第127話 成人の儀
今年も春の新成人貴族令嬢の紹介が静々と進んでいる。
両脇に並んだ貴族たちは、毎年のこの式典を楽しみにしている。
初々しい娘たち。
美しいドレス。
今年はどんな口上を聞くことが出来るのか。
そしてカーテシー。
実は色々な種類がある。
片足を引いて膝を折るのは基本の型だが、ペタンと座るものもある。
両腕を大きく回して背後に伸ばし頭を下げるもの。
同じ方向にグルリと回すものなど、土地ごとに違うカーテシーを見ることが出来るのも楽しみだ。
しかし、今年の話題は何と言っても宰相家のご令嬢だ。
他大陸から来られたご養女は今や時の人となっている。
「瓦版によると近来稀に見る絶世の美少女だとか」
「いやいや、瓦版の話は話半分で読まないと」
「辛い思いをされてこの国に逃げてこられたと聞きます」
「お話を伺いたいものですね。きっと興味深いことでしょう」
伯爵家までの紹介が終わり、次はいよいよ話題の侯爵令嬢の番になった。
「ダルヴィマール侯爵ご息女、ルチア姫」
大扉が開かれる。
前侯爵と現侯爵夫人に挟まれ、小柄な少女が入場する。
入り口近くの者はその姿を見ようとするが、なぜかはっきりそれとわからない。
伯爵位の者たちの並ぶ場所まで来た時、突然その花の
「まあ、なんて」
「これは、また」
白銀の髪を緩やかに結い上げ、見たこともないドレスを身に纏う。
その衣装は歩くたびに色合いが変わって見えるのは、細かく銀糸で刺繍されているからだろう。
伏し目がちにゆっくりと玉座に向かう様は、先程までの少女たちとは違い、緊張も高揚も感じさせず、ましてや怯えも見せず、ただ厳かな雰囲気だけを漂わせている。
玉座の手前、付き添いの親族を残し令嬢だけが前に進む。
カーテシーの後に口上がある。
両手を揃えて床につき、少し体を前に出す。
令嬢の鈴をころがすような声が響く。
「皇帝、皇后、両陛下お揃いあそばしまして、御機嫌ようお喜び申し上げます。
この
貴族である自分たちは平民たちよりずっとゆっくり話すという自覚がある。
だが、この少女の話し方は、それをさらに上回る、不思議な印象を与える速さだ。
そして、不思議なことにかなり離れているにも関わらず、その声は入り口付近にいる者にまではっきりと届いた。
令嬢がすっと立ち上がり、親族の元に戻ろうとしたときだった。
「ヴァルル解放同盟であるっ !」
◎
成人の儀のお約束。
これも観覧する貴族たちの楽しみの一つであるが、その内容は決して外に漏れることはない。
翌年の楽しみの為だ。
つまり、ドッキリ。
一番高位の少女が挨拶を終えた直後、無頼漢が会場に侵入する。
そして少女を人質に取る。
その時、付き添ってきた召使はどう対応するか。
少女の態度はどうか。
ここを上手く乗り切れば、社交界でのある程度の地位は約束される。
そうでなければ
何故下位貴族の少女にはしないかと言えば、はっきり言って泣きわめくだけで面白くもなんともないからだ。
その使用人も同じ。
慌てふためいて見苦しいことこの上ない。
ちなみに去年はメイドの少女が自分の命と引き換えにと申し入れ、ご令嬢も
さて、今年はどうだろう。
入り口近くがざわめく。
ご令嬢の近侍が着いたようだ。
「何か騒ぎがあったそうですが」
「無礼者がどこぞのご令嬢を人質に取っているのです」
説明係の衛兵が棒読みで応える。
まず侍従三人が現れ、ご婦人方が「まあっ」と嬉しそうな声を上げる。
つづいて少女が現れる。
ダルヴィマール侯爵家の見習メイドの制服に身を包んだ姿に、若い男性貴族はある者は顔を赤らめ目を背け、多くの者の目は釘付けになる。
「眼福、眼福」と言った数名は奥方に足を踏まれた。
「それで人質になったのはどちらの・・・」
「君たちのご主人様だよ」
さる子爵が彼らを列の前に出し、ご令嬢の方を手で示す。
子爵の示す先には、噂のご令嬢が薄汚い集団に拘束されている。
ここからはその表情は見えない。
実はこちらも説明係。
彼の役目はここで慌てる使用人を落ち着かせ、お嬢様を励ますよう促す・・・はずだった。
「ぷっ !」
侍従たちが一斉に吹き出す。
年少の二人が口に手を当てて笑いを我慢している。
年かさの二人はさすがに堪えてはいるが、横を向いて笑いださないよう口元が引きしめられ、肩が小刻みに揺れている。
ここ数十年、見られたことのない反応に居並ぶ者たちはポカンとする。
「ど、どうしたんだね。君たちのご主人様が人質になっているのだよ。大変なことじゃないか !」
「はい、確かに、大変、
「ならっ !」
少女に目を向けると、目に涙をためて真面目な顔をしようと努力しているのがわかる。
少年の方も同じ。
口に手を当てているが、目がキラキラと笑っている。
「なぜ、一番人質に取ってはいけないお方を人質にしたのかと・・・」
「よりによって、お嬢様を、プっ !」
「な、何を言っているのだね ! 早くお助けしなければいけないだろう ! せめて声をおかけして、お嬢様を励まして差し上げなさい !」
説明係の子爵は焦っていた。
使用人を通じて手に入れた瓦版では、主従は固い絆で結ばれているという。
昨年以上の感動的なやり取りを聞くことが出来るのではないか。
集まった方々はかなりの期待をしている。
何をしているのだという無言の重圧がかかる。
とにかく、何か声をかけてくれれば良いのだ。
それで自分の役目は終わる。
「君たちの主は怯えていらっしゃる。君たちがお支えせずなんとする。さ、早く !」
四人の召使たちは困ったように顔を見合わせている。
「お声がけと言っても・・・」
「一体なにを申し上げればよいのか・・・」
「アンシアさん、よい案がありますか」
少女は少し悩んだ後、ポンと手を打った。
「お嬢様っ !」
期待が高まる。
誰もが次の言葉を待つ。
さあ、何を聞かせてくれる ?
「ドレスの裾が踏まれてます !」
しょうもない雰囲気の静寂が謁見の間を包んだ。
◎
「裾 ?」
一番最初に正気に戻ったのは当のご令嬢だった。
振り返りご自分のドレスの裾を見る。
美しい純白の布が男の足に踏まれ、大きな靴跡が黒々とついている。
「あ、すまん」
男が慌てて足をどかす。
「
先ほどまで平静な様子であったご令嬢だが、唇をギュっ噛みしめて拘束している男を涙目で睨みつける。
と、次の瞬間、男は床に転がされていた。
「お嬢様っ !」
「きゃあああっ !」
謁見の間に淑女たちの悲鳴が響く。
黒髪の男が衛兵の槍を取り上げ、令嬢に向けて投げつけたのだ。
「 ! 」
飛んできた槍をガシッと受け取り、頭上でクルクルっと回す侯爵令嬢。
そのまま彼女を取り囲んだ男たちの間を駆け抜けた。
背筋を伸ばしドレスの乱れを直す。
それと同時に、男たちが床に崩れ落ちた。
「な、何があった・・・」
ご令嬢のドレスの裾を踏んでいた男が、ぼうっとした目でつぶやく。
「捕縛っ !」
「はっ !」
お嬢様の声に警備の衛兵より先に近侍たちが走り寄る。
そしてあれよあれよという間に男たちの自由を奪っていく。
人々はそれを芝居のように見つめていた。
「何をするっ !」
一人意識を保っていた男が抵抗しようとするが、少女に手早く後ろ手に縛られて転がされる。
そして年少二人組がガスっガスっガスっと男を踏みつける。
うわぁ、その人って・・・と衛兵たちが真っ青になって顔を引きつらせるが、少女たちは容赦なかった。
「お見苦しいものをお見せいたしました」
先ほどまでの儚げな様子はどこへやら、すがすがしい笑顔で玉座に膝をつく侯爵令嬢。
「お許しいただければ、この者たちを牢へと連れて行きとうございますが」
「許す。だが、騎士団が来るまで待つがよ・・・」
陛下のお言葉も待たずに令嬢が手をクルっと返す。
縄が繋がれた男たちが宙に浮く。
「うおっ、なんだ、これはっ ?!」
男が真っ青になって喚きだす。
「かまびすしいっ !」
途端に男は口をパクパクさせるが、声は一切放たれることはない。
お嬢様がにっこり笑って合図をすると、近侍たちが垂れ下がった縄を持ってひっぱる。
「それでは皆様、ご機嫌よろしゅう」
宙に浮かぶ不思議な集団を引き連れたご令嬢一行は、唖然とする貴族の方々を無視するかのように、さわやかにその場を後にするのだった。
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