第152話 男爵家のお茶会は何事もなく進みます

 ゴール男爵邸に出かけて数日がたった。

 私があそこで見た男。 

 私の記者会見にただ一人来なかった記者。 

 そして、唯一私の悪評を書き続けている瓦版屋の関係者と思われる。



「素晴らしいわ。なんて繊細な刺しでしょう」


 お嬢様方はホウッとため息をついた。

 ディードリッヒ兄様の刺繍は感嘆と称賛を持って受け入れられた。


「お披露目の時のドレスも素晴らしいものでしたけれど、あれもあなたが ?」

「はい。私が刺繍を施し、こちらのエイヴァンが仕立てました」


 私は刺繍が得意ではないので、そんな楽しそうなお嬢様方を見てのんびりしていた。

 趣味があるっていいなあ。

 そう言えば私の趣味ってなんだろうとふと思う。

 バレエは息をするみたいに続けてきたものだし、武道のほうは止めてしまった。

 長刀はこちら夢の世界で生きていくために必要なものだし、これといった趣味なんかないな。

 ネット小説は好きだったけど、実際に体験している今は魔法のネタ帳と化している。

 今は上手く発動しないけど、そのうちきっとダイダル・ウェーブとか地獄の業火とか使えるようになってやる。

 楽しみと言ったらアルのおうちのアロイス部屋でのチャンバラごっこかな。

 それだってアルの文化祭の準備が始まってからは回数が少なくなっている。


「失礼いたします。お嬢様、旦那様がお見えです」


 ノックとともに例の男が顔を出した。

 こちらの誰何すいかを待たずとは、なんて失礼な。

 ちゃんとした教育を受けているのだろうか。


「ファウスティン、帰ってきたよ」

「お帰りなさいませ、お父様。お早いことですわね」


 肥え太った男爵に抱きついてホッペにキスするご令嬢。

 お父様、大好きが全身からあふれ出ている。

 家族思いで人情家という情報は間違いない。

 貴族としての常識はともかく、愛情豊かなお人なのだろう。


「お父様、ルチア姫がお越しなのです」

「ルチア姫 ?」


 やっと今がお茶会の最中と気が付いたのか、ご令嬢のお友達が集まっているのに気づく。

 私は何も知りませんよという風にゆっくりお茶をいただく。


「ダ、ダルヴィマール侯爵家のご令嬢、ルチア様でいらっしゃいますか・・・」


 今気が付きましたと言うようにカップを置き、にこやかに男爵に向き合う。


「お留守の間にお邪魔させて頂いております。ルチア・サンダルフォナ・バラ・ダルヴィマールでございます」


 私は侯爵令嬢であちらは男爵。

 本来は貴族の娘より男爵位をお持ちのあちらの方が格上なのだ。

 それでも私は宰相の娘なので、偉ぶらない程度に私の方が上なのよとアピールしておく。

 この匙加減が難しい。

 あちらを立てつつちょっとしたしぐさ、表情で上位貴族感を出す。

 成人したばかりの娘が少し顔を出しましたよという程度でいい。


「その節は大変失礼を・・・」

「お嬢様の成人のお披露目、無事に終わりましたことおめでとうございます。きこしめしてらっしゃいましたけれど、やはりたった一人のお嬢様の成人はとても喜ばしいものなのでしょうね」

「ルチア姫・・・」

わたくしの父もお酒が入ると明るくなる人でした。もしあの場にいたらきっと・・・」


 私は扇子をさっと広げ顔を隠す。


「お嬢様」


 エイヴァン兄様がすっとハンカチを渡してくれる。

 それを受け取って涙を拭う。


「失礼いたしました。お見苦しいところをお見せいたしまして」


 少し悲し気に、無理に笑顔を作ってみせる。

 私のを知るお嬢様方は「まあ」「ルチア様」「お可哀そう」などと囁き合っている。

 よしよし、『ルチア姫の物語』を読んでるな、みんな。

 もう少ししたら合本にしたものが出るから買ってね。

 書き下ろしも沢山よ。

 初回特典であっちのアロイスの写真もつくからね。

 売り上げの一割はベナンダンティのものなのよ。

 来年の総会の宴会が豪華になるのよ。

 もう一割は『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』の収入になるの。

 はあ、幸せ。


「お嬢様、そろそろ」

「ええ、男爵様もお帰りになられましたし、わたくしはこれで失礼いたしますわね。ファウスティンさん、今日はお招きいただきありがとう」


 先程の男が馬車の支度が出来ましたと伝えに来る。

 

「またいらしてくださいましね、ルチア様」

「あの素晴らしい刺繍をもっと見せていただきたいものですわ」


 皆さんに送られて玄関へと進む。

 あの男が玄関扉を開けてくれる。


「ありがとう。あなたはファウスティンさんの専属なのかしら」

「ルチア様、彼は祖母が国から連れてきた侍女の息子なのです。二代続けて仕えてくれる忠義者ですわ」


 ファウスティンさんが教えてくれた。


「それは頼もしいことですね。そのような者はとても貴重な人材ですわ。男爵様もご安心ですわね」


 馬車の前でアルとアンシアちゃんが迎えてくれる。

 エイヴァン兄様の手を借りて乗り込む。

 窓からもう一度ファウスティンさんに手を振って挨拶する。

 それを合図に馬車が動き出した。



「カウント王国 ?」


 ゴール男爵邸を辞してそのままギルマスの家に寄る。

 ご近所さんにはヒルデブランドの冒険者ギルドのギルドマスターと知られているし、ルチア姫が領都でお世話になったと説明がされているので、侯爵家の馬車が止まっていても不審に思われない。

 馬車に戻るときには手を振って見送ってくれるので、私も笑顔で返している。

『ルチア姫のお手振り』はご近所で有名になっている。

 

「えっと、僕たちが聞いてきたのは、前男爵の奥様がカウント王国の出身だと言うことです。なんでも元々は王族の出だったんですが、権力争いで没落してしまい、苦しい生活をしているところを男爵に拾われて結婚したんだそうです」

「そのころはまだ叙爵されていなくて、何故自分が平民の妻にならなければいけないのかと随分反抗したそうですが、貴金属を売り払って生きていくのにも限界があって、家族に説得されていやいやだったそうです」


 アルとアンシアちゃんが自分たちが聞きこんできたことを報告する。

 ディードリッヒ兄様がそれをノートに書きこんでいく。


「で、例の男はカウント王国からついてきた侍女の息子、と。それがどうしてルーを貶める瓦版を出しているのか。その辺りがよくわからないなあ」

「ルーというより、ダルヴィマール侯爵家を標的にしてるんじゃないですかね」


 でも、なんで ?


「あの瓦版が出たのはルーが王都に来る前からですよね。ルーの前はどこをディすってたんですか」

「さて、それはどうだったか。グランドギルドの書庫に瓦版のバックナンバーが保存されているはずだ。そちらは私が調べておくよ」


 外を見ると日が陰って来ている。

 そろそろ帰らないといけない。

 手分けしてティーカップを片付ける。


「ああ、いいんだよ、ほっておいてくれて。ルーまで」

「そういう訳にはいきませんよ。これくらいやらせて下さい」


 さっさと洗って拭いてしまう。

 食糧庫にお屋敷から持ってきた物をしまっておく。


「すまないね、いつも差し入れをありがとう」

「これくらいしかできませんから」


 身なりを整えてギルマスの家を後にする。

 扉をあけたら私はルチア姫だ。

 深呼吸して気持ちを入れ替える。

 さあ、頑張ってお嬢様するぞ。

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