第141話 シジル地区の冒険者ギルドとは
「セネガ社」
「はい、ペタン」
「アカヤジヤウ工房」
「はい、ペタン」
「工房サンキライ」
「ちょっと待って、あった。ペタン」
今なにをしているのかというと、もらった名刺と写真魔法で撮った彼らの顔をセットにしているところ。
しっかり覚えて記者会見に臨みたい。
あちらも私が自分のことを覚えていたら嬉しいんじゃないかな。
「全部で25社か。集まった人数の割には結構あるな」
「業界新聞とか掛け持ちしている記者がいるわよ。全国紙は四紙くらいだけど、ゴシップ専門とか、その地区限定とか、子供向けとか、いろいろあるのよ。信用できるのは地区限定と子供向けかしら。どっちもめったなことは書けないからね」
そうナラさんが教えてくれる。
あれから十日。
名刺をくれた記者さんたちは全社約束通りに誓約書と質問状を出してくれた。
それに応えて返送し、明日開かれる記者会見を待つばかりだ。
質問状には参加してくれた工房のリストを添付し、同じ質問には同一の答えを記して、どの工房にその答えを返したかも書いておいた。
その質問が自分のところだけだと思ってスクープ記事にしないためだ。
食肉業界紙からは好きな肉料理。
乳業組合紙からは牛乳をつかった料理。
製菓協会からはよく作るお菓子。
それぞれ唐揚げ、ポテトグラタン、ステンドグラスクッキーと答えた。
しかしどれも王都では知られていないものらしく、作り方を教えてほしいと追加質問が来たので、ルール通り記者会見でと返しておいた。
ぬけがけ、ダメ、絶対。
「あれ ?」
写真を名刺と合わせていくと、一枚残った。
これ、誰だろう。
「そう言えば一人だけ名刺を渡してこなかった記者がいたな」
「ああ、そう言えば。あれでしょう。他の記者が名刺を渡し始めたら、コソコソ帰っていったのがいた。ちょっと見せて・・・ええ、こいつですよ」
ディードリッヒ兄様が写真を返す。
馭者席にいたので高いところからよく見えていたそうだ。
「直接話を聞くことが出来るチャンスだっていうのに、どうして名刺を渡さないのか不思議だったんですよ」
うーんと考える兄様たち。
そんな兄様にナラさんが呆れたように言う。
「なに難しく考えてるの。名前を知られたら困るとか、話を聞く必要がないとか。そんな感じでしょ」
「いやに簡単に考えるな、ナラ」
そっちが考えすぎなの、とナラさんが笑う。
「要するにそいつはヤバい奴よ。本当に記者かも怪しい。気を付けたほうがいいわ。記者会見の時は騎士団からも何人か出してもらいましょう。野次馬に混じってもらうの」
「私、何かされるんでしょうか」
ナラさんが大丈夫と頭を撫でてくれる。
「念には念を入れってことよ。なんでアンシアに近づいたか、記者のマネをしたか。何よりもどこの誰か分からないうちは動けないもの。ルーちゃんの周りにはエイヴァンたちがいるから大丈夫よ」
そうだといいんだけど。
「失礼いたします。ただいまヒルデブランドのギルドマスターが到着されました。皆様ご老公様のお部屋にお越しくださいとのことです」
アンシアちゃんが私たちを呼びに来た。
「いってらっしゃいませ。こちらは私が片付けておきますから」
「ではナラさん、よろしくお願いします。お嬢様、参りましょう」
◎
ご老公様の部屋にはギルマスが待っていた。
兄様たちやアルは時々会いに行っていたらしいけど、私とアンシアちゃんは王都に着いて以来だ。
「お久しぶりです、ギルマス」
「お会いしたかったです。寂しかった」
ギルマスは私たちの肩を抱いてポンポンとしてくれる。
これ、好き。
実は私、小さい頃抱っこされた経験が少ないせいか、スキンシップに弱いんだ。
アンシアちゃんと手をつないで歩くのも好きだし、エイヴァン兄様のグリグリ攻撃も嫌いじゃない。
怒っていても私の事を考えてくれてるのがわかるから。
痛いけど。
それとアルと手をつなぐのも好き。
すごく安心するの。
フッと横を向くとアルと目が合う。
いいかな。
今は私たちだけだし、いいよね ?
右手をちょっとだけ伸ばしてみる。
するとアルは手を引っ込めてしまう。
え、と思ったら、侍従の制服の一部である白手袋を外している。
そして私の手をキュッと握ってくれる。
だから私も握り返す。
嬉しい。
アル成分が足らなかったんだ。
「お姉様ったら、もう」
「アルもほどほどにな」
なんかみんなが私たちをあきれ顔で見ている。
なんでだろう。
ご老公様に促されて着席するけど、なんでそんなにこっちを見るの ?
「頑張っているようだね、ルー。瓦版は読んでいるよ」
「紹介されているのは知ってるんですけど、兄様たちは読ませてくれないんです。侯爵家にご迷惑になるような内容でなければいいんですけど」
ああ、とギルマスは困った顔をする。
「君に対して否定的な瓦版があるんだよ。一社だけだけどね。書き方がとてもご婦人に読ませたくないような内容でね。だからエイヴァンたちは話さなかったんだよ」
「否定的で私たちが読まない方がいいって、そんなにひどい内容なんですか」
「うーん、18禁ってことで納得してくれるかな。もちろんアルも見ていないよ」
顔がパッと赤くなるのがわかる。
アルも目を逸らしている。
アンシアちゃんは大丈夫なようだ。
私、まだお子ちゃまだな。
「さて、それではアンシアの報告を聞こうか。あちらの冒険者ギルドはどんな様子だったんだい」
◎
「つまり従魔はいなかったと ?」
「はい。ギルドの遊びというか、ペットの事をそう呼んでいるそうです。犬は一緒に依頼に出かけますけど、猫とかはお留守番でした」
アンシアちゃんの話では、ご丁寧にお留守番用の部屋が用意されていた。
お世話も引退した冒険者がしているという。
その部屋には小さい子供もいて、子持ちの夫婦冒険者が安心して出かけられるようになっている。
「うーん、託児室か。それはうちでも採用してもいいね。今は女性冒険者は子供が出来たら引退するしかないからね」
「しかし、王都外への出入り口、冒険者の袋もペンダントもなし。やはり違法な冒険者ギルドということかの」
「依頼自体は特に問題ないものばかりでしたから、シジル地区独自の冒険者ギルドと考えてもいいんじゃないですか、どう思います、兄さん」
そうだな、とエイヴァン兄様がうなづく。
アンシアちゃんがそれと、と話を続ける。
「すごく気になったのは依頼の後、必ずやっていることがあるんです。それがなんだか奇妙で」
◎
薬草採取を終えた後、『白い狼』は丘の頂上に向かった。
「ああ、やっぱり。ここもだ」
道から少し外れたところに、小さな人形の家のようなものがあった。
よく見るとその扉は壊され、中は空になっている。
「アンシア、これが何だか知ってるか ?」
「えっと、お人形の家ですか ?」
冒険者たちがドッと笑う。
「確かになあ。そう見えるよな」
「アンシア、これは道や旅人の守り神。もうこれを覚えているのはシジル地区の冒険者ぐらいだ」
「昔は帝国のどこにでもあったらしいわ。でも言い伝えが途絶えて、今では王都の近くにしかないのよ」
先輩たちは家の周りの草を刈り、壊れた扉を丁寧に直していく。
「アンシア、石を一個拾ってくれ」
「石、ですか。なんでもいいんですか ?」
「ああ、パッと見てこれと思ったやつでいいぞ」
地面を見回すと、白っぽい、ヒルデブランドで食べたダイフクによく似た石を見つけた。
「これでいいですか」
「よし、それを酒で洗うんだ」
リーダーのミルズがカバンから水筒を取り出して、アンシアの持つ石にかける。
「あの、これって清酒ですか」
「ああ、そうだ。と、ヒルデブランドにいたんだったな。知っててあたりまえか」
「ご老公様のご用で酒蔵に行ったことがあります。同じ匂いです」
未成年だからって飲ませてもらえなかった。
「これには清酒しか使っちゃいけないんだ。間違ってもワインや蒸留酒はつかうなよ」
ミルズが酒をかけ終わると、アノーラがそれを家の中に置く。
「石に触れていいのは乙女だけなの。だからパーティーには必ず一人女の子がいるのよ」
「私が乙女じゃなかったらどうするんです ?」
家に向かって手を合わせて祈っていた三人が顔を上げる。
「そりゃ、乙女だろ ?」
「間違いなく乙女よね」
「そうじゃなかったら、石、割れるぞ」
◎
「石が、割れる ?」
「はい。お酒をかけた時に石が割れてしまうんだそうです。実際に見たこともあるって」
そんな風習は聞いたことがない。
「普通の依頼を受けた後は、必ずいくつもある守り神の祠を確認して、壊れていたりしたら修理するんですって。依頼がない時も、回るんだそうです。シジル地区の冒険者の仕事で一番大切だって言ってました」
「どうも私たちの知っているギルドの仕事ではないようだね。ご老公様、こういった信仰についてお聞きになったことはありますか」
とんと覚えはないなとご老公様が首をひねる。
「王宮の書庫を探してみようかの。何か記録が残っておるかもしれん」
「じゃあ社交のない時は私もお手伝いします。みんなでやれば早いし」
「ローエンド師に訊ねてみますか。お若い頃から王宮書庫に出入りしておいでだから、何かご存知かもしれませんよ」
違法ギルドを調べていたら、不思議な宗教に出会った。
「あの、もう一ついいですか」
「なんだね、アンシア ?」
全員にじっと見られて、居心地悪そうにアンシアが口を開く。
「何年か前から、祠が壊されることが多くなってきているんだそうです。イタチごっこで修理しているけど、あまり人のいないところのも壊されているから、多分ワザとだろうって」
「ワザと壊される?」
「それと、以前はほとんど現れなかった大型魔物が、雪解けからこっち、増えてきたって言ってます。だから祠の修理もうまくいってないそうです」
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