第140話 アンシアのアジト潜入

 しつこい、

 全くもって、しつっこい。

 グレイス副団長も諦めが悪くてしつこいが、あの人は引き際を知っている。

 あいつらのしつこさは雲霞うんかのようだ。

 春の大夜会、各ご家庭でのお披露目の会が終わって一週間。

 やっと休みがもらえたというのに、お屋敷の門を出たところであいつらにつかまった。


「アンシアさん、副団長との馴れ初めを教えてください」

「求婚を断っているとのことですが、それにルチア姫は関わっているですか」

「なんとか言って下さいよ」


 瓦版屋の記者たちだ。

 お方様からは「何を言われても一言も話してはいけません」と釘を刺されている。


「あの人たちはたった一言に山のように尾鰭をつけて、あっという間に龍に仕立て上げるのです。いいですか。決して何も話してはいけませんよ。通して下さいもどいて下さいもダメです」


 さすがに記者たちもシジル地区まで付いてくる勇気はないようで、アンシアは門をくぐるとやっと安堵の胸をなでおろす。

 気を引きしめる。

 いよいよ冒険者ギルド敵のアジトに潜入するのだ。


「こんにちは、ギルマス。今日はよろしくお願いします」

「よく来たね、アンシア。じゃあ君についてくれるパーティを紹介しよう」


 実家で着替えてギルドに顔を出すと、すでにギルマスが待っていてくれた。

 サッと手を挙げると、壁際にいた三人組がこちらに来る。


「『白い狼』だ。人数は少ないがそれぞれソロで活躍できる実力者だよ」

「リーダーのミルズだ。よろしく、アンシア」

「俺はラムジー」

「アノーラよ。頑張ってついてきてね」

 

 アンシアはペコリと頭を下げて挨拶する。


「仕立て屋のサムエルの娘のアンシアです。よろしくお願いします」

「じゃ、行っておいで」

「はい、行ってきます !」



 ギルドの裏から隠し扉を通って王都の外に出る。


「知らなかった。こんなところから出られるなんて」

「これは街のみんなも知らないから、絶対に言っちゃだめよ。万が一ここから王都に潜入されたら困るから」

「はい、アノーラさん」


 言うに決まってるじゃない、アノーラさん。

 初日から重大情報掴んだわ。


「今日は採集ともう一つ。どちらも難しい依頼じゃないから、気を楽にしてくれ」


 ミルズさんが声をかけてくれる。

 王都の近くの小高い丘に向かっている。

 ここで薬草の採取をするんだそうだ。


「どんな薬草を集めるんですか」

「今回は夏に向けて食あたりと滋養強壮、それに解毒だ。それぞれ十本の依頼が来ている」

「少ないですね」

「作りすぎても劣化するし、今回は古いものと入れ替えるために頼まれているの」


 余ったら捨てるしかないしね、とアノーラさんが言う。

 冒険者の袋には入れないんだろうか。

 いや、もしかしたら冒険者の袋自体がないのかもしれない。

 と思ったらやっぱりその通りで、採取した薬草は袋に入れて手に持っている。


「アンシアのおかげで早く集め終わったなあ」

「探しなれてる感じだが、採取の経験はあるのか」


 ドキッ!


「魔法学園で薬学を取ってたんですよ。だから何度か。調薬は自分が採ってきたものを使うから、必死で集めましたよ」

「そうか。首席で卒業したんだったな。その、残念だったな、魔法師団に入れなくて」


 ミルズさんが申し訳なさそうに言う。

 あたしに魔法学園のことを話させたのをすまないと思っているんだろう。


「もういいんですよ。ご縁がなかったってことだし、侯爵家では楽しくやってるし。それに謝ってもらってます、すごいお方に」

「すごい方 ? 魔法師団の団長か ?」

「違います。どなただと思います ?」


『白い狼』の三人はあの人かそれともあの人かもと名前を挙げたが、そのどれもが違っていた。


「もう、教えてよ。誰なの、すごい人って」

「うふふ、びっくりしますよ、聞いたら」

「だから誰なんだよ。もったいぶるなよ」

 

 あたしはもったいぶってゆっくりこたえる。


「こ・う・て・い・へ・い・か」


 三人の冒険者はポカンと目を見開き、口を半開きにしている。


「うそでしょう・・・」

「皇帝陛下が謝罪 ?」

「本当でーす。成人の儀の芸披露でお嬢様がティアラの栄冠に輝いたんですけど、その時に。すまなかったって」


 でも、嬉しかったのはお姉様がティアラを頂いたこと。正直それ以外はどうでもよかった。

 皇帝陛下からお言葉を賜ったことも、おまけみたいな感じだった。


「本当はこういうのって家族に知らせるんでしょうけど、あたしの中ではそれもしなくていいかなっていうくらい、どうでもいいことになってたんですよ」


 だから気にしないでくださいと言ったのに、三人組はアンシアを睨みつけてくる。


「こりゃあ、とんでもないことになったな」

「ああ、皇帝陛下から直接の謝罪なんて、貴族だってあり得ないだろう」

「だめよ、こんな大事なこと黙ってちゃ。ご家族に言って喜んでもらわないと」


 なぜか先輩冒険者にめちゃくちゃ怒られて、アンシアは納得いかないままその日の依頼をこなしていった。



 翌日、侯爵邸に帰るべくシジル地区の門に向かったアンシアは、たくさんの住人が集まっているのを見た。

 それぞれ門の外に向かって罵声を放っている。


「あ、アンシアが来た !」


 振り返った人々がアンシアを取り囲む。


「アンシア、一体何があったんだい。あんたを待って外の瓦版屋が大勢押し掛けて来てるんだよ」

「お前を出せと騒いでる」


 ・・・あいつら・・・。

 

「アンシアさん、事の真相を教えてください」

「副団長とはもう婚約したんですか」

「答えてくださいよ、アンシアさん」

「シジル地区の女がお高くとまってんじゃねーよ !」


 門の外には騒ぎを治めようと、何人もの警吏が間に入っている。

 野次馬も多い。

 このまま門の外に出たらどうなってしまうんだろう。

 アンシアはその恐ろしさにブルっと震えた。

 

「お姫様がきた !」


 小さな子供の甲高い声がする。

 その声のする方に顔を向けると、見慣れたダルヴィマール侯爵令嬢の専用馬車が近づいてくるのが見えた。


「お姉様・・・」


 いつも通りエイ兄さんがフットマンシートにいて、ディー兄さんとアルが馭者席にいる。

 馬車の中にはお姉さまがいる。

 助けに来てくれたんだ・・・。

 アンシアは溢れてくる涙を止められなかった。



 ダルヴィマール侯爵の家紋をつけた馬車が、シジル地区の門前にゆっくりと止まる。

 馭者席からは真っ赤な髪の少年侍従が、馬車の後ろからは黒髪の美青年が降りてくる。

 そしてその二人に手を取られて降りてきたのは・・・。


「ルチア姫だ。ルチア姫のお出ましだ」

「アンシアを迎えに来てくださったんだ」


 濃紺の飾り気のないドレスのご令嬢が進む。

 門の前に集まっていた野次馬と記者たちは、指示されたわけでもないのに左右に道を開ける。

 姫とアンシアの間に一本の道が出来た。

 その間をルチア姫はゆっくりと進んでいく。

 彼女の目に映っているのは、しゃがみこんで泣きじゃくる侍女の姿だけのよう。

 そして、人々が息を飲む中、ためらうことなくスラムと呼ばれる悪の巣窟、シジル地区の門をくぐった。


「アンシアちゃん、また来てしまったわ」

「お、お嬢様・・・」


 ドレスの裾が汚れるのも気にせず、姫はアンシアの前にしゃがむ。


「さあ、お家に帰りましょう」


 ただ泣きながら頷く少女を立たせ、ご自分より少し背の高い彼女の肩を抱いて進む。

 集まった群衆は誰一人声を出すことなくそれを見守る。


「カジマヤー君、アンシアちゃんを馬車へ。あなたも一緒に乗って面倒を見てあげてください」

「承知つかまつりました」


 二人を見送ったご令嬢はシジル地区の人々に向かって膝を折り頭を下げた。


「皆さま、わたくしの大事なアンシアを庇って下さってありがとう」


 帽子をかぶっていた者は脱いで胸に当て、それ以外の者も深く頭を下げる。


「門番様、警吏の皆様。お騒がせしたことをお詫びいたします」


 全員が一斉に敬礼をする。


「そして瓦版の記者様方」


 俺たちにもお言葉があるのかと、ビクッと身構える。


「私の可愛い妹をあまり怖がらせないでくださいませね」


 天使のような微笑みに一瞬ボーっとしてしまう。

 しかし記者の一人がすかさず声をあげる。


「お待ちください、ルチア姫。俺たちは瓦版屋です。記事を書かなくちゃいけないんです。嘘は書きたくない。話を聞かせてもらいたいんです」


 他の記者もそうだそうだと追随する。


「真実であればよろしいでしょうが、憶測と妄想が入った時点でそれはもう記事ではありません。物語です。今まで書いてきた物の中にそれらが一つもなかったと、胸を張って言うことができますか ?」

「そ、それは・・・」


 真実だけ書いていては売れない。

 よりセンセーショナルで面白い記事の瓦版が売れるのだ。

 だから聞いた話にいろいろと肉付けして、より読者が喜ぶものに仕上げる。

 どこの瓦版工房もそうやってきたのだ。

  

わたくしは報道とは真実を告げるものと思っております。記者様には客観性と中立性、そして取材対象の人権の維持と私生活の保護を求めます。こちらに同意して下さるのなら・・・」


 記者たちは次の言葉を待つ。


「一社につき五つのご質問にお答えしましょう。それに関わるさらに詳しいことをお聞きになりたい場合は、直接わたくしがお答えする場を設けます。それでいかがでしょうか」


 直接質問できる ? 

 大貴族のご令嬢に ?


「ご賛同いただける記者様のみ、この者に名刺をお渡し下さい。後日誓約書をお送りいたしますから、質問状と一緒にダルヴィマール侯爵邸までお届けくださいね」


 それではとルチア姫は馬車に戻っていく。

 記者たちは先を争って名刺を侍従に渡した。


「ルチア姫、万歳 !」

「ばんざーいっ !」

「姫様、またいらしてくださいよっ !」


 シジル地区の人々が門の中から去っていく馬車を見送る。

 記者たちは自分たちの工房に走って帰る。

 他社の思いつかない質問を考えるために。

 その日名刺を渡さなかったのは一社だけだった。

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