第133話 ステンドグラスクッキーはきれいなだけじゃなく美味しいのです
春の大夜会の翌朝。
お方様は夜会の翌日はお昼前まで起きてこないらしい。
そうだよね。
物凄く気を遣うもん、あれ。
きっとお疲れなんだと思う。
御前は王宮にお泊りらしく、朝食は一人でいただく。
今日は洋食の日だ。
私は昨日の疲れがあって、あまり大量には入らない。
サラダ、ソーセージ、スープと食パンを半分だけもらう。
昨日は帰宅した後も作戦会議があった。
まずハンカチをわけてもらった伯爵家のお嬢さん方へのお礼。
私が午前中にクッキーを焼き、ディードリッヒ兄様の刺しゅう入りのハンカチと共に届けてもらうことにする。
次は楽師の皆さんへのご挨拶。
皇帝陛下の御命令とはいえ、プロの方を差し置いて演奏したことへのお詫び。
こちらもクッキーと少し良いワインを数本。
槍をかりた衛兵様の隊にもワインを届けておく。
王都ではヒルデブランド産の日本酒よりワインの方が安いそうだ。
日本酒は特産と言うことでかなりお高めらしい。
これらのご挨拶は、午後になったら兄様たちとアルに回ってもらうことにする。
さすがに見習が使者にたつのはどうかということで、アンシアちゃんはお留守番。
近衛騎士団には日を改めて、私が向かうことにした。
余興に関わった騎士様を牢屋に入れてしまったからね。
これは本人が謝るのが筋だと思う。
クッキーを焼く。
こちらのご令嬢もクッキーは焼くらしい。
だけど本当に簡単なものらしく、不味くはないが普通のものだという。
私はいつも作り慣れているものを作る。
アイスボックスクッキーだ。
焼く前に凍らせる物なので、
だっておやつ代ってばかにならないんだもの。
経費節約です。買うよりも作ったほうがお安い。
市松模様にするプレーンとココア味の生地に、サクサクになるようココナッツを混ぜる。
もちろんお取り寄せだ。
ストッパーのギルマスがいないから、結構好き勝手させてもらってる。
そしてご令嬢方にだけ特別にステンドグラスクッキーを作る。
大小の型抜きを駆使して、可愛らしい物に仕上げた。
ステンドグラス部分の飴は、アンシアちゃんからラスさんの棒付きキャンデーを提供してもらった。
なんとアンシアちゃんは一度も棒付きキャンデーを使わなかったのだ。
私なんか使いまくって自分の分も残さなかったのに。
やっぱり頑張り屋さんだ、アンシアちゃんは。
どのクッキーもたくさん作って、余ったものは家族の分だけよけて、後はお屋敷の皆さんに召し上がっていただくことにする。
喜んでいただけるかな。
そういえば、『お取り寄せ』したバイオリンはヴィノさんに差し上げた。
受け取れないと固辞されたけど、ヴィノさん以外に弾ける人がいないのだ。
春の大夜会で有名になった分、騎士団以外の仕事が増えるのではないかとちょっと心配だ。
多分ヴィノさんは
無理に演奏させないよう、御前とお方様にはお願いしておかなくては。
焼きあがったクッキーを冷やしている間に、庭師のおじいさんに手伝ってもらって花束を作る。
小ぶりの籠にハンカチとクッキー、花束を入れて完成だ。
小さなメッセージカードもつけて、兄様たち、感謝の気持ちを届けてくださいね。
◎
さる伯爵家。
大夜会の翌日だというのに、親しい友人を招いて茶会が開かれている。
話題はもちろん、宰相の新しい娘のことだ。
「とにかくあのお衣装のすばらしいこと。ジロジロ見るのははしたないとは思ったのですけれど、どうしても目がいってしまって。皇后陛下から下賜されるなんて、どういったお家柄なのでしょう。もちろん気品あふれる方ではありますけれど」
「銀を糸にして刺繍するなんて、聞いたことがありませんでしたわ。それもあんなに一面に」
「金の糸を使ったという二番目のお衣装も素晴らしいものでしたわね」
やはりご婦人の話題はおしゃれについてが多い。しかし値段についてはさり気なくスルーする。やはり品のないことだからだ。
とはいえ知りたくてしょうがなかったのは事実なので、「申してみよ」という陛下の一言は嬉しかった。
最も陛下もそんな貴婦人たちの気持ちが分かったうえで仰ったのかも知れなかったが。
そしてさすが侯爵家。
平民なら十年以上楽に暮らしていける金額をポンと出せるとは。
一方、成人したことでやっと
「なんだかいろいろな意味で負けた気にしかならないのよ」
「そうね、私もよ。もう相手にすらならないっていうか、手の届かない方だわ」
「それに、ね、ご覧になったでしょう ? 付いていた侍従の手先の器用なこと」
「それよ、それ。びっくりしたわ、ただのハンカチがあっと言う間にバラの花になって」
娘たちが盛り上がっているところに、その家の執事が侍女を伴ってやってきた。
「失礼いたします。ただいまお嬢様に贈り物が届けられました」
「贈り物 ? 成人のお祝いかしら」
伯爵夫人が娘たちを呼ぶ。
「こちらはザヴェリオ伯爵家のお嬢様からでございます。なんでも
侍女がきれいにラッピングされた小箱を差し出す。
箱の中にはハンカチと焼き菓子が入っていた。
「まあ、私、ハンカチを一枚お譲りしただけですのに」
「ザヴェリオ伯爵様のお嬢様も、きっと本当に助かったとお思いなのよ。でも、何があったのかしら」
娘たちはお話しても良いのかしらと顔を見合わせたが、侯爵令嬢の後でわかった方が楽しいという言葉を思い出して、微に入り細に入り説明する。
「まあ、そんなことが」
「そう言えば口上の時とドレスが少し違っていましたわね。お着換えされたのかと思いましたのに、そんなことがあったなんて」
執事が侍女にもう一つの贈り物をテーブルに置くように言う。
「こちらはダルヴィマール侯爵令嬢からの物でございます。やはり
テーブルに置かれた小さな籠。小ぶりな花束と包みが入っている。
そして花を模したハンカチが二枚。
取り出してみると、ハンカチには細かい刺繍とともに、伯爵令嬢の名前が刺されている。
そして包みをあけると宝石のような可愛らしいクッキーが現れた。
「まあ、なんて美しい」
「食べるのがもったいないわ。どんな作り方をしているのかしら」
メッセージカードにはまたお会いしたいと書かれている。
「これを持ってきたのは侯爵様の召使かしら」
「赤毛の長髪の青年でした」
あのハンカチからバラの花を作り出した侍従だ。
「お母様、成年のお祝い、ルチア姫をお呼びしてもよろしいでしょうか。とても素敵な方で、もう一度お話したいの」
「伯爵家の我が家に来て下さるとは思えないけれど、招待状はお届けしておきましょうか。まずはお礼状をお出ししなさい。出来るだけ早くね」
格下の貴族の、まして依子でもない家に来て下さるとは思えない。
それでも礼儀上お呼びするのが筋というものだ。
来ていただければなお結構。
「あ、もしかしたら私のお家にも届いているかしら」
「そうだわ。私もハンカチを差し上げたわ。どうしましょう。なんだか楽しみだわ」
贈り物を前にしてはしゃぐ娘たちは、ちょっとだけ頭に浮かんだ疑問をすっかり忘れ去っていた。
私たち、自己紹介していたかしら ?
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