第126話 本番直前・お方様の特訓
アンシアちゃんが合流して一週間。
ついに春の大夜会の日がやって来た。
この日は16才の成人を迎えた貴族の子女が正式にお披露目をされる日。
お昼過ぎに始まる儀式には帝国中から該当する少女が集まる。
今年は男爵家、子爵家の少女が多いらしい。
伯爵家も数名。
基本一人一人の紹介だが、人数が多い時は寄り親貴族がまとめて紹介する。
もちろん上位貴族の中でも侯爵と公爵は別口だ。
その他大勢扱いされることはない。
今回我が家以外の侯爵家に成人する女性はいない。
そして公爵家にも。
だから私が筆頭成人令嬢ということになる。
ちなみに男の子にはこういった儀式はないそうだ。
うらやましい。
芸披露の為の小道具をアンシアちゃんが用意してくれる。
トウシューズ。衣装、カスタネット。
お母様に言われ、踊りは二つ用意した。
「ティアラをいただいた子は、もう一度芸を披露することになっているの。その時同じものをやったら興ざめでしょう」
「でも、私が頂けるかどうかわかりません」
「あなたしかいないわよ、自信を持ちなさい」
ヴィノさんと初めて曲と合わせたあの日、たまたま通りかかったお方様から盛大なるダメ出しを受けた。
「なんです、その踊りは。フラフラと歩いて手をブラブラさせているだけではありませんか。そんなものを陛下の前で披露するつもりですか」
気品も優雅さもない、どんなに取り繕っても、その踊りでは化けの皮が剥がれるとお怒りをいただいた。
「時間は少ないですが、今日から午後は特訓です。そこの二人、上の者の許可を取っていらっしゃい」
その日から悪夢が始まった。
「猛禽類が踊っているのではありませんよ。なんです、その挑戦的な目は」
「爪の10センチ先までが翼ですよ。もっと神経を集中させなさい」
「首の付け方が下品です。後に残すようにゆっくりと」
「そこで踏ん張ってなにをするつもりです。もっと空気を感じなさい」
「そのぱどぶれとやらの足は、もっとくっつけて一本に見せることはできませんか」
「つま先をドスドスと床に突き刺すのではありません !」
お方様、バレエは知らないはずなのに、なぜか的確な指示を出す。
私は自業自得だが、付き合ってくれるアルとジェノさんが大変だ。
そこで私は例のレコーダー魔法を使おうとした。
「魔法を使いながら踊るとは、なかなか余裕がありそうね。ではもう少し細かいところも詰めましょうか」
と、お方様がおっしゃって、アルたちが慌てて楽器にむかった。
藪蛇だ。
そして昨日、地獄の特訓最終日。
といっても、騎士団の方に顔を出さずに私のところに入り浸っているジェノさんに腹を立てて、同僚の皆さんが直訴に来たっていうだけの話。
「なんでこんなことに・・・」
「いい機会ではありませんか。今日までの成果を見てもらいなさい。ここでダメ出しをされるようでは、明日の芸披露はあなた一人だけなしになりますよ」
広めの舞踏室には近侍のみんなの他にお方様、御前、ご老公様、セバスチャンさんとメラニアさん、騎士団のお偉いさんたちとヴィノさんの同僚の方、手の空いた使用人のみなさんが集まっている。
この中で踊るのかと思うとゾッとする。
もちろん明日はさらにロイヤルな方々の前で踊るので、今日の比ではないのだが。
お方様に言われたことをもう一度頭の中で繰り返す。
ぼっちで過ごした私は気品なんてしらない。
優雅さなんて持ち合わせていない。
シジル地区での成功は、委員会の人たちの指示で、全ての動きをコントロールしていたからだ。
自分で考え動かなくてはならない状況ではあんな風にはいかない。
しかたない。
あっちでDVDを見まくって、それらしい方の動きを観察した。
そしてお方様の動きも。
マネすることでどこまで近づくことが出来るかわからないけど、できるだけのことはしよう。
アルとヴィノさんに目で合図をして所定の位置につく。
アルのピアノが鳴り、ヴィノさんのバイオリンがメロディーを奏でていく。
皆が息を飲むのが聞こえる。
そうだよね。
この音だけ聞いていたいよね。
私もそう。
私のへたくそな踊りが邪魔なの、わかってる。
それでも見てね。
今できる精一杯の気持ちを込めるから。
私の白鳥はただ空を飛びたいんじゃないの。
あの空の向こうに会いたい人がいるから。
待っててね。
今そこへ飛んでいくから。
心だけでも行くから。
必ず、行くから。
ピアノの最後の音が消えた。
◎
王宮の控室。
部屋には私の他にお方様とご老公様、それに王宮の侍女さん数名がいる。
御前は宰相閣下なので、皇帝陛下の横に控えているそうだ。
兄様たちはお披露目会場の近くの召使専用の部屋にいる。
なんでも王宮では自分たちの召使を連れ歩いてはいけないらしい。
不審人物は少しでも少ないようにとのことだそうだ。
代わりに優秀な王宮侍女さんたちがついてくれるが、このところ必ず誰かが傍にいてくれたから、なんとなく不安になる。
こんな時アルが手をつないでくれたら安心できるのに。
「緊張しているのね。でも大丈夫よ」
「お母様・・・」
「陛下にご挨拶するだけ。特にお言葉を賜るわけではないの。特別なことなど何もないのよ」
確かに簡単に言えばそうなんだけど、私の場合ただの侯爵令嬢とは違う。
なんたって『ルチア姫』だから。
侯爵邸に入って数日後、瓦版で『ルチア姫の物語』が公開された。
まず簡単なあらすじ。
両親が亡くなって国を捨てるところまで。
次に大陸の端でヒルデブランドからの救援に出会うまで。
それから方向音痴のアンシアちゃんが合流するところ。
四人で力を合わせてヒルデブランドを目指して、無事に到着するまで。
そして最後は侯爵家の養女になり、仲間も一緒に暮らすことになって、王都のお屋敷に温かく迎えられてめでたしめでたしで終わる。
全六話の物語。
なんだか増刷につぐ増刷で、瓦版屋は嬉しい悲鳴を上げているらしい。
庶民向けに安く売っているものだけど、使用人たちが買い求めて貴族街にも流入している。
そんなわけでお方様とご老公様が歩くとあちこちで「ルチア姫の・・・」「あの方が・・・」とヒソヒソ話が聞こえてくる。
私はというと、領館執事のモーリスさん直伝の気配を消す方法に加えて、ディードリッヒ兄様から『目立たない』魔法を教えてもらって使っている。
隠密活動の時に重宝するのだそうだ。
そういうわけで、今の私は侯爵夫妻の後ろに誰か着いてきているくらいの印象しか与えていない。
ここで目立ったらいざという時印象的ではないというお方様の判断だ。
同じ部屋で控えている王宮侍女の皆さんも、多分私のことはあまり気にしていないのではないかと思う。
その証拠に私にだけお茶がなかった。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
真っ赤なお仕着せを来た男性侍従が呼びにくる。
私は魔法を解いて立ち上がる。
「ひっ !」
壁際で控えていた侍女さんたちが小さな悲鳴を上げる。
やっと私に目を向けた。
お茶を出していないことに気が付いたようだ。
口を押えて真っ青な皆さんに軽く目礼をして、お方様たちの後を追う。
さて、では、頑張りますか。
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