第153話 前略 読者の皆様
老春の候、いかがお過ごしでしょうか。
突然ですが、私、いじめられています。
お相手はたった一人ですが、貴族としては格上なので正々堂々返り討ちには出来ません。
シジル地区の祠の件とカウント王国出身の瓦版屋の件で忙しいのに、なんでこんなつまらないことになっているのかわかりません。
「エリアデル公爵夫人か。まったくもって大人げない」
エリアデル公爵家。
そう、皆さんご存知の
貴族の動向に目を光らせている方の奥方様が一体何をしてらっしゃるのでしょうね。
◎
「一体どうして私のことが気に入らないんでしょうか」
「君が自分以上にこの貴族社会の新参者で格下だからじゃないかと思うよ」
御前がやれやれという感じでため息をつく。
今日は久々の御前とのお茶会だ。
王都に来てから御前とご一緒する機会はほとんどない。
ずっと王宮に詰めてらっしゃる。
ちゃんとした親子になろうとしても、物理的に無理なのだ。
御前、なんかお顔に死相が出てらっしゃるような気がしてならない。
「夫人はね、民間の出なんだよ。だから、とても階級に対して敏感でね。そのあたりの難しい感情がおありなのではないかと思う」
「民間と言うと元平民ということですか ?」
先の陛下がご成婚された頃、平民との結婚が増えた。
平民の娘が大貴族と恋愛関係に陥って、艱難辛苦を乗り越え結婚する。
そんな大恋愛小説が売れに売れたらしい。
そんなわけで
「なんですか、それって。つまり私が格下だからいたぶってもいい存在って認識でいいですか」
「まあ、そんな感じだね。どこの世界にもいるけれどね。誰かを自分より下に見て、嘲笑ってもかまわないという認定で、そうして自分の地位を確保しようとしているということだ」
くっだらねえ。
「ご自分に自信がないんだよ。確固たる自我があれば、そんなことをしなくたっていい。けれど夫人は不安でしょうがないんだろうね」
「不安って、何がですか。公爵夫人で
「妻と言っても、あのご夫婦は『白い結婚』だからねえ」
『白い結婚』 ?
なんだろう。
「偽造結婚とか、なんていうんだろうね。仮面夫婦とも違うんだが」
御前が続ける。
「
どの家ともどの役職ともつながりがない。
だからどんな非常な判断でも出来る。
「今の総裁は特に仕事に誠実で、総裁の打診を受けた時点で婚姻はしないと宣言した。それでも奥方を娶ったのは恩人の娘子だったから。そうすれば大手を振って援助ができるからね」
「契約結婚・・・ですか」
「そしてやはりいろいろな催し物には夫婦同伴が望まれる。対外的にも配偶者がいるのといないのでは信用がね。そういうものについてきてもらう代わりにご実家の保護をしているわけだ」
よくラノベにある浮気しても遊びまわっていいよなんてことはなく、清廉潔白、身を慎み、総裁の妻に相応しい生活を送らなければならない。
実際今まではそうしてきたらしい。
ただし、私が現れる前までは。
「なにがきっかけかは分からないが、お披露目の後から君への不満を言い出してね。ご注進が段々と増えて行って、気が付くと不俱戴天の仇のような立場になっていた」
お会いしたことすら数回、お茶会でご一緒したこともない。
どうやったら嫌われることができるのだろう。
器用だな、私。
ただ、この頃ご一緒する機会が増えている。
お方様に選んでいただく夜会やお茶会。
そういう集まりに呼ばれてもいないのに突然現れるのだ。
そして楽しくおしゃぺりしていた方々を連れていってしまう。
私一人がポツンと取り残されるということがここ何回も続いている。
そして集めた御婦人方を相手に私の悪口を言いまくっているようだ。
美形侍従を侍らす悪女とか。
近衛騎士団に媚びているとか。
豪華なドレスをとっかえひっかえする贅沢娘とか。
「主催者や同席していた方々から詫びの手紙が届いている。セバスチャンやメラニアが困っているよ。まあ、そちらの対応は妻がしているがね」
「御前、そろそろこちらから打って出る時期ではありませんか」
「スケルシュさん」
他の侍女もいるのでお嬢様モードだ。
とは言え、他の侍従たちとは違い、私の近侍たちは御前に話しかけ意見することを許されている。
『ルチア姫の物語』でただの近侍ではない、経験や知識がその辺の侍従と段違いであることを知られているからだ。
御前が宰相補佐にならないかと声をかけているのもある。
「
「うーん、それは最後の手段にしたいのだがね。やはり身内を裁くのはあの総裁でもきついだろうし」
契約結婚とはいえご自分の妻。
冷静に判断できるだろうか。
温情をかけるというより、普通よりきついお咎めになるような気がする。
確か
そういう制度はこちらにはないのだろうか。
「お父様、お父様さえお許し下さるのであれば、そこそこに迎え撃つことも
「おいおい、ルチア」
「とりあえず瓦版屋の記者様に、頑張っていただくのはいかがでしょうか」
ディードリッヒ兄様にニコッと笑いかける。
兄様も気づいてくれたようだ。
「明後日はシナール伯爵様の夜会でございましたね。平民の娘の憧れである夜会を取材させて欲しいとの申し出があれば受け入れて下さるでしょう」
「家名は出さずに、けれどどこのお宅かはわかるように書くのですね」
「そして番外編としてその翌日お嬢様のことを書いてもらって」
「夜会の主催者がそれを見逃さずに手を差し伸べたという一文があれば苦情は来ないでしょう」
「・・・君たちのその連携には頭が下がるよ」
あっという間の企画立案に御前が呆れ気味だ。
「我々はお嬢様の近侍でございますから」
「お嬢様の敵は我らの敵です」
「誰に向かって唾を吐いたか、すぐに思い知ることでしょう」
「なんでしたらあたしが久々に魔法でお屋敷に一発放っても・・・」
「アンシアちゃん、それは止めておいてね。冗談ではすまないから」
ヒルデブランドでの無詠唱魔法のあまりの馬鹿らしさに、魔法師として生きる道を放棄しているが、実は最上級グレードの魔法を発動できる数少ない人材。
この
「君たちの心意気や良しとして、できるだけ穏便に頼むよ。これは社交界での軽い虐めでしかないのだからね。あちらが傷つくことがないように頼むよ」
「御前はお甘い」
「小さな芽を放置しておくと、気が付いた時には大木になっておりますよ」
「腐ったオレンジの逸話をご存知でしょうか」
「ここはやっぱりあたしがボンっと一発・・・」
だからそれは止めなさいって、アンシアちゃん。
◎
親愛なる読者の皆様、そんなこんなでまたつまらない戦いを始めようとしていますが、とりあえず私たちは元気です。
草々
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