第150話 閑話・よもや こちらにも その血脈
それは春の大夜会の翌々日。
どのような処罰が行われたかを説明し終わると、
「改めて申し上げておきますが、侯爵令嬢を辱める言動があったからではないのです。このようなことはどの身分、どのような相手に対してもしてはいけないのです」
「ですが一体何があったのか教えていただけなければ、
「そ、それは・・・」
アンシアちゃんがディードリッヒ兄様の耳に口を当てて何か言っている。
兄様の顔色が変わる。
「総裁閣下、ここから先はお嬢様にお聞かせできない内容かと拝察いたします。席を外していただいてもよろしいでしょうか」
アルが扉を開け私の退室を促す。
「カジマヤー、お前はお嬢様を部屋にご案内申し上げ、そのまま待機を」
「承知しました。お嬢様、参りましょう」
◎
ルーが退室し扉から離れたのを確認した後、ディードリッヒは同席していたご老公様、御前、お方様に許可をもらい発言する。
「処罰対象の方々がもらした噂というのは、お嬢様のこともあるのでしょうが、主に我々近侍の者のことではありませんか」
「・・・そうだが、何故そう思う ?」
エイヴァン、ディードリッヒ、アンシアが目を合わせ頷く。
「実は王宮でヒルデブランドと同じようなことが起きていたのです。あわてて気配を消しましたが、遅かったようです」
「同じようなとは ?」
「我々の動作にあわせて黄色い悲鳴が聞こえてきたのです」
領館で磨き上げられこざっぱりとした頃、ヒルデブランドの街では不思議な現象が起きていた。
エイヴァンがアロイスの髪についた葉っぱを取る。
訓練中ディードリッヒがエイヴァンを助け起こす。
三人で頭を突き合わせて依頼の作戦立案をする。
「するとどこからか悲鳴というか、嬌声というか、そのような物が聞こえてきました。そしてそのころから、なぜかいつも誰かに見られているような感じがしてきたのです。これは王都に移動するまで続きました」
「そしてある日、市警本部に落とし物が届きました。『肉筆回覧ウスイホン』です」
市警長に呼ばれてそれを見せられた二人は、その内容に膝から崩れ落ちた。
そして決意した。
これは年少組には絶対見せてはならない。
当然だがその『ウスイホン』はその場でエイヴァンによって焼却処分された。
「それは・・・どんな内容だったのかね。私の感が正しければ、その・・・」
「はい、御想像どおり、衆道に関する本でした。出演者は私たち近侍の三人です」
衆道。
それは言わずもがなのBL。
健全な発達を遂げた二人には、その神経が理解できなかった。
百歩どころか千歩譲って、同性にしか恋愛感情を持てないという人間が存在するのは理解しよう。
魂が間違った体に入ってしまった悲劇。
それについてはお気の毒にというしかない。
だが、実在する人物をそれに見立てて物語を書くのはどうだろう。
正直恋人は絶対異性がいい。
よく知っている仲間を恋人同士にするのは止めてほしい。
つか名前変えろよ。設定つけろ。
「まさかと思うのですが、この件に関わったご婦人方は、あれをそのまま口にしたのではありませんか」
室内の全員に注目され、
「その、まさかだ」
あちゃ~。
そりゃあ、離縁別居修道院送りも仕方がない。
「王宮侍女たちが真っ赤になって泣きながら詰所に飛び込んできて発覚した。いくら低位とはいえ、貴族のご婦人があんなあられもない話を大声で・・・」
はじめはコソコソ話だったが、興が乗ると段々に声が大きくなって、聞くに堪えない話がそこここで繰り広げられる。
あっという間に制裁決定。
関係者リストが作成された。
当然のことだがその話に盛り上がっている一角は閉鎖。
なんとか耐えられる老齢な王宮侍女が、急遽召集されてその場をしのいだのだった。
「ところでそちらの見習メイドはなぜここに残っているのかね」
「ご説明申し上げます。実はヒルデブランドには秘密結社があるのです」
読書は好き。
いろいろと読んでいるうちに自分でも書きたくなる。
しかし読んでくれる人はいない。
そんな女性たちが百年ほど前に作ったのが『秘密結社・何か書こう、何か読もう』。
詩文だったり、紀行文だったり、随筆だったり。
長い間にそれぞれが分科会を作り活動してきた。
印刷などは出来ないために、自分で綺麗に書き直したものを回す『肉筆回覧』。
書いたものを読んでもらいたい。
新しい文章を読みたい。
ささやかな願いで始まったその活動は、穏やかに引き継がれていった。
そこに突然の異端分子が発生したのは今から40年ほど前のこと。
『ヤオイ』と呼ばれる一味がおかしな話を書き始めた。
衆道である。
『やまなし、おちなし、いみなし』のソレしかない話。
結社の中では異端として完全に活動は分離させられた。
だがその一味は『
内容もソレしかなかった初期に比べ、感情表現や舞台設定、キャラクターの作りこみなどかなりの水準に上がっていた。
しかし、最終目的はソレである。
今でも結社内の汚点と言われ、一般会員の目に触れないように回覧されている。
「あたしも本を読むのが大好きなんです。でもシジル地区には本がほとんど入ってこなかったから、領館の図書室は宝の山なんです。そしたら入会しないっかって誘われて・・・」
「なにっ、お前も仲間か、小娘っ !」
「んな訳あるかっ、くそ爺っ !」
にらみ合う小娘とくそ爺。
「あー、続きを聞かせてくれるかね ?」
総裁に促されてアンシアは続ける。
「入会してすぐは、いろんな種類の回覧が回ってくるんです。その中で自分が気に入った作品の分科会に入ればいいって。でもあたし、どれも面白くて一つに絞れなかったんです。そしたらこんなのがあるって送られてきたのが・・・」
『肉筆回覧ウスイホン』。
「正直吐き気がしました。それ以上にあたしの知り合いが的にされているのが許せなくって。ですからあたしは・・・」
ウスイホンの回覧経路はしっかりとしていて、決して部外者には知られないようキッチリ決まっている。
読みたい人間は隠された場所に取りに行く。
誰がいつ読むという決まりはなく、ここに隠しているという場所にあれば読み、読み終われば次の隠し場所に持って行く。
「だからあたしたちは足が付かないよう、ところどころの場所でウスイホンを回収し処分していました。でも、あまりに沢山の本が行方不明になるので、あたしたちが領都を離れる頃には手渡しで送られるようになっていました。さすがにそれではお手上げです。でもこの仕組みは逆に利用できると思うんです」
「それで、何が言いたいのかね ?」
「同じような秘密結社を作ればいいんです。会合は開かない、実在の人物をそのまま書かないとか決まりを決めて。そうしたら少しはおさまるんじゃないでしょうか」
「なるほど。話すのではなく、文字だけでの団体か」
本名は書かないなど細かい決まりを決めてその団体の中に閉じ込めてしまえば、表面に出てくる事無く上手くまとまるのではないか。
そしてその団体を
「話したくて話したくて仕方がないかたばかりなのですから、文字にして読んでもらえて感想がもらえるとなったら、きっと食いつくに決まってます。最初は普通の物語にしても、放っておいても『
「よく君の年でそこまで・・・と、魔法学園の首席だったな。なるほど、おもしろい。ではその線で秘密結社とやらを設立してみよう。ところで・・・」
総裁は侯爵家の皆さんをチラッと見ながら続ける。
「よかったら
「ウチの孫娘のお気に入りを横から攫わないでもらおうか」
ご老公様が総裁を睨みつける。
「あたしはお嬢様のお傍にいるんです。お嬢様のお傍では楽しいことしか起きないんです。見逃すことはできません」
キッパリと言ってのけた見習メイドに、
その後本当に秘密結社が作られ、
そして数年も経たないうちに、アンシアの予言通りヒルデブランド出身の者の手で『王都・
ちなみにアンシアには永世名誉顧問の地位が与えられ、設立に関する指導料と顧問料とそれなりの
不労所得を良しとしないアンシアは、災害や事故の度に
かくしてアンシアの名前は『シジル地区の聖女』と長く語り継がれることになるのだが、それはまたかなり先の別の話。
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