第148話 大熊猫と書いてパンダと読む
目を開けると巨大なジャイアントパンダが私たちに向かって爆走していた。
「パンダ・・・だよね」
「うん・・・でも大きい。うちのアロイスより大きい」
私とアルはボーっと迫りくるパンダを眺めながら、そう言えばパンダって大熊猫って書くんだよねって会話をした。
「何を呆けているっ ! 剣を抜けっ ! 構えろっ !」
エイヴァン兄様の声に正気に戻る。
シジル地区の冒険者の皆さんを背後に庇い、巨大パンダを迎え撃つ。
「待ってっ ! 後ろに何かいるっ !」
アンシアちゃんがパンダの後ろを指さして叫んだ。
よくよく見ると、巨大パンダの後ろを三つの首を持つさらに大きな犬が走っている。
「ケルベルス ?! 」
シジル地区の冒険者の皆さんが悲鳴を上げる。
地獄の犬がパンダに飛び掛かる。
三つの牙に首筋を噛まれ、パンダは地面にドウっと倒れる。
口から血を流した巨大犬が再びパンダに襲い掛かろうとしたとき、カバンの中からモモちゃんが飛び出して頭の一つにキックをかます。
タっと地面に降り立ったモモちゃんは、口に何かを銜えて戻ってきた。
「モモちゃん、何を持ってきた・・・、あっ !」
手のひらサイズのパンダ。
小さいけど、頭には冠のように角が生えている。
あの巨大パンダ、自分の子を守ろうとしていたのだろうか。
「アンシアちゃん、この子をお願いっ !」
アンシアちゃんに子パンダを渡して、こちらにむかってくるケルベルスに対峙する。
指先に魔力を集め、十本まとめて三つある首の一つに向けて放つ。
「キャイィィンっ !」
見た目と正反対の可愛らしい声とともに、左端の首が力を失う。
「ルー、よくやったっ ! 残りもやるぞっ !」
怒り心頭のケルベルスが走ってくるが、バランスが取れないのか速度が出ていない。
残った二つの首は暴れまくりで、ビームを当てにくくなっている。
ここは物理攻撃しかないのか。
シジル地区の冒険者の皆さんは、自分たちの腕では相手にならないとわかっているのか、祠の前まで下がっている。
敵わないまでも祠だけは守ろうとしているようだ。
そんなに大事な祠なのか。
「おい、なんか変だぞ」
「ええ、おかしいです、兄さん」
兄様たちが魔犬から目を離すことなく話している。
「あいつ、なぜこっちへ来ないんだ ? あの、あそこの石の辺りで吠えているが、そこから先に来ようとしない」
「こちらを襲う意思はあるのに、何故その先に来ないんだ」
シジル地区の冒険者の皆さんが一生懸命守っている祠。
壊されるようになってから大型の魔物が増えたという。
「あの、兄さんたち、来ないんじゃなくて、来れないんじゃないですか」
「来れない ?」
「あの魔物が近づくことが出来ない理由が、この辺りにあるんじゃないですか。例えば・・・」
アルがチラッと祠の前のシジル地区の冒険者の皆さんを見る。
「・・・あれか」
「王都周辺に大型の魔物が現れないのはあのせいか」
正しい理由はわからない。
でも、あそこからこちらに来られないなら、私なら
「お母さんパンダの仇っ !」
「ルーっ !」
止めようとするアルを無視して、長刀の限界ギリギリで思いっきり薙ぎ払う。
ケルベルスの喉が切り裂かれる。
魔犬の体がグシャッと倒れる。
地に倒れながら、この犬はまだ私たちと戦おうとしている。
安全地帯でその動きが終わるのを待つ。
動かなくなったところで、フィンガービームで止めを刺した。
◎
「ケルベルスなんて初めて見たわ」
お姉さん冒険者が真っ青な顔で恐る恐るケルベルスに触れる。
兄様たちが手際よく足を縛って運ぶ準備をする。
「あのね、この子は無事だから。ちゃんと大きくなるまで、私たちが育てるから。安心してね」
もう息の絶えた親パンダに語り掛ける。
子パンダは母親の鼻面にキュウキュウと縋りついている。
その切なさに泣きたくなる。
でも、私たちは冒険者だ。
こんな簡単に泣いてはいけない。
アルに後を任せて兄様たちのところに戻ろうとしたら、モモちゃんが何か訴えかけてくる。
「どうしたの、モモちゃん ?」
まだ母親にくっついている子パンダの頭。
モモちゃんがそこを指す。
「角 ? 折れってこと ?」
キュイキュイとモモちゃんが頷く。
アンシアちゃんと顔を見合わせていたら思い出した。
モモちゃんたちピンクウサギは、角を落としたらただのウサギに戻った。
この子もそうなのだろうか。
騙されたと思って落としてみる。
・・・。
変わらない。
まあ、狂暴になる前の子供だし、顕著な変化がないのは仕方ないだろう。
モモちゃんがカバンに戻る。
子パンダも一緒に入れる。
「モモちゃん、あなたの妹分よ。面倒を見てね」
任しとけって顔でモモちゃんは子パンダを優しく抱え込む。
ミーミー泣いていた子パンダは、モモちゃんのぬくもりで安心したのか大人しくなった。
「おい、そろそろ行くぞ」
準備を終えた兄様たちがあれを、と言う。
うん、あれだね。
ケルベルスと親パンダが宙にフワッと浮く。
シジル地区の冒険者の皆さんがポカンと口を開ける。
「それじゃあ、俺たちはこれで。本当に良いのか、分け前を取らなくて」
「お恥ずかしい話だが、俺たちはここで見ていただけだ。凄い物を見せてもらって、礼を言わせてくれ」
私はさっき折った子パンダの角をアンシアちゃんに渡す。
「これ、心を落ち着かせるお薬になるらしいの。持ってって」
「え、いいんですか ?」
「うん、今日は会えて嬉しかった。またどこかで会えるといいね」
帰ったら会えるんだけど、そこはシジル地区の皆さんの前。
名残惜しそうに手を振って別れた。
◎
「そうか、祠のことを話してしまったのか」
「ごめんなさい。いけないって知らなかったんです」
シジル地区の冒険者ギルド。
ギルマスの執務室でアンシアたちは今日の報告をする。
六角大熊猫のこと、ケルベルスのこと。
アンシアはもらった角をギルマスに差し出した。
「にしても、ケルベルスをほぼ一人で討伐とか、すごい冒険者もいたものだ」
「
ギルマスの顔が強張る。
「
「いや、女の子です。アンシアと同じくらいの。ギルマス、知ってるんですか」
「知ってるも何も・・・。それは英雄マルウィンの二つ名の一つだ。知らなくても彼の偉業くらいは絵本で読んだことがあるだろう」
冒険者の活躍する物語はたくさんある。
子供向けの絵本は少ないが、いくつかはこのギルドで貸し出され読めるようになっている。
「シア村のキマイラ退治ですか ?」
「隣のテミドーロ王国のお姫様を助けたお話かしら」
「カウント王国の御落胤を父親と引き合わせて王太子にしたっていうのもありましたね」
三人は小さい頃好きだった物語を思い出す。
「全部だ」
「全部 ?」
「それは全部英雄マルウィンの物語だ」
他にも二つの王国で暗躍し戦争を起こそうとした悪役を捕まえた話、疫病の起きた村を助けた話、
「どんな依頼でも軽くこなすし、とにかく鬼のように強い。酒色におぼれることもなく、孤高の人として有名だった。私の年代でマルウィンという名前が多いのは、親があの人のように強く正しい人間になって欲しいと願ってつけたからだ」
ちなみに私の名前もマルウィンだ、とギルマスが白状する。
「そっか。ヒルデブランドのギルマスもマルウィン様なのはそういう理由だったんですね」
「二つ名が多すぎて別の冒険者がしたことだと思われているが、とにかく危険な依頼は全部あの人がやっていたと聞いている」
天を磨く者、青き海の守護者、他にもたくさんの二つ名を持っていた。
幼い頃、見上げたあの人が大きすぎて、後ろに転がりそうになったところをサッと抱き上げ肩車をしてくれた。
あの人の長い髪が翼のように広がって、その肩の上から見た風景はどこまでも輝いていた。
「悪の巣窟と言われたシジル地区を立て直してくれたのもあの方だ。この街の住民は感謝を忘れてはいけない」
「でも、どうしてその人の名前が俺たちの代まで伝わらなかったんですか。英雄マルウィンって初めて聞きましたよ」
ミルズがそうだろうと仲間に聞く。
「あの方は持ち上げられるのを嫌がってらしたからね。冒険者として黙々と依頼をこなしてきただけで、特別なことはしていないと仰っていたと聞くよ。でもこの二つ名は知っているだろう」
『最後の龍を
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