第131話 さて、お着物のお値段は ? ぼったくり上等 !

 振り向くと恰幅の良いというかお腹がぽっこり出た、やたら豪華な服を着た男が立っていた。

 指には大きな石がついた指輪がいくつもはまっており、赤らんだ顔は宴が始まって間もないというのにもう酔いが回っていると見える。


「どなたですか」

「確かどこかの成金男爵ですよ。父親が篤志家でその縁で男爵に叙されたのですが、息子の方はご覧の通りです」 

 

 グレイス副団長が小声で教えてくれる。

 知り合いではないと言う。

 なのに何を馴れ馴れしく話しかけてくるのだろう。

 下位の者が紹介もされていない高位の者に話しかけるなど、ありえない。

 グレイス副団長は侯爵より上の公爵家筋だから、下位の私に話しかけるのは全然問題ないのだが。


「美しい衣装ですなあ。娘に着せてやりたいようなドレスですな」


 無視する。

 

「私の娘も親に似ずかわいい子でしてな。きっとそのドレスがよく似合うのではないかと思うのですよ」


 無視する。

 近くにいる人たちが不穏な雰囲気に気づいたのか、少しずつこちらに近づいてくる。

 兄様たちがさりげなく男爵との間に入り、私をグレイス副団長の向こう側に誘導する。


「いかがですかな。今日の大夜会が終わりましたら、そのドレスを譲っていただけませんかな」


 無視する。

 こいつ、ウザい。


「金に糸目は付けませんぞ」


 こいつもひっくり返してやろうか、と思った時、背後からさわやかな声が聞こえてきた。


「金に糸目を、か。面白い。では、一体どのくらい支払うのかな。教えてもらおうか、ゴール男爵」


 振り向くとそこに皇帝、皇后両陛下がいらした。

 慌てて、でもそんな様子は見せずに頭を下げて脇に寄る。

 

「私も知りたいわ。教えて欲しいわ」


 お方様と同じ年頃と思しき皇后陛下は、とても可愛らしい方で無邪気な笑顔を男爵に向ける。


「この様な席で金の話は不作法。だが、ぜひとも聞きたいな」

「ええ、ご存知なのはどなた ?」


 お方様もご老公様もご存知ないはずだ。

 エイヴァン兄様が前に出て頭を下げる。

 するといつの間に近くに来たのか、御前が兄様を手で示す。


「この者からご説明申し上げさせてもよろしいでしょうか」

「許す。嘘偽りのない金額を申せ」


 ディードリッヒ兄様が私の色打掛を脱がす。

 真っ白な着物と蝶文庫に結ばれた帯が現れると、周囲から「まあ、すてき !」「可愛らしいサッシュだわ」と感嘆の声があがる。

 これはエイヴァン兄様が着つけてくれたもの。

 男の人に着せてもらうなんてって最初は思ったんだけど、京都の舞子さんも着崩れないように専門の男の人が力技で着つけるんだって。

 エイヴァン兄様がコホンと陛下に目礼をする。


「まず、この帯、サッシュから参りましょう。こちらは一すじ1200でございます」


 え、安もの? という声がヒソヒソと聞こえる。


「失礼いたしました。単位を忘れておりました。こちらは1200万円でございます」


 男爵が目を見開いて驚きの表情を見せる。


「こちらのドレスが振袖と申します。こちらは一枚2800万円でございます」


 周囲がざわめきだす。


「そして先ほどのマント、打掛と申しますが、あちらは2600万円。こちらの色打掛は3300万円いたします」

「な、なんて値段なんだ」「信じられない、そんな高価な物があるなんて」


 下位貴族たちの顔色が変わる。


「そしてこのドレスは専用の小物がなければ着られません。そちらは400万円。合わせて一着7400万円でございます」


 鏡の間が静まり返った。


「信じられないな。なぜそれだけの高額になるのか教えてもらえるかね ?」


 エイヴァン兄様が皇帝陛下に言われて振袖の袖を見せる。


「まずは布ですが、正絹しょうけん、それも希少な小石丸という種類でございます。こちらの布は生国しょうごくの皇后陛下が手ずからお育て遊ばした蚕の糸から織られ、儀式用に下賜されたものでございます」


 ウソです。

 私が和服の展示販売会へ行って、手で触れて当ててもらった反物を『お取り寄せ』したんです。

 ちなみに連れて行ってくれたのはアルのお母様です。


「全面に刺繍がされておりますが、糸は全て銀糸でございます」

「銀色の糸かね ?」

「いえ、銀を溶かして細い糸状にしたものでございます」


 これもウソです。

 銀糸に見えるまがい物です。

 エイヴァン兄様、口からでまかせ、お上手です。


「こちらの色打掛は、さらに金を糸状にしたものが使われておりますので、一回り高額になります」


 ゴール男爵とやらの顔が白くなっている。

 酔いは当の昔に覚めているようだ。


「なぜこのような高額のものをとお思いでしょうが、こちらは主の婚礼衣装。これより代々母から娘へと受け継がれていくものです。たとえば私の母は、300年前の祖先の物をまとって嫁入りしてまいりました。長い目で見れば決して無駄遣いをしているわけではございません」


 ディードリッヒ兄様が色打掛を着せかけてくれる。


「ん ? そのサッシュに挟んでいるのは何かね ? 扇ではないようだが」


 エイヴァン兄様に目で合図され、私は袋に入ったそれを出して見せる。

 剥き身になったそれを見た人たちがどよめきをあげる。


「なんと、短剣かっ !」

「懐剣と申します。トヨアシハラノフソウ国の貴族の女性の嗜みです」


 私は教えられた通りに説明する。


「一朝、事あらば、皇帝を守り、家族を守り、己を守る。そして生き恥をさらすくらいなら、誇りを持って喉をかき切り名誉を守れ、と言い聞かされて育ちました」

「トヨアシハラノフソウ国の貴族のご婦人は、幼いころから自害の作法を教わるのです。ただいまは身分制度こそ撤廃されておりますが、その為来しきたりは今も脈々と受け継がれております」


 鏡の間が静寂に包まれる。

 しまった。

 やりすぎたかも、

 と、ピアノのメロディーが流れてきた。

 アルだ。

 この曲、知ってる。

 確かピアノの貴公子って呼ばれている人のものだ。

 とてもきれいで優しい。

 人々がアルのピアノの近くに集まる。

 ヴィノさんがバイオリンの準備をしている。

 次は何を聞かせてくれるのだろう。

 気が付いたらゴール男爵は消えていた。

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