第142話 一方その頃現世では ~ アロイス、変な方向にがんばった

 土屋が遅刻した。

 朝のHRが始まって少ししてからだ。

 後ろの引き戸が開けられて、土屋がよろめきながら入ってきた。

 顔は腫れていて、服はボロボロだった。


「土屋、どうしたんだ、その恰好は」

「その、駅の階段で・・・転びました」

 

 担任の先生は、一時限目の授業は自習だから、その間に保健室に行きなさいと言って職員室に帰っていった。


「土屋、嘘だろ、転んだなんて」

「転んだんだよ、それでいいだろ」


 土屋はプイっと横を向く。

 僕が騙されると思っているのか。

 これでも冒険者三年目だぞ。荒事なんて見慣れてる。


「誰にやられた」

「・・・」

「頬に指の跡がついてる。誰に殴られたんだ」


 土屋がハッと腫れた頬を触る。

 バーカ、ついてるわけないだろう。

 じっと見ていると、土屋はあきらめたのかボソッと言った。


「・・・三年のとさか頭」

「三年四組の・・・」


 有名人だ。

 小さい頃見た特撮変身番組の主人公にあこがれて、高校生になったらリーゼントにすると宣言してその通りにしたって話だ。

 成績はいいから、どんな格好をしたってこの高校では特に注意はうけない。

 ただ主人公と違うのは、カツアゲが上手いということか。

 とにかく尻尾を掴ませない。

 証拠を残さない。

 だからみんな泣き寝入りだ。

 正義の味方にあこがれたくせに、何をやってるんだ。


「参考書を買うお金だったんだ。それ話してたら無理矢理校舎の陰につれていかれて・・・。このざまだ」


 土屋はルーをイジメていた奴だ。

 その点についてはルーが許すと言っても、僕はまだ納得はいってない。

 けれど、それとこれは別の話だ。

 僕は土屋の腕を取る。


「な、なんだよ」

「土屋、取り返しに行くぞ」

「はあっ ?! なに言ってるんだよっ ! 無理に決まってるだろっ !」


 土屋は僕の手を振り解こうとする。

 が、僕はグイッと彼を立たせて教室を出る。

 この高校は四階建て。

 一階には職員室や事務の人たちがいる経営企画室、保健室や校長室などがある。

 二階からは順に三年生、二年生ときて、一年が四階だ。

 僕は土屋の腕を取って一気に二階まで駆け降りる。

 入り口のクラス名を確認して、三年四組の教室に入る。

 今は現国の時間らしい。

 とさか頭は一番前の席に座っていた。


「ごきげんよう、先輩。彼から奪ったものを返してもらってもよろしいですか」


 彼は何の話かわからないと馬鹿にした顔で僕を見る。

 ネットで指示された色々を思い起こす。 

 先生が持っている指示棒を奪う。


「ご存知ですか、先輩。これって、黒板を指す以外に別の使い道があるんですよ」


 とさか頭は何を言っているんだという顔をする。 

 僕は握ったそれを左の腰で構える。

 

「ハッ !」

「ヒっ !」


 僕が気合を入れて彼の頭上を薙ぎ払うと、新規採用で入った女性教諭が悲鳴をあげた。


「な、なんだよ。何も起こらないじゃ・・・ ?!」


 ポトッと落ちてきたのはとさか頭のとさか部分。

 ポマードで固められているからそのままの形だ。

 先輩は目の前の黒い塊を見て慌てて自分の頭を触る。

 あるはずの山がないことに気が付いて 呆然としている。

 今だ。

 すかさずバンッと机を叩いて彼を上から見下ろす。

 壁ドンは背の高さに差がないと効かないが、机バンは背の低い僕でも十分威圧できる。

 と、ディー兄さんから教えてもらった。

 相手の目をじっと見て逸らさない。

 口元には少し笑みを浮かべる。

 怒鳴り散らすよりも相手に恐怖を与えることができる。

 マニュアル通りだ。


「返して、くれますね ?」


 とさか・・・じゃない頭が学ランのポケットに手を入れて、見慣れた土屋の財布を出す。

 もういいだろうとソッポを向こうとするので、左手でおとがいを軽くつかんでこちらを向かせる。

 お札だけ抜かれた財布が道端に転がってるのは、王都や他の街ではよく見かける光景だ。

 今までカツアゲの証拠が見つからなかったのも、多分同じようにしていたからだろう。

 という事は・・・。


「中身もお願いしますよ」


 先輩はビクッとして反対側のポケットからしわくちゃになった五千円札を出した。

 なぜか手が震えている。


「土屋、回収」

「お、おう・・・」


 土屋があわてて自分の財布を取り、中身を確認してお札を戻す。

 僕は最後のとどめの一言を放つ。

 えっと、なんだったかな。

 思い出した。

 つかんでいたおとがいから手を離し、少し前かがみになってフッと笑って言う。


「素直な子は、きらいじゃない」


 指示棒を先生に返す。


「お騒がせしました。授業を続けてください」


 ペコリと礼をして教室を出ようとすると、クラスのみんながドアに鈴なりになっていた。


「土屋、保健室に行くぞ。その顔を冷やしてもらおう」


 階段を下りていくと、後ろからなんか悲鳴が聞こえてくる。

 土屋の顔は腫れて赤くなっていた。

 やっぱり痛そうだ

 少し治癒魔法をかけてやろうかな。

 少しだけだけどね。



「ちょっとお、今の二年生よね。何、あのカッコよさ !」

「カッコいいって言うか、色っぽい ? 男の色気よ !」 

「今の本当に山口君 ? いつもと違うわよね !」

「うおぉっ、やべっ、俺、惚れそうになった !」

「いや、惚れたっ !」


 翌日からなぜか靴箱や机の中がきれいだったり、男女学年関係なくジロジロ熱く見られたりと、何やら落ち着かない状況に山口少年アルは首をひねるのだった。


「今年の文化祭、少女歌劇でいきましょうよ。男役トップはもちろん山口君よ」

「これはオーディションなしで決定ね。何がいいかしら。思い切って忠臣蔵 ?」

「執事物も捨てがたいわ。早く演目選考に入りましょう」



『ルチア姫の物語製作委員会』


ナラ・対策マニュアルのタイトルまちがいがありました。


ディー・どれですか。


ナラ・『スパイを尋問する時』と「内通者の侍女を落とす時』を入れ替えて下さい。使うチャンスはないだろうから大丈夫だと思うけど。エイヴァンとアル君にも伝えておいてね。


・・・おせーよ、くるぁ。

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