第154話 お茶会は戦場

 瓦版の力は絶大だ。


 近頃では貴族でも大手の瓦版を定期購入することが多くなっている。

 上位貴族ではまだ使用人経由で回ってくるらしいが、低位の家庭ではかなり以前から配達されているという。

『ルチア姫』関連から各工房が直接取材で『真実』の報道に努めるようになった。

 そう言った経緯で瓦版への信頼が高まっている。

 信用には信用で返せば報われる。

 各工房が切磋琢磨した結果、伯爵クラスでも瓦版を取るようになったのだ。 

 そしてダルヴィマール侯爵家が懇意にしているのも、そう言った大手の瓦版工房だ。


「瓦版で拝見しましたわ。大変な思いをされましたわね、ルチア様」


 今日はグレイス公爵夫人主催の刺繍の会。

 刺繍大好きな依子貴族の方々が集ってのお茶会だ。

 お茶は飲むけど手も動かす。

 おしゃべりしながら刺繍しながら。

 今日はアルとアンシアちゃんが付き添ってくれている。

 ディードリッヒ兄様は・・・貴婦人の皆様と刺繍をしている。

 これですよ。

 兄様の刺繍が見たくて呼ばれたので、私はおまけです。

 刺繍、苦手だし。

 仕方ないのでパッチワークをやっている。

 これだって手仕事にはかわりないもんね。


「瓦版・・・なんのことでしょう」

「まあ、ルチア様はご覧になっていらっしゃらない ? 」


 大夜会以来仲良くして頂いているザヴェリオ伯令嬢のマメルダさんが、刺繍の枠を膝においてびっくりしている。


「さるご夫人から仲間外れにされていると伺っていますわ。それもとてもひどいやりかたで」

「私も、瓦版で読みました。高位貴族の御婦人がなんてことをなさるのかと驚きましたわ」


 近くにいるお嬢様方が私もと声をあげる。


「申し訳ありませんけれど、その瓦版に何を書かれているのか存じませんので、お答えしようがございませんわ」


 手仕事倍々魔法のお陰で大分完成に近づいたクッションカバーをバサッと広げる。

 今手掛けているのはハワイアンキルトと呼ばれるもので、花の意匠をドレス作りで出た端切れを利用して作っている。

 やはり日本人、もったいない精神を忘れることは出来ない。


「それでは皆様、今日はここまでにしてお茶にいたしましょう」


 主催者であるグレイス公爵夫人の声に、お嬢様方がご自分たちの作品を片付け始めた。



「それにしても、ルチア様の作品は不思議な意匠ですこと。それに刺繍ではなく違う布で模様を作っていくって、面白いですわ」


 私のテーブルには爵位に関係なく若いお嬢様方が集まっている。依子、依親という関係が若い頃から築かれていくのはこういう集まりがあるからだろう。

 こうやって己の立ち位置を確認し、どのような態度を取ればよいのかを学んでいく。

 ただの集まりではなく学びの場でもあるのだ。


わたくしが使う布は衣装を作る時のあまりぎれですわ。捨ててしまうのはもったいないことですし、こうやって小物を作って孤児院で販売すれば、経営資金の足しになるのではないかと思いまして。今子供たちにも教えていますの」

「つまり、貴族からの援助の他に、自分たちでも、利益を得ることが出来るということですわね」

「手に職があれば、長じても生きるすべがありますもの。よいお考えですわ、ルチア様」


 私たちにも何かできるかしらと楽しくおしゃべりをしていたら、公爵家の侍女たちが慌てた様子で飛び込んできた。


「失礼いたします。ただいまエリアデル公爵夫人がお見えになりました」

「エリアデル公爵夫人 ? お呼びしていませんよ」


 グレイス公爵夫人がなぜ突然という顔をする。が、すぐに侍女たちに指示を出す。


「夫人の席を用意して頂戴。お茶も新しいものを。そしてアンシアちゃんを別室に案内してちようだい」

「かしこまりました。アンシア様、こちらへどうぞ」


 アンシアちゃんが侍女の皆さんに連れられて退室する。

 私に一礼して出ていくときに、ホッとした顔をしたのが見えた。やはりここ何度かの出来事に疲れていたのだ。

 公爵夫人の心遣いに感謝する。


「ルチア様、しっかりなさってくださいましね」

「私、ルチア様のお味方ですわ」

「私も、頼りにならないかもしれませんけれど、お守りさせてくださいませ」


 同じテーブルにいた低位のお嬢様方が励まして下さる。

 瓦版で私がどういう目にあっているのかご存知なのだ。

 逆に高位の方々は何が起きるのか不安そうにしておられる。


「ごきげんよう、グレイス公爵夫人、よい陽気につられて出かけてまいりましたわ」

「ようこそ、エリアデル公爵夫人、先触れくらい出していただきたかったわ」


 優し気なグレイス公爵夫人の顔が能面になっている。


「そんな大袈裟なことではございませんもの。少しお顔を拝見したかっただけ。あら ?」


 エリアデル公爵夫人がこちらに気づき、わざとらしく顔をしかめる。


「なんだか大陸の砂っぽい臭いがすると思ったら、なにやら混じっておりますわね」


 公爵夫人が近づいてくるとともに、低位のお嬢様方の体が強張る。

 上位の方々もその様子に何かが起きるのだろうと姿勢を正して様子を見ている。


「お若い方々はこのような臭いにまみれてはいけませんよ。こちらでお話いたしましょう」


 扇子をユラユラさせながらお嬢様方を誘う。

 しかし誰も席を立とうとしない。

 いつもならみんなゾロゾロと彼女のテーブルに移動しているというのに。

 公爵夫人、ちょっとムッとしているようだ。


「そういえばいつもそばにいるあのはしたない娘がいませんわね。シジル地区の薄汚い女はグレイス公爵夫人の集まりには不似合いですもの。良いことですわ」

「どういう意味かしら」


 アンシアちゃんを悪く言われ、私は思わずエリアデル公爵夫人を睨みつける。

 が、いつの間にか近くに来ていたグレイス公爵夫人が先に声をかける。

 助かった。

 もう少しで手が出るところだった。

 冷静さを取り戻した私は、席を立ちスッと頭を下げた。

 他のお嬢様方もそれに続く。

 エリアデル公爵夫人には誰もしなかった礼だ。


「ご存知のようにシジル地区は悪の巣窟。住むものすべてが悪行に慣れていると評判ですわ。そんな娘がこのお屋敷に入るなんて、ね」

「それを決めるのは女主人である私です。貴女に指示されるいわれはありません」


 明らかに怒ってらっしゃる。


「エリアデル公爵夫人がお帰りです。ご案内なさい」

「ちょっと何なの !」


 公爵家の屈強な侍従たちがエリアデル公爵夫人を囲む。


「なんの真似です、この扱いは !」

「あなたに相応しい扱いよ。私が、いえ、上位貴族のものが何も知らないとでも思っているの」


 公爵夫人がハッとした顔をする。


「旦那様の耳に入る前に、以前のあなたに戻った方がいいわ。このまま続けていれば、身を亡ぼすわよ」


 グレイス公爵夫人が扇子を扉に向けると、侍従たちがエリアデル公爵夫人を外に連れ出す。


「覚えていなさい ! 小娘が ! この礼は必ずしますからね !」


 遠くなっていく声が、グレイス公爵夫人ではなく私を罵っている。

 扉が閉まりその声が途絶えると、部屋の中をホッとした雰囲気が包む。


「公爵夫人、申し訳ございません。わたくしのせいでこのような・・・」


 公爵夫人の前に膝をつく。

 申し訳ない。

 依子貴族を招いた穏やかな刺繍の会だったはずなのに。

 何よりも口惜しいのは・・・。


「何を言うの。あなたは何も悪くないのよ。先ぶれも出さずにやってきて、勝手に我が家に文句をつける。一体何を考えているのか」


 公爵夫人が手を取って立たせてくれる。


「春までは立派な方だったのに、どうしてあんな風になったのか・・・ルチアさん ?」


 気が付くと私はポロポロと涙をこぼしていた。

 いけない。

 ここは毅然として公爵夫人にお礼をいう場面なのに。


わたくしのことは・・・いくらでも悪く言っていただいてよろしいのです。けれど、家族を罵られるのは・・・我慢ができないのです。でも、でも、わたくし、一言も言い返せませんでした !」

「ルチアさん・・・」

わたくしは、家族を守れませんでした・・・」

「お嬢様っ !」


 別室に避難していたアンシアちゃんが戻ってきた。


「お嬢様、またあたしのことで何か言われたんですかっ !」

「ごめんなさいね、わたくしのせいであなたまで酷い言われ様をされて・・・」

「そんな、あたしこそ、あたしのせいであの方がっ !」


 アンシアちゃんがハンカチで涙を拭いてくれる。


「いいえ、あなたは悪くない。それを証拠にどこでも酷い扱いはされていないでしょう」

「もちろんです。どこのお屋敷に伺っても、皆さんとても親切にしてくださいます。あの方だけです。あの方だけが・・・ !」


 アンシアちゃんが悔しそうに唇を噛む。

 

「ならばやはりわたくしのせいだわ。わたくしの努力が足らないからだわ。立派な令嬢になれば、きっとこういう事はなさらないと思うの」

「ルチアさんは十分立派なご令嬢ですよ」


 グレイス公爵夫人が私の肩を軽く抱いて下さる。


「顔色が悪いわ。今日はもうお帰りなさい。我が家の馬車で送らせましょう。ゆっくり休むのですよ」

「恐れ入ります。どうぞ先に失礼するご無礼をお許し下さいませ」


 頭を上げるとクラッと世界が回るような感覚がする。


「お嬢様っ !」

「ルチアさん !」


 アンシアちゃんが支えてくれる。

 なんか、変だ。

 フワフワした感じで足元がおぼつかない。

 立つんだ。

 しっかり立って公爵邸を辞するんだ。

 倒れるのは屋敷に戻ってから。

 ここで気を失ったら、ベナンダンティのことがバレる。

 アンシアちゃんにつかまって、出来るだけ平静を装って馬車に乗り込む。

 後少し・・・がんばれ、私。



 儚げな、今にも倒れそうな侯爵令嬢を見送ると、集まったご令嬢方の中から啜り泣きが聞こえてくる。


「なんてご立派なのでしょう。自分に任える者を守ろうとするあのご姿勢」

「あのような方こそ任え甲斐があるというもの」

「素晴らしい近侍が集まったのは当然のことですわね」


 先ほどまでの重い空気を振り払うかのように、爽やかな香りの茶葉が用意される。

 そして日が傾き始めたころ、そろそろお開きにという時、ダルヴィマール侯爵家へ令嬢をお送りしてきた侍従より知らせが届けられた。


 ルチア姫、倒れる。

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