第134話 報道の自由と知る権利

 午後。

 お方様がやっと起きてこられて、ご一緒にお茶をしながら昨日の報告をする。


「グレイス公爵様にも困ったものね。昔からお茶目な方だったけど、いきなり手刀を振りかざすなんて」


 お方様はあの現場を遠くで見ていたらしいが、貴族たるもの慌てず騒がずで、あらまあ、また何かやってるわ、オホホホホと何事もなかったかのように流していたらしい。

 グレイス公爵の奇行はよく知られているらしく、多少痛い目にあっても自業自得で済まされるのだとか。

 今回は親子そろって転がされたあげく足蹴にされたわけだが、上位貴族の間ではいつものこととそれほど問題にはならなかった。

 それよりも主の危機に即座に動いた侍従たちの反応に称賛の声が上がったとか。


「公爵家からはそのうち何某なにがしかのお詫びがあるでしょう。それとザヴェリオ伯爵のお嬢さんをお助け出来たのはよかったわ。一世一代の場ですもの。出られなければ悲しい思いをしたでしょうね。ちゃんと出られて重畳。ご協力くださった他のお嬢さん方への贈り物もよく気が付いたわね。この手作りクッキーは点数が高いわよ」

「恐れ入ります、お母様」


 ステンドグラスクッキーを一口食べてお茶をいただく。


「ラスさんの棒付きキャンデーの味だわ。懐かしい・・・」

「アンシアちゃん提供です。あと作り方はアル・・・カジマヤー君が知っていますから、こちらで作れないか聞いてみましょうか ?」


 そうねえ、お願いしようかしら、とお方様はアイスボックスクッキーを摘まむ。


「そうそう、多分明日になると思うけど、宗秩省そうちつしょうから人が来ると思うわよ。お出かけはしないようにね」

宗秩省そうちつしょうですか ? 確か貴族のおまわりさんみたいな役所でしたか」


 私、何か失敗したかな。やっぱり公爵様を投げ飛ばしたのはまずかったかな。


「そうではないのよ。昨夜の報告ね。一部貴族の方々の言動があまりに酷かったので問題になったの。今頃各ご家庭に職員が出向いているはずよ」


 あなたに関することだから、何を話題にされてどんな処罰が下ったか教えてくれるわ、とお方様が笑う。

 ラノベとかでは貴族って好き勝手してるみたいに書かれてるけど、現実はそんなに甘くなく、日頃の素行はもちろん、悪口も度が過ぎれば注意がいくそうだ。

 そんなわけで悪役令嬢は存在しない。

 嫌がらせだのがバレたら即座に呼び出されて、きついお小言を延々と聞かされるんだとか。

 ちなみに宗秩省そうちつしょうに呼び出された時点で、社交界では距離を置かれるそうだ。

 おっかない。


「相手がだれであれ、社交の席で悪し様に言うなどしてはならないことなのよ。それ以前に話題にするなら明るいものにすべきです。下品なもの、人を陥れるもの、宗教や政治の話はしてはいけません。どなたかの話をするならその方を褒めるのですよ」


 知り合った方々の良い所を、必ず一つ二つ見つけなさい。しっかり観察すればわかるはずです。

 と言うお方様のレクチャーにウンウンと頷いて心にメモする。

 しばらくするとお屋敷の扉が何度も開かれるのに気が付いた。



「ルーはがんばっているようだね」


 集まった侍従姿の三人にお茶を出し、ギルマスは自分もティーカップを持ってダイニングテーブルに座る。


「昨日のことはもう瓦版が売り出されているよ。何社かあるから一部づつ持って行きなさい」

「早いですね。昨夜の今日ですよ」


 十枚近くの瓦版の入った封筒を渡され、三人はそれぞれに目を通す。


「大夜会は春、夏、そして仕舞いのと年に三回あるんだが、下手な噂を流されないよう大手のところの記者を入れておくんだ。もちろん記事の内容はあらかじめ検閲が入るがね」


 瓦版はイラスト入りの物も何枚か混ざっている。

 ほとんどがご令嬢たちについての簡単なものだ。

 名前と披露したもの、ドレスのデザインなどだ。

 後はティアラの栄冠をルーが賜ったこと。踊りの伴奏に母国の楽器が使われたこと。

 グレイス公爵の件はどこにも書かれていなかった。

 

「ところでルーは午前中クッキーを焼いたかい」

「はい。僕たちはそのクッキーを持ってご挨拶に行ってきたところですが、ギルマス、何故それを ?」


 ギルマスは瓦版の中から一枚を取り出して見せる。


「読んでごらん」


『とても美しいと噂の某侯爵の養女だが、当社の記者が目にしたのは筋肉粒々とした娘だった。高価な衣装を着ていても、その言動は下品で立ち居振る舞いは洗練されているとは言えない。これならシジル地区の女のほうがましではないか。これほどかけ離れた容姿を正々堂々と絶世の美少女と書くとは、大手の瓦版屋は侯爵家からいくらかもらっているのではないだろうか。今日は召使に媚びを売ろうと朝からクッキーを焼いたそうだが、その味は恐ろしいもので、受け取った召使たちはこっそり捨てたそうだ』


 そこまで読んだのを確認して、ギルマスはその瓦版を取り上げる。

 ここから先はアルに読ませる訳にはいかない。


「なんですか、これは !」

「見ての通りだよ。悪意の塊だね。某と書いて名指しにはしていないが、ここ十年ほどで侯爵で養女を取った家はダルヴィマール侯爵家だけだ。読んだ人間はルーのことだと信じ込むだろう」


 三人は顔を見合わせた。

 正直言って気分の良いものではない。


「ですが、問題はそこではありませんね、ギルマス」


 ディードリッヒが瓦版をしまいながら訊ねる。


「ああ、なぜルーがクッキーを焼いたことを知っていたのか。これが出たのはつい先程だ」

「・・・屋敷の中にルーのことを話した者がいる、ですね」

「もちろん出入りの業者がということもありえるよ。屋敷の者を疑うのはまだ早い」


 クッキーを焼く匂いはかなり強い。

 いい匂いですねと聞かれて、お嬢様がクッキーを焼いていると答えた者がいたかもしれない。

 金をもらってそれを記者に売ったかもしれない。


「とにかく御前かお方様に報告しておいておくれ。ご老公様には内緒で頼む」

「ナイショですか」


 ルー大好きのご老公様のことだから、下手すると暴走して何をするかわからない。


「あの方ならしそうですね」

「特に今、ダルヴィマール騎士団の重鎮がルーを随分可愛がっていると聞く。おじい様ポジションを取られまいと必死だろう。ルーは稀代のじい様ころがしだからね」


 王都に来てからルーの二つ名が増えた。

『騎士たらし』とか『槍持つ乙女』とか。

 それに『じい様ころがし』を追加するのか、ギルマス。


「まさかと思いますが、ギルマスもころがされてますか」

「そう見えるかい、アル」


 ギルマスがニヤっと笑うと、アルはムッとした顔をする。


「他のギルドでは、ルーは私の愛人だと思われていたそうだよ」


 アルの顔がえ゛っと泣きそうに崩れる。


「ギルマス、揶揄からかうのはその辺にしてやってください」

「このところ忙しくて全然ルーと話せていないんですから」

「アハハ、相変わらずかわいいなあ、アルは。安心しなさい。そう言った輩にはルーがちゃんと制裁したから。浮遊魔法に磨きがかかってなかったかい」


 おかげで『白銀の魔女』の二つ名をもらったよと笑うギルマスは、真っ赤になって頷くアルにあちら現実世界では普通に会えるんだからもう少し我慢しなさいと励ました。

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