第139話 しつこい男はきらわれる

「兄さん、説明してもらえますか。こちらの御仁とはどういった関係です」


 新たに茶を用意しながらディードリッヒが聞く。


「リック、まずは紹介しよう。俺の弟分だ。ディードリッヒ・カークスとアロイス・カジマヤー」


 二人がスッと頭を下げる。


「バルドリック・デ・デオ・グレイスだ」

「俺が王都で活動していたときの相棒だ。一年間だけだがな」


 座れよとバルドリックがソファをしめす。

 全員が着席して改めて自己紹介をする。


「俺はグレイス公爵家の三男だが、一応次期公爵でもある。兄者二人が辞退したせいでな。そんなわけで成人してすぐは冒険者としてエイヴァンと組んで活動していた。もう十年も前だが」

「こいつの親父さんにはたまに相手をしてもらっていた。まあ、そういう関係だ」


 たしか授業初日で無詠唱で魔法を発動したため王立魔法学園を退学させられ、シジル地区で下宿しながら冒険者稼業をしていた頃だったか。


「しかしよく俺だとわかったな。外見は大分違っていると思うが」

「フン、その剣筋は昔と同じだ。見間違うことはない。すぐお前だとわかったぞ」


 親父殿にもバレているぞ。

 入れなおされた茶を一口飲んで、バルドリックが言う。


「俺としてはお前のような優秀な冒険者が、なんで侍従なんてやっているのかが不思議だ。新人王になったお前が一体何をしている」

「瓦版を読んでいないか。まあ、仕えるべき主を見つけたから、だな。こいつらも同じだ」

「ルチア姫か」


 成人の儀、そして昨日の訓練場での技。

 剣技にも魔法にも優れ、芸披露では切ないほどの踊りを見せたと聞く。

 窮地に陥った伯爵令嬢を助け、おバカな親父殿を一瞬で叩きのめしたご令嬢。

 美しさと儚さと力強さを体現して、仕える者を思う心はまるで女神のよう。


「確かにもし姫が皇族であれば、近衛としてはご一家を除けば一番にお仕えしたいお方ではあるな」

「大恩あるお方のご息女だ。それ以上にお守り申し上げ、お支え申し上げたいお方でもある。言っておくが冒険者登録はそのままだぞ。いつでも元に戻れるようにとの姫のお計らいだ」


 今のところ戻る気はないと、昔馴染みは白手袋の指を優雅に組む。

 ちょっと待て。

 こいつエイヴァンはこんな色気のある仕草をするような奴だったか。

 そういえば弟分だという二人も、立ち姿や所作が美しい。

 ダルヴィマール侯爵家出身の侍女たちはどこの家でも引く手あまただが、侍従の教育にも優れているのか。

 いやいや、それにしても、こいつらの異様な強さはなんだ。

 昨日訓練場で囲んでいたのは、若手と言っても騎士学校で6年間学んだ上、入団してからも鍛錬を続けてきた二十歳以上の者たちばかりだ。

 だが、運動の授業のない王立魔法学園出身のアンシア殿さえ、彼らと互角に戦っていた。

 たった一年足らずであそこまで成長するものなのか。


「おまえ、剣は誰に師事した。よほど高名な方なのだろう」

「いや、冒険者ギルドのギルドマスターだ。姫も含めて全員あの方に師事している」


 田舎の一介のギルドマスターから ?

 

「親父殿はお前たちの剣は疾風はやて由来だと言っていた。そういう名前の冒険者に心当たりはないか」

疾風はやて ? 誰だ、それは」

「親父殿が子供時代に活躍していた人らしい。その人の剣筋とそっくりだと言っていた。特にルチア姫はよく似ていると」


 三人の侍従たちは顔を見合わせた。


「確かに、姫はギルマスに似た剣をふるわれる。まだまだその域ではないが」

「そのギルドマスターはいくつなんだ」

「40・・・50は越えていないと思う。親父さんは確か」

「今年で60だ。だから疾風はやてという冒険者が引退したのは50年ほど前ということになるな」


 とするとヒルデブランドのギルマスは、ぎりぎり疾風はやてから直接指導を受けているかもしれない。


「王都のグランドギルドであれば何か資料が残っているかもしれない。うちのギルマスにも聞いてみよう。だがヒルデブランドは遠い。返事が来るまでひと月近くかかるだろう。それは承知しておいてくれ」

「わかった。ところでこれを・・・」


 バルドリックは持ってきた箱を机におく。


「忘れていかれた短剣だ。それとリボン。親父殿が触ったものは嫌だろうから新しい物を用意した。アンシア殿に渡しておいてくれ」

「それは構わないが、俺は呼び捨てでアンシアには殿付けか」

「妻問いしているのだ。婚礼が済むまでは馴れ馴れしくできん」

「婚礼も何も、お前昨日きっぱりと断られただろう。諦めていなかったのか」


 諦められるか。

 正直ルチア姫のような方が妻であればとは思う。

 だが、心惹かれたのは姫の侍女のほうだった。

 少女らしさと苛烈な精神、主を守ろうとするその心意気。

 シジル地区出身の侍女であれば、将来の公爵夫人の座は喉から手が出るほど欲しいだろうに、自分に正直にきっぱりと断る潔さ。

 心を鷲掴みにされた。


「昨日のことは昨日のこと。何度でも膝をつく。やっと生涯を共に過ごしたいと思うご婦人ができたのだ。少しは協力しろ」

「知らん。姫はお前を敵認定された。我らは姫の思し召しに従うだけだ。アンシアに下手に近づくと、また姫に転がされるぞ」

「望むところだ。力は入れていないのにコロコロとするあれは病みつきになるぞ」

「変態」

「ロリコン」


 最後の二つは弟分たちだ。

 兄貴と似て口が悪いな。

 だが、ろりこんとはどう意味だろう。

 いい意味ではないことはわかるが。


「じゃあ俺はこれで失礼する。アンシア殿にお大事にと伝えてくれ。あと親父殿がまた近衛隊舎に顔を出せと言っていたぞ」


 見送りは結構と言って侯爵邸を後にする。

 もう少ししたら宗秩省そうちつしょうの沙汰も出るだろう。

 その前に第二大隊と第五大隊に騎士団なりの処分を下さなければ。

 ルチア姫の登城にあわせてアンシア殿にまた求婚しなければ。


 バルドリック・デ・デオ・グレイス近衛騎士団副団長は、次の日からダルヴィマール侯爵令嬢に付きまとい、見習メイドの少女に人目もはばからず求婚を繰り返した。

 公爵夫人の座を狙っていたご令嬢方は、メイド、しかもシジル地区出身の女がと始めこそ反発したものの、少女のいつまで経っても靡かない冷たい態度に腹をたて、お可哀そうな副団長様と支援団体を設立。

 アンシア包囲網を狭めていく。

 一方そんな王宮での様子は、いつしか市井しせいにも流れることになる。


「一体なにをしているんだ、あの子たちは」


 ヒルデブランドのギルマスは、毎日配達される瓦版を読んで頭を抱える。

 そこには大きな見出しでこう書かれていた。


『ルチア姫の侍女、身分違いの恋に涙する』

『ルチア姫の侍従、近衛騎士団を壊滅に追い込む』

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