第130話 芸披露の間で

「美しい踊りであった。胸を張ってこのティアラを受け取りなさい」


 侯爵令嬢の頭に、皇帝自らの手で繊細な細工の美しいティアラが乗せられる。

 万来の拍手に礼で応える令嬢。

 そのわきには近侍たちが控えている。


 侯爵令嬢の芸披露。

 夢のような一時だった。

 見たことのない楽器から奏でられる妙なる音。

 そして水面を渡るかのような令嬢の踊り。

 近衛騎士団長が涙を流していた。

 そして何人もの貴族の方々が。

 胸が詰まるような、息をするのも憚られるような時間。

 今まで感じたことのない感情。

 それが、全てだった。


「楽師でないにも関わらず、その演奏は一流と言っても過言ではない。後ほどの夜会でもう一曲聞かせてはもらえまいか」


 青いシャツに白いサーコートの青年騎士が頭を下げる。


「近侍のものたちも、先程の捕縛劇は楽しませてくれた。もうわかっていると思うが、あれは毎年恒例の余興だ。主従の絆とその資質が試されるのであるが、下手に騒がす主の力量を信じたその心、見事である」


 侍従たちが黙って頭を下げる。


「そして、見習メイドの少女よ。前へ」


 え、あたし ?

 少女が驚いた表情で隣の青年侍従を見上げるが、主の手招きでその横に立つ。


「ああ、跪かなくてもいい。目のやり場に困るのでね。さて、まずは謝罪をしておこう。すまなかったな」


 皇帝が少女に頭を下げる。

 披露の間にざわめきが起こる。


「王立魔法学園を首席で卒業したそなたは、魔法師団に入団する権利があった。にもかかわらず出身だけでそれを拒否されたのは、決してあってはならないことだ。もし望むのならば今からでも入団することが出来るが、どうだ ?」

「直答を許す。お応え申し上げるように」


 隣にたつ宰相に促され、少女がおずおずと口を開く。


「有難いことですが、あたしは魔法師団に入る気はありません」

「おや、それはなぜだね」

「もっと大切なもの・・・仕えるべき主に出会いましたから」


 少女はきっぱりと言った。

 隣に立つその主は嬉しそうに破顔一笑する。


「そうか・・・。しかし、その魔法の才能を捨て置くのは惜しい」

「あたしの才能など、主に比べればないも同然です。捨てておいていただいて全然問題はありません」

「ぷっ !」


 皇帝の隣に座る皇后が、扇で顔を隠し笑いを堪えている。

 皇帝も苦笑いで皇后を窘める。


「わかった。では大切な主に誠心誠意仕えるがいい。だが、それではこちらの気がすまん。もう一つ褒美を与えよう。ご息女よ、何か望みはあるか」

「両陛下から頂きます温かい思し召しこそが、わたくしどものなによりの誉れでございます」


 令嬢がしとやかに辞退する。


「欲のないことだ。ではこうしよう。王宮内では侍従は別室に待機して、主に付き従うことはできない。しかし、今ここに並ぶそなたの近侍たちだけは、近くに侍ることを許そう」


 おおっと参列者の間から声が上がる。


「では、『槍持つ乙女』よ。もう一曲踊りを見せてくれるかな。前とは別の趣のものがいい」


 ダルヴィマール侯爵家の一行は万雷の拍手に美しい礼で応えるのだった。



 兄様たちの手伝ってもらって元の振袖に着替える。

 白の打掛は汚れてしまったということで、急きょ色打掛に変更する。

 汚れ自体は魔法で綺麗にできるのだが、せっかく持ってきたのだからと着せてもらった。

 白地に金糸銀糸をふんだんに使って花模様を刺繍してある。

 ところどころにピンクに染めた絹糸で小花がちりばめられた、これまたディードリッヒ兄様の力作だ。

 能ある鷹は何とやらっていうけれど、兄様たちの隠れた才能に脱帽だ。

 なんでもエイヴァン兄様はおばあ様が和裁の仕立てをしていて、見様見真似で覚えたんだって。

 ディードリッヒ兄様の方はやはりおばあ様が日本刺繡を趣味にしていて、老眼が進んで仕上げられなくなった作品を手伝っていたからだって言ってた。

 ちゃんと手に職あるのって凄い。

 

 春の大夜会の開かれている鏡の間は、すでに宴たけなわの様子で、明るい音楽とにぎやかなおしゃべりに包まれている。

 決められているわけではないのだろうが、入り口近くは低位貴族たちが集まり、高位の貴族は奥のほうにいる。

 ご老公様が私に気が付いて手をあげて合図をしてくれる。

 そちらに行こうと室内に一歩足を踏み入れると、それまで笑いあっていた人々がおしゃべりを止め横に避けていく。

 映画『十戒』のようだとおかしくなる。

 どうも下位貴族の皆さんは私のことが気に食わないようだ。

 でも別に構わない。

 よほどのことがなければ、侯爵家の私が子爵、男爵という方々とはお付き合いすることはないのだ。

 面白いので無視しておく。


「ルチアちゃん、お疲れ様。ティアラ、とてもよく似合っているわ」

「お母様のご指導のお陰です。なんとか形にすることが出来ました」


 あなたも頑張ったからよとお方様が、次々と知り合いの貴族の方々を紹介して下さる。

 侯爵家の方が多いが、たまに伯爵家の方もいらした。

 が、とにかく人数が多い。覚えきれない。写真と名前が一致しない。

 と、いうわけで、録画機能、オンっ !

 横にいたエイヴァン兄様が、また何かやらかしたなという顔をする。

 ええ、やらかしましたが、なにか ?

 その時入り口付近で若い女性たちの歓声が上がった。


「近衛騎士団の方々だわ。あなたたちに牢屋に入れられた」


 お方様がおもしろそうに扇子でそちらを指す。

 あちらも気が付いたようで、集まってきたご令嬢方に手を振りながらこちらに近づいてくる。


「ごきげんよう。先ほどは色々とお世話になりました。グレイス公爵家の三男でバルドリックと申します。近衛騎士団の副団長を務めております」

「ダルヴィマール侯爵家のルチアと申します。先ほどとお顔が違うようですけれど」


 確か髭面で髪ボサボサだったような気がするけれど。

 私の不思議そうな顔に副団長様は困ったように笑う。


「一応変装だったのですが。付けひげと鬘ですよ。気づかれない自信はあったのですが、姫の側仕えにはすぐに見破られてしまいました」


 来年はもう少し凝った変装にしないと、笑いながら他の騎士様を紹介してくれる。

 全員伯爵家以上の家格で、近衛というだけあって外見はかなりいい。

 残念ながら兄様たちには負けるけど。


「素晴らしい腕前でした。あれはどういう剣術ですか。槍術ではありませんね」

「長刀と言って故郷では女性用の武器なのです。敵に近寄ることなく戦うことができるので、嗜みとして覚えました」

「副団長殿が急に転がったのは・・・」

「合気道という護身術です。相手の力を利用する武術で、女性でも力を使うことなく身を守れるのです」


 しばしその話題で盛り上がっていると、グレイス副団長様は私の衣装が変わっているのに気が付いた。


「先ほどは姫のお衣装をひどく汚してしまい、申し訳ありません。できれば同じ物をお贈りしたいのですが・・・」

「どうぞお気遣いなく。手入れをすれば元通りです」

「しかし・・・」


 弁償したい、いえいえお気になさらずというやり取りをしていたら、酒臭い臭いとともに野太い声が聞こえてきた。


「はっはっはっ。グレイス公爵家がドレスの一枚も受け取ってもらえないのですか」


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