第144話 たまには普通のお嬢様らしく

「ルチア様はこのところ伯爵家の夜会にばかりおでかけですのね」


 お隣の侯爵領のお嬢様が拗ねたように言う。

 今日はご近所さんを招いてのお茶会だ。

 と言ってもどのお家もかなり遠い。

 うちの敷地だけで回るのに一時間以上かかるしね。

 それと皆さん成人済みなので、私よりも年上だ。


「ひどいですわ。私もお招きしましたのに、依子でもない伯爵家となんて。それもいつもグレイス伯爵とご一緒でしょう ? 色々と噂が飛んでますわよ」


 グレイス伯爵というのは公爵子息のバルドリック様のことです。

 公爵様はたくさん爵位をお持ちで、バルドリック様が公爵になるまでは、そのうちの一つを名乗ってらっしゃるそうです。


「そうですわよ、ルチア様。ある瓦版は本当に酷いことを書いているそうですわ。侍女たちは教えてくれないのですけれど」


 それはあれだ。

 例のあの瓦版屋。

 たった一社、私の悪口を書きまくってるところだ。

 私が美形の男を侍らす悪女とか書いてるなあ。

 と、この程度なら教えてもいいと言われた。


わたくしを知らない人の書いた記事など、なんの価値もありませんわ。真実を知りたいという記者様は、直接わたくしに訊ねていらっしゃいます」

「そうね、あれはビックリしたわ」


 グレイス公爵の隣の領の公爵令嬢がクッキーを摘まんでパクリと食べる。

 私の開いた公開記者会見は貴族社会にショックを与えたらしい。

 何しろ今まで憶測で書かれていた記事が、本人の口から聞いた真実として書かれたからだ。

 あれ以来、貴族に対する取材というものが増えた。

 ちゃんと聞きに行って、断られたらそれを書いて。

 そして『真実を書く』瓦版屋が増えた。

 そりゃそうだ。

 おもしろいけれど捏造されたものよりも、面白味はないけれどきっちり取材して書かれたものを信用するし、そういった評価があれば続けて購入する。

 しかし、そんな評価はすぐには得ることは出来ない。

 心を入れ替えたけれど部数が伸びないと漏らした弱小瓦版屋には、こっそり秘策を与えておいた。

『新聞小説』である。

 書物や読み物が高く手に入りにくいこの世界。

 連載にすれば続きが読みたくて次回も買うはずだ。

 実はダルヴィマール侯爵家子飼いの瓦版屋ではもう実践している。

 タイトルはもちろん、『ルチア姫の物語』だ。

 なかなかの売り上げらしい。

 そのうちまとめて本として出版する予定だ。

 書き手はネット小説の書き手をしているベナンダンティの皆さん。

 その他ちょっと役立つ暮らしの知恵とか、簡単に出来るレシピとか、毎回載せると定期購読してくれる読者がつくのではないか、等。

 そんなアドバイスという名の『常識』を教えてあげた結果、何故か『瓦版の女神』と呼ばれるようになった。

 そして王都の住人の中で流行っているのが、記者会見でアンシアちゃんについて聞かれたときに私が言ったこの言葉。


他人ひとの恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死んでしまうという呪いがあります。皆様、不要な呪いはお避けになってくださいませね」


 今年の流行語大賞間違いなしだ。


 公爵令嬢は記事を思い出したのか、クスクス笑ってクッキーの粉を喉に詰まらせ慌ててお茶を飲む。

 それってレディーとしてどうなんだろう。


「バルドリック様の名誉の為にここだけのお話にしていただきたいんですけれど・・・」

「まあ、何かしら」

「お話下さいな、ルチア様」

「ルチア様、ぜひ伺わせてくださいませ」


 お嬢様方、食いつき気味だな。


「バルドリック様がわたくしの侍女に求婚なさっているのはご存知でしょう ?」

「ええ、もう所かまわずでしたもの」

「見たくなくても見えてしまいましたわ」


 そのワクワクした瞳はなんなんでしようね。

 私は覚悟を決めたように話し始めた。


「本人はあの連続求婚に恐怖に陥ってしまって、今は王宮に伺っても召使の控室で待機しています。それで彼女に会えなくて寂しいっておっしゃって・・・」

「グレイス伯爵が ?」

「それで、それで ? 続きをおっしゃって」


 もう井戸端会議で渋茶飲んでるおばちゃんのノリだわ。

 ポッケから飴ちゃん出しそう。


「その、わたくしが外出すれば彼女もついてくるでしょう ? それで顔だけでも見たいとおっしゃって、依子貴族の夜会に誘ってくださってるんです。もちろんその間は話しかけない、求婚はしないとお約束していただいています。伯爵家の夜会ばかりなのは、上位貴族の夜会では侍女が怯えてしまうからですわ」


 お嬢様方は顔を見合わせて黙ってしまわれた。


養母ははからも叱られていますの。自領の依子貴族を大切にしなくてはいけないと。わたくしも同じように感じておりますし、もっとたくさんの方にお会いしたいのです。皆様方から学ばせていただきたいこともありますし。でも、バルドリック様のお寂しそうなお顔を見てしまうと、お断りするのもお気の毒で、もう、どうしたらよろしいのか・・・」


 扇で口元を隠して、悲し気なため息をつく。


「そ、それで、侍女はなんと言っているのですか ?」

「身分が違いすぎると。たとえ養女になったとしても、自分の出自はごまかせない。それに色恋沙汰よりも、今は侍女として早く一人前になりたいと言っております。正直、そちらの仕事に邁進まいしんしたいとのことで困っているようです」

「思うようにはいかないものね」


 ゴール男爵令嬢との繋ぎはついた。

 彼女は刺繍が趣味だそうで、ディードリッヒ兄様の作品にとても興味を持っている。

 いつか見せに伺う約束はしている。

 そろそろ引き時だろう。

 各伯爵邸に出入りしている人たちのデータも取った。

 今度は上位貴族の方に繋ぎを作らなければいけない。


「実はバルドリック様もわたくしを連れまわしたことを反省して、これからはあまり誘わないとおっしゃっています。今さらですけれど、皆様、仲良くしていただけますか ?」

「もちろんですわ、ルチア様」

「私の方こそ仲良くしていただきたいわ」


 お嬢様方は口々に言って下さる。

 ご帰宅されたらバルドリック様の下りをご家族に説明するだろう。

 ここだけの話として。

 そして今日の夜会で扇の陰で小さな声で話すのだ。

 私たちだけの秘密として。

 バルドリック様はメイド見習に首ったけの、だけど顔を見るだけで満足という少年のような純真な心の持ち主に。

 アンシアちゃんは身分違いの想いに応えられない、その気持ちを抑えて慣れない仕事に頑張る侍女見習。

 私はそんな彼らの恋を陰ながら応援する女主人。

 明後日の瓦版はそんな感じの記事が踊ることだろう。

 めでたしめでたし。



 今日は全員揃って王都のグランドギルドへ来ている。

 訓練所の中にいるよりも依頼を受けて実践しようということだ。

 ただしアンシアちゃんは抜き。

 彼女は今や有名人なので、今日はシジル地区の方へ行ってもらっている。

 ここで冒険者をしているのがバレたらちと困る。

 ギギッと重い扉を開ける。

 私はこの建物に入るのは初めてだ。

 総会は王都の公会堂を借りて開かれていたから。

 ちょっとドキドキしながら中に入る。

 私たち四人が広いホールに現れると、ザワッと人々が注目する。

 案内人のお姉さんたちもこっちを見ている。

 だよねえ。

 兄様たちもアルもカッコいいもん。

 執事服姿もストイックな感じが素敵なんだけど、冒険者の姿もワイルドでいいんだ。

 私の自慢の仲間だ。

 

「白銀の魔女・・・」

「二代目だ、二代目が来た」


 ホールのあちこちから『二代目』と言う声が聞こえてくる。

 何だろう、二代目って。


「白銀の魔女の一味だ」

「あれが『ルーと愉快な仲間たち』か」


 いや、『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』だし。

『 ( 仮 ) 』外されてるし。

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