第151話 敵の陣地に行ってみる

「祠ねえ。私が現役の頃には気づかなかったよ」


 訓練がてら会いに来たギルマスが思い出せないなあと頭をひねる。

 ご老公様は王宮の書庫に行っていてお留守だ。

 

「シジル地区の祠が結界だとすると、こちらの冒険者ギルドでも保護対象にすべきだね。グランドギルマスに報告しておこう。それと、これがアンシアがもらったという地図の写しだね」

「まず間違いなく全部写せていると思います。王都をグルっと囲んでいますね」


 案の定お屋敷に戻る前に地図は取り上げられてしまった。

 また誰かにご開帳しそうと思われたらしい。

 もちろんそんなことはするわけで、私の写真魔法でバッチリだ。

 うーんと 地図を見て唸るギルマス。


「この百ちょっとの祠を全員で分担して回っているそうだけれど、シジル地区の冒険者は何人くらいいるんだい ?」

「少ないです。五十人くらい。それで必ず乙女がいないといけないから、四十近くなっても結婚を諦めて冒険者を続けている人もいます」

「嘘だろ、どうするんだ、その後の人生」


 結構悲惨なシジル地区の冒険者ギルド。

 不思議な習慣、不思議な祠、不思議な結界。


「今ローエンド師とご老公様が王宮書庫で古い書物を漁ってくれている。そちらに期待しよう。それとアンシアは祠についてもう少し聞いてきてくれ。祠の形には決まったものがあるのか、シジル地区の人間でなくとも同じように修復が可能かどうか」

「わかりました」

「清酒の出処も調べますか。石を洗うだけとはいえ、王都では高級品です。どこで調達しているのかわかれば、繋がりから何か分かるかもしれません」

「祠を急ピッチで作っているのなら、材木が不足しているのではないですか。アンシア、悪いがその辺りも頼まれてくれ」

「任せて下さい」


 次々と指示が飛ぶ。

 いくつかはダルヴィマール騎士団に丸投げになるんじゃないかな。

 今や兄様たちは騎士団の一部を私物化している。

 騎士様たちは強い人がお好きなようで、兄様たちを崇拝物として崇めているのだ。

 そして何人かの侍女さんたちも加担している。

 こちらも兄様たち命の皆さんだ。

 そして私はというと置いてけぼりだ。

 

「つまんない・・・」

「仕方ないねえ、ルー。君は貴族社会向けの人材だからね」

「だって、ギルマス。この間のキマイラだって私が討伐したのに、兄様たちがやったって思われていたんですよ。納得いきません」 

 

 あの後グランドギルドに戻ったら、なぜか兄様たちばかり称賛されて、私とアルは兄様たちの陰に隠れていたことになっていた。


「怖かっただろう、よく逃げずに頑張ったな」

「えらかったわねえ。早くあの人たちの足手まといにならないように強くなるのよ」


 悔しくて悔しくて不貞腐れていたら、サブグランドギルマスが倉庫に見分に来た。

 ケルベルスの首の切り口を見て、誰がやったか聞いてきた。

 倉庫にいた人たちは兄様たちを指し、兄様とアルは私を指さした。

 グランドギルマスは私とケルちゃんを交互に眺めていたが、ちょっと剣を振ってみろと言われたので、何もない空間をあの時のように薙ぎ払ってみせた。

 その場にいた皆さんがアッと言う顔をする。


「二代目の嬢ちゃん、こいつを倒したのはお前か」


 そう言われて上目遣いで黙って頷く。


「何を言ってるんですか、サブギルマス。こんな小さい子がそんなこと出来るわけないじゃないですか」


 倉庫の人たちがそうだそうだと声を上げる。


「お前らの目は節穴か。二つの傷は同じ人間がやったものだ。ついでに二つを一太刀で捌いている。こっちの兄さんたちの刀じゃ無理だ。今の太刀筋、得物を見れば一目瞭然だろうが」


 だって、なあとみんなが言う。


「ケルベルスを倒したのは俺たちの妹分だ。さっきからそう言ってるだろう」

「こいつはへいクラスだが、剣の腕も魔法の力もこうと同等だぞ。疾風はやてのルーを甘く見ないでもらいたい」


 いつもは注意しかしない兄様たちが、手放しで褒めてくれている。

 嬉しくてついポロっと涙がこぼれてしまった。


「お前ら、小さい女の子泣かせて楽しいか。冒険者の実力を正しく判断できないと、ギルド職員としてここまでだぞ。もっと精進しろ」


 職員の皆さんからは謝られ、兄様たちからはピーピー泣くなと叱られ、私はアルの背中に隠れて泣くのを我慢するしかなかった。



 新しく家族になった六角大熊猫の赤ちゃん。

 名前をどうしようかと思ってお方様に相談したら、


「リンリンかランラン。それ以外はダメ」


 と言われてしまった。

 仕方ないのでその日近くにいた人たちで多数決を取ってリンリンになった。

 お方様のネーミングセンスがわからない。

 それはともかく、モモちゃんが座り込んでリンリンを抱っこしている姿は、イギリス生まれの超有名ウサギのようでメチャクチャかわいい。

 写真魔法で一番かわいいのを机に飾っておいたら、侍女さんたちにせがまれて何枚か配ることになった。

 

「お嬢様、今です ! この角度でお願いします !」

「このっ、花と花の間の微妙な距離感がっ、二匹の兄妹愛を表現しているのですわっ !」


 ・・・。

 知るか、そんなもの。

 なんでこちら夢の世界にもインスタ映えが存在するのだろうか。

 そして彼女らは無意識に知っているのだ。

 あと数か月もしないうちに、モモちゃんとリンリンの体格差の逆転が来ることを。

 母パンダがあの大きさだもの。

 リンリンもそのうち侯爵邸の広大な敷地で放し飼いになると思う。

 角、折っちゃったしね。

 今さら野生には戻せない。

 まあここでの暮らしぶりについては、モモちゃんが責任もって躾をしてくれるとは信じているけれど。



「ようこそ、ルチア様。お出ましいただき光栄ですわ」

 

 ほっこりした笑顔の少女が出迎えてくれる。

 ゴール男爵令嬢ファウスティンさんだ。


「お招きいただきありがとう、ファウスティンさん」


 男爵家はこじんまりとした屋敷が多いのだが、ゴール男爵邸は伯爵家並みに広い。

 使用人もそれなりに多い。


「結婚する時に母に相応しい屋敷をと父が求めたものですけれど、我が家の家格には分不相応、お恥ずかしいことですわ」

「お嫁様のためにこんなに立派なお屋敷をご用意なさるなんて、男爵はお母様をとても大切に思ってらっしゃるのですね」


 父は母が大好きなんです、と恥ずかしそうに笑った男爵令嬢。


「今日はルチア様が侍従の皆さんをお連れくださると伺って、私の刺しゅう仲間が集まっておりますの」

「カークスの刺繍をいくつかお持ちしましたわ。それと実際に刺しているところをご覧いただこうと思いまして」


 まあ、楽しみですわ。

 お茶会の行われるサンルームに案内される。

 そこに向かう廊下。

 端に寄って頭を下げる召使の中に、はいた。

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