第128話 とりあえず後始末
「ハーッハッハッ、楽しい出し物であったっ!」
令嬢一行が退室した後、玉座の皇帝は膝を叩いて爆笑した。
控える宰相はいつも通りの無表情。
立ち並ぶ貴族たちはと言うと、どんな反応をしていいのか迷っている。
「宰相、君の新しい
「恐れ入ります」
金色の髪の宰相は軽く頭を下げる。
「剣の腕、魔法の力。どれをとっても素晴らしい。芸披露では何を見せてくれるのかな。剣舞か、魔法か」
「ご期待を裏切らないことは間違いございません」
さらっと娘自慢をする宰相。
「それでは皆、次の会場に移動しようではないか。
皇帝夫妻と宰相が退出する。
係の者が新成人たちを控えの間へと連れて行く。
謁見の間はやっとざわめき始めた。
「なんでしょう、あのカーテシーは。地べたに這いずりまわって見苦しい」
「名乗りも不十分ですわね。あれでは爵位がわかりませんわ」
「よろしくお願いいたしますもおっしゃらなかったわ」
「それになんでしょう、存じよりませずとは。よくわからないけど、とでもおっしゃりたかったのかしら」
美味しい所を全部持って行かれた低位貴族の親たちが、面白くなさそうにあら捜しをしている。
なんといっても成人の儀は出会いの場でもある。
娘をなんとか高位貴族に嫁がせなければならない。
しかし、あれでは我が家の娘が目立たないではないか。
一方伯爵家の者たちも面白くはなかった。
本来自分たちの娘が筆頭成人令嬢となるはずだった。
それが突然の養女の出現。
しかしあまりに鮮やかなあの場の振舞いに、文句をつけようにもつけられない。
低位貴族のようにグチグチと悪口を言うなど出来はしない。
彼らはわかっているのだろうか。
養女だろうが何だろうが、彼女は侯爵家、宰相の娘だ。
遥か下の者たちがそれに文句をつけるなど、とんでもないことなのだ。
「いや、すばらしい口上じゃった !」
老人の声に人々の目が集まる。
少年時代の皇帝の家庭教師をしていた者だ。
「名前を言うしかないご令嬢と違って、しっかりとした古式ゆかしい口上であったよ」
「ローエンド師、ご説明いただけますか」
近くにいた若い青年が老師に訊ねた。
「うむ、他のご令嬢のあいさつはこうだったな」
ナントカ爵の娘、カントカでございます。よろしくお願いいたします。
娘のところは『長女』だったり、『一子』だったり、『息女』だったりする。
「まず両陛下のご健康をお祝いし、自分の名を略することなく申し上げ、この日を迎えたことに感謝の意をあらわす。無駄のない口上じゃ」
「しかし、よろしくお願いいたしますの一言がありませんでしたよ」
「何を言う。ここは陛下にご挨拶し、お礼を申し上げる場じゃ。自分を売り込んでなんとする」
なんと品のないことよと老人は笑う。
「あの、存じよりませずというのはどういう意味と捉えたらよろしいのですか、先生」
低位貴族ながら師の
「知る、知らない、わからないということではない。あれは『思いもかけず』という意味で使われているのう。遠くの大陸から逃れてきた自分が、不思議な
「なるほど。それではあの、なんと仰っていたかよく聞き取れなかったのですが、あの」
『かまびすしい』
聞いたことのない言葉だったと思う。
「古い言葉じゃ。まさか今ここで聞くとは儂も思わなんだ。あれはの」
うるさい、黙れ。
「と、まあそんな感じの言葉じゃな」
「内容はともかく、雅やかな響きですね」
「そうじゃろう ? 近頃は言葉の意味を間違って使う若者が多い。これを機に学びなおすのもよかろう。まったく、自分のことを息女など、よく恥ずかし気もなく言えるものじゃ」
自分をどれだけ偉い人間だと思っておるのか。
ブツクサ言いながら生徒たちに囲まれ、老師は次の芸披露の間に移動していく。
残された低位貴族の者たちは、自分たちの物知らずが露呈され赤面するのだった。
◎
大扉の前の配置で召使への案内係。
たった一言を言えばお役御免のはずだった。
それが持っていた槍を取り上げられ、こともあろうにその槍で・・・。
お飾りとは言え、自分の武器を奪われた罪は重い。
自分の衛兵人生、積んだ。
「衛兵様」
はっと気が付くと、
「衛兵様、槍をお貸し下さりありがとうございました」
「は、はいっ !」
差し出された槍を受け取る。
ご令嬢がにっこり微笑む。
「牢まで案内していただいても ?」
「はいっ ! ご案内いたします !」
衛兵様なんて今まで呼ばれたことがない。
貴族の連中が自分たちを呼ぶときは、そこの、とか、ちょっと、とかだ。
もしくはその辺の彫像扱い。
こんなに丁寧に話しかけられたことはない。
なんだか宙に浮いているお方が案内するな、バカと口をパクパクしているが、この際無視しよう。
ご令嬢のお願いのほうを優先しなければ。
嬉々として御一行を案内する。
休憩時間に仲間に自慢しよう。
家族にも手紙を書こう。
彼は舞い上がっていた。
◎
そこは暗くじめじめした臭い汚い牢屋・・・ではなく、さっぱりとして清潔な地下牢。
微かに花の香もする。
「また面白い魔法を使うな」
仲間たちはまだ気を失ったままだ。
半地下の牢に一歩踏み込んだとたん、令嬢の侍従たちは魔法を使った。
「このような場所にお嬢様が立ち入られるなど、我慢できません」
問答無用で牢に入れられ拘束を解かれる。
わざわざ街の古着屋で買った薄汚い服は、さきほどの魔法で汚れも臭いも消えている。
「それでは沙汰があるまでこちらで大人しくしていてくださいましね」
「沙汰とは ?」
「現政権に不満があっての行動でしょうが、皇帝陛下の前で騒ぎを起こしてそのままという訳はないでしょう ? 被害はなかったのですから、多少のご厚情はいただけると思いますよ」
はあっ ?
まさか、このお嬢さんは俺が本当の不穏分子だと思っているのか ?
「お嬢様、彼はグレイス公爵の三男坊で、近衛騎士団の副団長ですよ」
黒髪の侍従がフンっと鼻を鳴らして吐き捨てる。
「近衛騎士団・・・なのに皇帝陛下の御代を崩そうとしているのですか」
「いや、そうではなくて、ですね」
「一番に帝室の皆様をお守り申し上げねばならない近衛が、こともあろうに陛下に反旗を翻すとは、捨て置けませんね」
「ですから、これは違うんですっ ! 毎年の恒例行事なんですよ、お嬢さん !」
高位貴族令嬢の
納得してもらえた頃にはすべての忍耐力が枯渇していた。
「・・・面白いことをするのですね、この国は」
「お嬢さんの国にはないのか」
「他の国では足に紐をつけて高い崖から飛び降りるというのがあったような気がしますが」
どんな恐ろしい国なんだ、そこは。
「お嬢様、そろそろ芸披露のお時間です」
「お支度があります。参りましょう」
「ちょっと待て、このまま俺を置いていくのか」
「
お嬢様ならきっとしっかりお出来になりますよ。
応援していますね、お嬢様。
ペチャクチャとおしゃべりしながら遠ざかる後ろ姿を、副団長は茫然と見送った。
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