第143話 ギルマスの嘆きと兄様たちの下剋上

「ちゃんと訓練はしていたのかい。少しだらけすぎだよ」


 階段席で騎士様たちが青い顔をしている。

 

「大体ただの訓練で息があがるとか、ありえないよ」


 アンシアちゃんは完全にひっくり返ってるし、兄様たちとアルも膝をついている。


「辛うじて立っているのがお嬢様だけというのは、どういうことかな」


 ええ、辛うじて。

 長刀をつっかえ棒にして辛うじて。


「嘆かわしいねえ。ちょっと目を離したらこうだ。可愛い愛弟子たちの堕落ぶりに、師である私は悲しみを禁じ得ないよ」


 ほら、立った立った。挨拶しておしまいにするよ。

 ギルマスに言われ、私たちはなんとか立ち上がり頭を下げる。


「「「ありがとうございました !!」」」

「御前からくれぐれもと頼まれているからね。これからはニ日おきにくるよ。ちゃんと自主訓練しておくんだよ。サボったらすぐわかるからね」


 午後の二時間。

 ダルヴィマール騎士団の訓練所を借り切って行われた訓練。

 久々のギルマスのフルコースは凄かった。

 こちらは五人がかりなのに、ギルマスは一人蝶のように訓練所を縦横無尽に走り回り、私たちを翻弄する。

 声も出ない私たちと違って問題点を指摘しつつ、それぞれの弱い所を確実に突いてくる。

 それはもう嬉しそうに。

 ギルマスが直接指導するのは係累のみ。

 つまりご老公様と私たちだけ。

 普段書類仕事に追われているせいか、訓練の時はそれはそれは生き生きとしている。

 おかげで私たちはめちゃくちゃ強くなってしまった。

 それに気が付いたのはヒルデブランドから王都に来る旅の間。

 途中であった初めての大型の魔物の討伐。

 軽々と倒していく私たちを見て、騎士様たちの表情が引きつっていくのがわかった。

 後で聞いたら大型は五人一組が三組くらいであたるのが普通で、指導されながら五人で立ち向かう相手ではないそうだ。

 無知って最高。

 とどめが近衛騎士団の強襲だった。

 弱い。

 めちゃくちゃ弱かった。

 初心者のアンシアちゃんが軽く相手が出来るくらい。

 それで調子に乗ってた訳でも慢心していた訳でもないけれど、少しは気のゆるみがあったのは間違いない。

 すっきりした顔で帰って行くギルマスを見送って、私たちはそのまま作戦会議を始める。


「今まで毎日一時間の訓練だったが、明日からは二時間にするぞ」

「アンシアは体力と持久力を増やしたほうがいいな。インターバルトレーニングとジョギングを入れよう」

「私、体力アップに良いメニューを調べてきます。司厨長シェフに協力してもらいましょう」

「仕事もあるし、基礎トレーニングは始業前に終えたほうがいいのでは ?」

「基礎以外やらない日も作らないと。休まないと筋肉は生成されないぞ。ギルマスの稽古の翌日復習をして、その翌日は休憩。そしてギルマスの稽古、だな」


 訓練所の真ん中で体育座りで全員で頭を突き合わせて色々考える。

 

「自分、騎士団でよかったであります」

「あれを毎日やられたら強くなれるかもしれないが、人間以外の何かになりそうだ」


 階段席でヒソヒソとそんな話がされていたらしいけれど、私たちの耳には届かなかった。



 前日死にかけたけれど、翌日の公開記者会見は和やかに終わった。

 ギルマスのお稽古に比べれば可愛いものだった。

 うん、小さきものは皆愛らしい。

 会見にはあの日アンシアちゃんを囲んでいた記者さんを呼んだのに、なぜか編集長が来た工房がいくつかあった。

 もちろんこちらは名前と顔を一致させていたので、記者さんが会場にいた場合は交代してもらい、それ以外の方は丁重にお断りしてお帰り頂いた。

 後日来れなかった記者さんたちだけ集めての記者会見を企画することにする。

 あと、記者会見の内容を聞かれて記者さんたちより早く記事を書かれては困るので、館内放送魔法に手を加えて記者さんたちの声は聞こえるけど、私の声は聞こえないようにした。 

 私、やれば出来る子です。

 兄様たちによると、舌打ちしたり睨みつけていた人も随分いたらしい。

 それらすべてが瓦版工房の記者とは思わないが、人の権利を横からさらっていくのは許せない。

 記者会見の噂を聞いた時点でダルヴィマール侯爵家にお伺いをたてれば良かったのだ。

 業界紙から頼まれていた唐揚げとポテトグラタンのレシピは、ヒルデブランドでは当たり前に作られているものなので、アレンジが効くということでそのまま渡した。

 ただし油はそれなりに高価なので、一般家庭では難しいかもしれない。

 ヒルデブランドでもお店でしか出していない。

 そう言えば農業地区では春になると菜の花畑が広がっていたっけ。

 多分それで菜種油を取っていたんだと思う。

 ちなみに我が家ダルヴィマール家では、私の『お取り寄せ』でサラダ油と胡麻油がある。

 ズルい裏技である。

 いいじゃん。

 立ってるものは親でもつかえ。

 まして子供はこき使え。

 ステンドグラスクッキーについては、作っているのは私だけらしい。

 お方様からのアドバイスで、商業ギルドにレシピを登録。

 そちらを参照してくださいということにして、記者様全員に私とお屋敷の司厨員コックさんで作った現物をお土産としてお渡しした。

 これで死ぬほど不味いクッキーを作ったという噂は払拭されるはずだ。



 翌日、野次馬に紛れていた騎士団の方々から報告を受けた。


「例の記者もどきですが、ゴール男爵の手の者でした」

「一緒にいた者は登録されていない違法瓦版屋と思われます」

「一人じゃなかったのか」


 写真魔法で顔を確認していたから、その男はすぐに発見出来た。

 さりげなく何人かで囲んでいたが、話しかける者、アイコンタクトをする者が数名いたという。

 記者会見が終わってからそれぞれ後をつけたが、男はゴール男爵邸へ、他の男たちは瓦版工房、郊外の広い家へと分散して行った。

 ゴール男爵と言えば大夜会の時に私のお着物を売れと言ってきた礼儀知らずだ。

 男爵にもかかわらず娘さんのお披露目を個人でやった恥知らずでもある。

 子爵と男爵はそれぞれ合同で行うのだが、それはやはり資産の関係が大きい。

 伯爵家以上の貴族であればそれなりの税収があり、それとは別に商売をしているものも多い。

 尚且つ国からも毎年それなりの金が支払われている。

 が、それ以下の家はまあ、それなりだ。

 娘三人持てば身代潰すとは、どこの世界でも同じ。

 だからこその合同披露であり、同じ家格内での相手探しだ。

 それ以上の相手と結婚したければ、宮中で働くか寄り親に頼むしかない。

 その披露を男爵風情が個人で開くということは、自分は伯爵家と同格であると言っているようなものだ。

  

「確かにゴール男爵は資産家ではありますが、悪だくみが出来るような男じゃありません。あれの頭は金儲けに特化しているんです」

「普段から金と酒とチーズがあれば世界は丸く収まると豪語していますからね。しかし愛妻家であり家族思いで人情家でもあります」

「経営困難で廃止される寸前の孤児院を、子供たちを路頭に迷わせることは出来ないと丸ごと買い上げたこともあります。庶民にはただの金の亡者とは思われてはいません」


 だからこそなんで胡散臭い人間を近くに置いているのか不思議なんです。

 騎士様たちはそう報告してくれる。

 そういえば大夜会の後、ご夫人とお嬢様から謝罪の手紙が届いたっけ。

 悪い人ではないのです。ただ長じてから親が貴族に列せられたので、礼儀作法に明るくないのです。

 そう書いてあったから、お気になさらずと返しておいた。

 ご夫人は子爵家の出と聞いているし、次の代からは大丈夫だろう。

 

「やはり詳しい調査が必要になるか」

「男爵が気づかぬうちに利用されている、という線もありますね、兄さん」


 アンシアちゃんとアルは私の後ろに立っている。

 兄様たちは一人用のソファに座っている。

 騎士様たちは立ったままの報告だ。

 変だ。

 立場としては私が一番上。 

 その次が騎士様たち。

 兄様、アル、見習のアンシアちゃんの順番の筈なのに、なぜか兄様たちが一番上みたいなことになっている。

 

「ル、お嬢様、確かザヴェリオ伯爵家から夜会のお誘いがありましたね」

「ええ、出席しようか迷っていますけれど」


 依子ではない目下の貴族の催しに出席することはまずない。

 依子であっても子爵、男爵といった低位貴族の催しにはまず参加しない。

 私もダルヴィマール侯爵家の依子伯爵に限って出ている。


「依親ではありませんが、ザヴェリオ伯爵はゴール男爵の導き手だと聞いています。ザヴェリオ伯はグレイス公爵家の依子。バルドリック様にエスコートをお願いして出席していただけますか。あらかじめ侯爵令嬢が依り親のご子息と参加すると噂を流せば、ゴール男爵も出席するかもしれません」

「いや、必ず出席する。あちらとしては大夜会での非礼を直接謝罪したいはずだ。当日はアンシアとカジマヤーがお嬢様についてくれ。私とカークスは控室で裏の情報を集める。騎士団は引き続き男爵関係をあたってくれ」

「かしこまりました、スケルシュ様」


 エイヴァン兄様が足を組みなおして頬杖をつく。


「瓦版屋と言いシジル地区と言い、王都もそれなりに楽しめそうだな」


 ニヤッと笑い合う兄様たちを見て、本日の当番の侍女さんが顔を赤らめる。

 え、騎士様たち。

 なんであなたたちまで頬を染めているんですか。

 あれ、演技ですからね。

 え・ん・ぎっ !

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