、理由がわからない」


 視線を外さなければ、分の悪い方が目を逸らす。

 さて、勝つのはどちらだろう。


「アンシアは点在している祠を大切に修復して回っていると言っていた。だからそこに何かしらの意味があるのではないかと思った。あの時アンシアは祠が壊され続けていると言っていた。それは雪解けから大型の魔物が頻繁に現れるようになったのと関係があるのではないか」


 そこまで感づいているのか。

 シジル地区のギルマスは目を泳がせる。

 が、観念したかのように首をふる。


「俺の口からは話せない。そういう決まりだ」

「知られたら不味いことか」

 

 そうじゃないとギルマスは言う。


「だが、これはさるお方のお許しがなければ話せない。知りたかったら許可を取ってこい」

「誰だ、それは」



「本気でお許しを頂きにいくのか」

「ああ、もちろん」


 ギルマスのあげた名前に、エイヴァンは顔色一つ変えず「わかった」と言った。

 一介の冒険者が接触できるはずもない人物。 

 本気で会おうと言うのか。


「できるものならやってみろ。だが、壁は高いぞ」

「別に壁を越えねばならないということもあるまい。方法はいくらでもあるさ」


 エイヴァンはそう言うと立ち上がった。


「ちょっと待ってくれ。一つ教えて欲しいことがある」

「なんだ」

「アンシアのことだ。姫のご一行とともにヒルデブランドを目指したと聞いているが・・・」

「 そうだが ? 」

「姫のおられた大陸は王都から見てヒルデブランドの向こう。領都を目指した彼女とどうやったら出会えるんだ ?」


 おや、そこに気が付いたか。

 エイヴァンはヒルデブランドでのアンシアを思い出し、フッと笑う。


「俺たちも話を聞いたとき、そう思ったさ。だが、働き始めたアンシアを見ていたら納得した。あいつは稀代の方向音痴だ」

「はあっ? 」


 東に向かおうとすれば北に行き、南に歩いているはずが西にたどり着く。

 市警本部が住所表記を作るまでは、チュートリアルの間ルーと共に街の中をウロウロする彼女をよく見かけたものだ。


「ヒルデブランドに向かっているはずがいつの間にか海を見ていたと言っていたそうだから、多分そういうことなんだろう。すでに二つ名を持っているぞ。『迷子のアンシア』ってな」

「・・・そんな理由か・・・。あまりに出来すぎた話に何か裏があるのかと思ったが」


 まあ、確かに裏はあるのだが。


「信じられないのも無理はない。だがあいつが領館から出てきたときは、間違って街の外に出ないよう警備隊は厳重警戒をしていた。市警の連中はあらかじめ領館から外出届を提出させるし、子供は面白がって道案内をかってでるし、今じゃヒルデブランドの人気者だ」


 つまらん理由で残念だったな、とエイヴァンはギルマスの肩をポンポンと叩く。

 

「それじゃあ俺はもう行く。すまんな、俺の妹分が騒がせて」

「いや、みんな楽しんだようだしな。差し障りのない程度に来てもらってかまわない」

 

 下宿していた時の純真無垢な少年は、一回りも二回りも成長して戻ってきた。

 泣きながら家を出た少女は外で仕事を得て笑顔になった。

 外から人の出入りがあった。

 何かが始まろうとしている。

 シジル地区のギルマスは不思議な心持ちで彼を見送った。



「兄様、兄様、見て下さい。ホラ、この子」


 涙目で不貞腐れていた妹分はニコニコ顔で手の平に乗せたものを見せた。


「ヒヨコ ? どうしたんだ、こいつは」

「気が付いたらテーブルのお菓子を突いていたんです。なつかれちゃって離れようとしないんですよ」


 ヒヨコはピヨピヨとルーの肩に乗る。


「どこから来たんでしょうね。この辺の子かしら」

「ルーさん、養鶏場はありますけど、この時期はこんな小さなヒヨコはいませんよ。この春生まれたのはもう大きくなってますから」


 アンシアがヒヨコのクチバシを撫でながら言う。


「お前はヘンなものに好かれやすいな。取り合えず名前をつけたらどうだ」

「名前ですか。じゃあ、ピヨコで」


『だが、断るっ !』


「・・・誰か何か言いました ?」

「いや、何か聞こえたような気もするが・・・」


 ルーはいくつかの名前を挙げてみる。


「ピーちゃん、ピヨ太郎、ピッコロ、ピー助」

『どれもお断りじゃっ ! もっとまともな名前は思いつかんのか、娘っ !』


 小さなヒヨコが全身で拒否する。


「あのさ、ルー。そろそろヒヨコから離れたらどうかな」

「アル ?」

「ヒヨコがヒヨコでいる期間って半年くらいなんだ。すぐに一人前の鶏になるよ。その時この子はピーちゃんなんて呼ばれたいかな」

『ほお、少年、よくわかっているではないか』


 ヒヨコが嬉しそうにアルの手に乗る。

 それをディードリッヒがヒョイと取り上げ、じっくりと見る。


『ど、どこを見とるんじゃっ ! 離せ、無礼者めがっ !』

「うん、こいつはオスだな」


 ディードリッヒがテーブルにヒヨコを戻す。


「わかるんですか、ディー兄さん」

「ああ、ヒルデブランドの養鶏場でヒヨコの性別判定の依頼を受けたことがある。鑑定の魔法を使えば簡単なんだが、魔法はヒヨコには害になるって考えの人で、手作業でやらされた。ルー、これはオスだからかっこいい名前をつけてやれ」


 少女は雄鶏を想像しながら考えをめぐらす。

 朝を告げる鳥だから朝っぽい名前。


「夜明け、朝焼け、暁、曙、朝日、黎明、朝ぼらけ・・・」


 古典の教科書で何かなかったっけ。


「あとは東雲しののめ・・・」

『採用じゃっ !』


 ヒヨコがパッと小さな羽を広げる。


「シノノメ、不思議な響きだけど、どういう意味 ?」

「えっと夜明け前にほんの少し明るくなった空の色・・・だったかな。そういう時間のことだったと思います。じゃあ、あなたの名前は東雲しののめ。ヒヨコの間はシーちゃんって呼ぶわね」


 よろしくと手を差し出すと、その手を伝ってヒョイとルーの頭に乗る。

 

「さて、ルーの機嫌もなおったし、そろそろ失礼しよう。お騒がせして申し訳なかった」

「ごめんね、アンシアちゃん。お話聞いてくれてありがとう。アノーラさんもお世話になりました」


 頭にヒヨコをのせたままペコリと頭を下げる。


「こちらこそ珍しいお菓子をたくさんごちそうさま。美味しかったわ」

「ルーさん、また会いましょうね。お元気で」


 たくさんの冒険者たちに見送られてシジル地区を後にする。

 ヒルデブランドのギルマス宅に着いたときはもうすっかり日が落ちていた。


「ギルマス、シーちゃんっていいます。私の新しいお友達です」

「シーちゃん・・・そ、そうかい。かわいい名前だね」


 ギルマスが笑いをかみ殺しているように見えるのは何故だろう。

 それから数日、ルーが倒れてから十日ほどして、冒険者生活を堪能した一行はやっとダルヴィマール侯爵邸に戻って行ったのだった。


「シーちゃん、東海の王がシーちゃん・・・」

東雲しののめが正式な名じゃ。いつまで笑っておるのじゃっ !』

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