第156話 閑話・日常のあれこれと現世での一コマ

「兄様、兄様、新しい魔法を覚えましたっ !」


 アンシアの休日で部屋にはベナンダンティしかいない。

 朝の一仕事を終えた後、一同は思い思いの過ごし方をしている。


「ルー、今度はどんな魔法を開発したの」

「ウフフ、すっごく便利なの」


 見ててねとルーが部屋の真ん中に立つ。

 左手を真横に伸ばしポーズをとる。


「変身」


 クルっと回ると、そこには冒険者姿のルーがいた。

 オオっと全員思わず拍手をする。


「どう ? これなら一々着替えなくてもいいでしょ ?」

「凄い、どうやったの。何をイメージしたの」


 アルの称賛にもう一度クルっと回ってお嬢様姿に戻る。


「日曜の朝の特撮物。ちょっと昔だけど、指輪の魔法使いのやつ」

「お前、その年でまだそんなものを見ているのか」


 エイヴァンが呆れたように言う。


「時計代わりです、エイヴァン兄様。同じ時間に決まった番組をやるから、あれが終わるまでにこの家事、これが始まるまでにこっちの宿題とか、結構使い勝手がいいんです」

「あ、わかる。うちも朝の子供番組とかそんな感じで流しっぱなしにしてるよ」


 何か大事件とか起こっても番編変わらないもんね、僕は『さらばシリーズ』が好きなんだ、私は『干支』かな、と二人が話していると、その横でディードリッヒが冒険者姿になった。


「すごい、ディー兄さん。一発で決めましたね」

「なんとかなるもんだな。確かにこれは便利だ」


 すっと人差し指を顔の前にかざすと元の侍従姿に戻る。


「ちなみに何をイメージしたんですか」

「ん、幽霊な」

「おお、あれをチョイスするとはなかなか」


 うーんと考え込んでいたアルがよしと掛け声をかけて魔力を込める。

 両手を斜め下に伸ばし手の平を広げると冒険者姿になった。


「出来た。あれだね、無理に変身ポーズをそのままやらなくてもいいんだ。イメージさえしっかりできていれば」

「うん、そうなの。で、アルは誰をえらんだの ?」

「タコヤキの人。あれ、めちゃくちゃ強烈に覚えてる」

 

 突っ込みどころ満載だったやつな。

 と一同納得。

 そして一名、まだ変身出来ていない人がいる。


「エイヴァン兄さん、やらないんですか」

「・・・俺はそういうのは見てないんだよ。さすがにこの年ではな」

「でも、何かありませんか。これ、めちゃくちゃ楽ですよ」


 エイヴァンは少し唸って右手を上に上げる。

 すると足元からキラキラした光の渦が巻き起こり、それが足元から消えていくと冒険者姿になったエイヴァンが現れた。


「・・・きれい・・・」


 ルーが思わずホウッと感嘆のため息をつく。


「兄さん、今のは・・・」

「言うな」

「いや、あれですよね」

「だから、言うな」

「プ〇キ〇アですね、エイヴァン兄様」


 場の読めないルーが余計な一言を放った。


「だから言うなって言っとろーがっ !!」


 顔から耳から真っ赤になったエイヴァンがその場にしゃがみ込む。


「大晦日から三が日、姪っ子やら従姉の娘やらに囲まれて三昧させられたんだよ。おかげて呑み会もなしで頭の中はアレで一杯だ。社会復帰に時間がかかった」

「丸々お正月アレだったんですか」

「お年玉は出さなきゃならんし、夏になったらお盆玉よろしくねとか言われるし、散々な年末年始だった」


 お盆玉とは、お盆に集まった親戚の子供たちに渡すお小遣いのこと。

 ある一地方での風習でしかなかったが、ここ数年で急激に全国に広まっていっているという。

 誰が広めた、迷惑な。


「お陰で今なら初代からのキャラクター全部言えるぞ」

「合言葉にすればご家族、オレオレ詐欺に引っ掛かりませんね」

「兄様、すごく素敵でした。言わなければバレません」


 だからルー、余計な一言を言わないように。


「これ、アンシアもおぼえられますかね」

「あれは詠唱ありきだからな。難しいかもしれん」



 やっと温かい風が吹く季節になった。

 青年は公園のベンチで仕事の下調べをしていた。

 少し目を閉じて考えを思い巡らす。

 するとブワッと突風が吹き、青年の持っていた紙を巻き上げる。

 慌てて飛び散らかったそれを集める。


「あの、こちらで全部ですか」


 一人の少女が散らばった紙を持ってきてくれる。

 清楚なワンピースが地面にしゃがみこんで手際よく集める。


「足らない分はありますか」


 ページ数を確認する。

 全部あるようだ。


「ありがとう。全部揃っています」

「よかった」


 少女がにっこりと笑う。


「これは楽譜ですか。でも歌ではないんですね。随分いっぱいパートがあるみたい」

「ヴァイオリンの曲ですよ。上が主旋律で下が伴奏の他の楽器です。ヴァイオリンは好きですか」

「大好きです !」


 若い女の子でヴァイオリン好きは珍しい。

 青年はカバンから余分なチケットを出して少女に渡す。


「お礼です。今度演奏会をやるのでいらして下さい」

「え、いいんですか ?」

「小さな子供向けの演奏会なんです。歩き回ってもいいし、歌ってもいいし。難しい曲もやりません。どうぞ気軽な気持ちで聞きに来てください。お友達も一緒に」


 ぜひお伺いします。

 そう言って少女は嬉しそうにチケットを受け取ってくれる。


「ルー !」

「アル !」


 公園の入り口から高校生らしい小柄な少年が走って来る。


「ごめん、遅れちゃって。待った ?」

「私も来たばかり。あのね、こちらの方からコンサートのチケットをいただいたの。一緒に行ってくれる ?」


 少女が少年に嬉しそうにチケットを見せる。

 少年が目を丸くして僕の顔を見る。


「あの、失礼ですが、西島ひろたかさんですよね。ヴァイオリニストの」

「おや、ご存知でしたか」

「母と姉がファンなんです。でもチケットを取るのが難しいと聞いています」


 高校生らしくない背筋の伸びた礼儀正しい立ち姿に、思わず知らず笑みがこぼれる。


「これは友人やお世話になった方に差し上げるように取ってもらってるものなんですよ。お嬢さんには助けていただいたのでお礼です。ぜひいらしてください」


 よければコンサート後に楽屋に寄ってくださいと言うと、二人はぜひ伺いますと言って去っていった。


 ああ、カジマヤー君にルチアお嬢様。

 君たちはこちらでも手をつないでいるんだね。

 楽し気に遠ざかっていく二人の後ろ姿を見送って、ヴィノは自分もそろそろスタジオに戻ろうと立ち上がった。

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