第149話 凱旋する魔物たち

ジロジロというかガン見されながら王都の大通りを歩く。


「おい、胸を張れ。当たり前のようにしていれば怪しまれない」


 怪しまれてます、エイヴァン兄様。

 怯えられてるし、街行く人たちは左右に分かれて通してくれてるし。

 そりゃそうだ。

 私たちの後ろにはフワフワ浮いている六角大熊猫とケルベルス。

 討伐に成功したのはよかったが、王都の大門前で衛兵さんに悲鳴を上げられた。


「何てものを王都に持ち込もうとしているんだ、非常識 !」


 その非常識なものの討伐依頼を出したのはグランドギルドで、討伐依頼書も持っているからこれをギルドに連れて行かないと報酬がもらえないと主張してやっと入れてもらえた。

 その騒ぎ方を見て、最初は裏道はこっそりといこうと思ったのだが、大型の魔物は通れなさそうと判断。

 それならヒルデブランドでのように正々堂々と大通りを行こうということになった。

 

「おかあちゃん、大きなワンワンがとんでる」

「しっ、見ちゃいけません!」

「あれ、あの子たちがやっつけたのか ?」

「いやいや、後ろの男たちだろう。たった二人で討伐とは、なんて強さだ」


 ちがうもん。

 ケルちゃんは私がやったんだもん。

 思わずおじさんたちを睨みつける。


「お、ふくれてるぞ、かわいいなあ」

「新人さんかな。早く強くなれよ」


 たーかーらーっ ! もう十分強いもん !

 ギルマスには負けてるけど。

 変な視線にさらされながら進んでいくと大きな広場に出る。

 ここを左に曲がればグランドギルドがある。


「待たれよ、そこの冒険者」


 前方からパカッパカッと馬に乗った騎士様がやってきた。


「大門から六角大熊猫とケルベルスが討伐されたと連絡があった。お主らで間違いないか」


 どっかで聞いた声だと思いながら、私は肩くらいで浮かせていた二匹の魔物を頭の上まで上げて見せる。

 街の人たちからおおっと声が上がる。


「・・・間違いなく当該の魔物。素晴らしい !」


 騎士様は馬から降りてこちらに近づいてくる。

 そしてケルちゃんたちをじっくりと見分する。


「そちらの大熊猫はケルベルスに襲われたのか。だがこのケルベルスに付けられた切り口の素晴らしいこと。二つの頭を一太刀で倒したのか。何という腕だ・・・ってエイヴァンじゃないか !」

「よお、リック」


 騎士様のお顔をじっくり見たら、近衛騎士団副団長のバルドリック様でした。

 社交の時とお顔が違う。キリッとしてらっしゃる。

 やば、後ろに隠れよう。


「お前が倒したのか」

「いや、俺の妹分がやった。魔法と剣でな」


 ちょっと兄様、私に振らないでよ !

 文句を言う間もなく前に出される。


「今年の新人王で、疾風はやてのルーという。よろしくな」

「ほう、こんなお嬢ちゃんが ? 凄い新人が現れたな」


 バルドリック様が私の顔を覗き込む。恥ずかしくなって兄様たちの後ろに隠れる。


「ところで近衛のお前が街で何をしている」

「あ、そうだ。皇后陛下が展覧会にお出ましになる。その護衛だ。大型の魔物が現れたと聞いてな、確実に仕留められているか確認に来た。途中で息を吹き返して暴れられたら面倒なのでな」


 ラッパの音が近づいてくる。

 馬に乗った騎士様が大勢こちらに来る。

 以前私たちを襲った人たちが混じっている。

 あの後たしか減給一割三か月の処分が下ったんだよね。

 それは丸々アンシアちゃんへの慰謝料になったんだけど。

 こちらとしては襲撃に加わらなかった人はいいと言ったんだけど、止めなかった段階で同罪と判断されたよう。

 そんなわけでアンシアちゃん今は小金持ち。


「皇后陛下にけがれをお見せするわけにはいかない。ここで失礼する」

「いや、あえてお見せしたほうがいい。後で何故見せてくれなかったのかと仰りそうだ」


 じゃあせめて見栄えは良くしておこうと魔物たちに洗濯魔法をかける。

 泥だらけだった魔物は見違えるように綺麗になった。

 市民の皆さんからまたわあっと声が上がる。


「それでは俺は仕事に戻る。また会おう」


 バルドリック様がヒラリと馬にまたがる。

 と広場に豪華な馬車が現れ止まった。

 バルドリック様が馬車に横付けし、中に何か話しかける。

 馬車のカーテンが開けられ、皇后陛下のお顔が現れた。

 人々が帽子を取り、跪いていく。

 私たちもそれに続いて同じように膝を折る。


「恐れ多くも皇后陛下におかれては、討伐された魔物を近しくご覧になりたいとの仰せ。これへ」


 バルドリック様が芝居がかった様子で言う。

 兄様たちが立ち上がり二匹を馬車の近くに引いていく。

 私は陛下によく見えるよう、窓の高さまで浮き上がらせた。

 陛下はしばらく魔物を見ていたが、もう良いのか手にした扇子で下がるよう合図をする。


「陛下からの御下問である。物を浮かせる魔法は誰もが使えるものなのか」


 バルドリック様の質問にディードリッヒ兄様が答える。


「ダルヴィマール領ヒルデブランドで、一年前に一人の冒険者が完成させました。以来、領都では若者を中心に使える者が増えております」


 バルドリック様が馬車の皇后陛下にお伝えする。

 そうなのよ。

 皇室の方々と直接お話はできないのよ。


「陛下からのお言葉である。珍しいものを見せてもらった。後ほど褒美を取らせる。これからも王都の平和のためにつくすように」


 私たちは黙って頭を下げる。

 それを合図に馬車列が動き始める。

 集まった市民の皆さんは、最後の騎士様が広場からいなくなるまで頭を下げた。



 その後は市民の皆様に囲まれてお祝いを言われたり感心されたり。

 ギルドに戻ってからはなんか兄様たちが女の人たちから熱い視線を投げかけられたり。

 なぜか私とアルは放置だった。

 倒したの、私。

 なんで誰も褒めてくれないの ?


「僕はわかってるから、ルー。凄い一撃だったよ。強くなったね」


 兄さんたちもそう思ってるよ。

 アルがそう言って手をギュッとしてくれる。

 アルがそう思ってくれるならいいかな。


 その後はというと、実に気が滅入る面倒が待っていた。

 知り合いに会いに行っていたという設定での冒険者仕事だったが、今日はお土産があるからなあ。


「お帰りなさいませ、お嬢様。ご機嫌ようお過ごしでございましたか」


 家令のセバスチャンさんと侍女長のメラニアさんが出迎えてくれる。

 あーあ、これなんて言ってごまかそう。


「えっと、あの、その」

「何かございましたか」


 うわぁ、なんか叱られるしかないような。


「スケルシュさん、説明をお願いしてもよろしいかしら」

「モモのことは主であるお嬢様が責任をお持ちではと」


 エイヴァン兄様、逃げた。


「カークスさん・・・」

「私は馬車を馬丁部に戻してまいりますので」

「・・・カジマヤー君」

「はい、モモはここに」


 みんな、助けてくれない。


「あの、お友達のところにいたとき、モモが一人でどこかへ行ってしまったの」

「迷子、でございますか ?」

「ちゃんと戻ってはきたのだけれど・・・」


 アルがモモを床に置く。

 ピョコピョコとモモが前に出る。


「戻ってきたときにはこの状態だったの・・・」


 家臣最上位の二人の前には、角のない大熊猫の赤ん坊を背中にペタリと張り付けたモモちゃんがいた。


「これは・・・角こそありませんが大熊猫の赤子でございますか」

「まあ、生まれて間もないような」


 二人が目を丸くしてモモちゃんたちを見る。

 一緒に出迎えてくれた侍女侍従の皆さんもびっくりしている。


「それで、ね。モモちゃんがこの子を離さないの。親がどこにいるかもわからないし、あの、とても厚かましいお願いなのだけれど・・・」

「このくらいですとまだお乳を飲んでいるころですなあ」

「ええ、しばらくは温めたミルクを少しづつあげればよろしいかと」


 セバスチャンさんが赤ちゃんパンダをモモちゃんごと抱き上げる。


「落ち着くまでこちらでお預かりいたしますよ」

「いいの ?!」


 思わずおすましを忘れて素の反応をしてしまった。


「はい。お嬢様はこの子に似合いの名前を考えてあげてくださいまし」

「アンシアが戻っておりますよ。上でお茶の支度をしておりますから、一息おつき下さい」


 心が一気に晴れやかになる。


「カジマヤー君、行きましょう」

「はい、お嬢様」


 私たちはアンシアちゃんが待つ部屋へと急いだ。



「ようやく年相応のお顔を見せてくださいましたな」

「本当に。長くかかりましたね」


 セバスチャンとメラニアさんがホッとした表情で笑い合う。


「お二人ともお気づきでしたか」


 一人残されたエイヴァンはどうやってこの場を去ろうと画策していた。

 だが上司たちの言葉に少し足を止める。


「私たちをいくつだと思っているのです ? 年寄を甘く見るものではありませんよ。無理をなさっているのには気づいていましたわ」

「義理とはいえご両親に恥をかかせないよう、いつも気を張っていらっしゃると思っていました。完璧すぎるお嬢様ゆえ、いつ負担でお倒れになるかと心配していましたが、大丈夫そうですな」


 年寄にはかなわない。

 これからはところどころで息抜きをさせてやろう。

 ルーの部屋に帰ろうとするエイヴァンをセバスチャンが引き留めた。


「ところでなぜお嬢様はカジマヤーと手をつないでいたのです ?」


 ドキリっ !

 ここが屋敷の中なのを忘れていた。


「なんだかとっても自然な感じでしたね」

「何か訳でもあるのかしら。スケルシュ、知っていますか?」


 あの馬鹿ップルどもがっ !

 とにかく理由を考えろ。

 こういう時の返答マニュアルはない。


「スケルシュ ?」

「癖・・・です」

「癖 ?」


 後で詳しい説明を考えるとして、今はこれだけで凌ぐ。


「あれは癖です。見逃してやってください」

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