第125話 一方その頃現世では ~ 新学期です !

おまけのお話、裏のお話を偶数日の1800から1900に更新しています。

不定期ですので、その点ご了承ください。


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 2年になった。


 年始から春にかけてはバタバタしていた。

 まず年末最後のバレエのお稽古。

 スタジオのエアコンが壊れて利用できなくなった。

 修理に年明けまでかかるということで、プロを目指す子たちだけ、先生の所属するバレエ団のお稽古場を使わせてもらえることになった。

 なんとなく私も連れて行かれる。

 団員の皆さんに混ざって基本的なお稽古をすませて帰ろうとすると、なぜか私だけお残りさせられた。


「じゃ、練習の成果を見せてもらおうかしら」

「へ ?」


 練習の成果って・・・まさか ?


「瀕死、自主錬してるでしょ。あれは飛んだり跳ねたりしないから、自宅のフローリングで十分できるはずよね。どこまで仕上げたか見たいわ」

「で、でも、先生、まだDVDいただいて二か月です。とてもお見せできるような代物じゃないですし、そもそもこんな小娘にあんな大曲なんて無理ですよ」


 あらあ、そうかしらと先生はとぼけた顔をする。


「とにかく今できるところまででいいわ。心配しなくてもあなたがパブロワやプリセツカヤ並みに踊れるなんて誰も思っていないわよ」

「当たり前じゃないですか。そんな踊りをプロの皆さんの前で踊れなんて、先生は鬼ですか」

「仏のとは言われてるわね。はい、位置について、音楽スタート」


 あわててスタート位置につく。

 ハープのアルペジオに続いてチェロの重く深い音が主旋律を奏でる。


 ああ、いやだな。

 パドブレ足の動きの雑なこと。

 アームス腕の動きのぎこちなさ。

 

 とても白鳥が舞っているようには見えない。

 そう言えば白鳥は優雅に泳いでいるように見えるけど、水の中では必死に足を動かしている。だから見えないところで努力しなさいって言われたことがあるけど、あれ、嘘ね。

 白鳥は水の中の足も優雅でした。

 テレビでやってたもん。

 そうじゃないのを見たのは一度だけ。

 皇居のお堀の白鳥が、なぜかカモに追いかけられていて、そりゃもう凄い勢いで逃げ回っていた。

 優雅じゃない白鳥を見たのは後にも先にもあの時だけ。

 そんなわけで私の中では白鳥は優雅でも気品に溢れてもいない。

 今の私の踊りもそうなんだろう。

 踊りも人生も、全然経験が足らない。

 もし私に勝っているところがあるとしたら、それはあちら夢の世界で死んでいく魔物を見ていること。

 死ぬ直前まで戦うことをあきらめない。

 動けなくなっても、そこからなお立ち向かおうとするあの目。

 その目が光を失うまで前に進もうとする死にざま。

 それを表現できたらいいんだけど。


 チェロの音がやんでハープが最後のアルペジオを弾き終わる。

 稽古場に静寂が訪れる。

 

「はい、いいでしょう」


 大分たってから先生がおしまいの合図をしてくれた。

 もう、すぐ止めてくれないと、窒息死するところだったよ。


「技術的にはなんだけど、なかなかいい出来だと思うわよ。でも、なんだか力強い白鳥だったわね。何をイメージしたの ?」

「えっと・・・ド、ドキュメンタリー番組のライオンの戦いですか。最後まで諦めないところとか」


 団員の皆さんがドっと笑う。先生も微妙な顔をしている。


「そ、そうね。死の間際でもまだ飛びたとうとする白鳥の様子はよく表していたと思うわ。でももう少し優雅さと気品が欲しいわね。その辺はこれからの課題ね」

「ですから女子高生にそんなもの求めないで下さいって」


 タオルとか荷物を持って帰ろうとすると呼び止められる。


「あなた、年明けのコンクールにエントリーしてるから」

「はい ?」

「演目はエスメラルダ。土曜日はここでお稽古ね」


 ・・・。


「出るなんてお話、聞いてませんが」

「言ったらあなた、出ないでしょ」

「お金ないんですよ。両親、陸上勤務になったんで」

「こちらで払っておいたわ。分割でいいわよ。都内だから移動費も宿泊費もかからないわよ」

「衣装のレンタル代が」

「バレエ団のやつを使えばいいわ。この間のを貸すわ」

「私に拒否権は」

「ないわね。プロになるかならないかはともかく、あなたもそろそろ自分の実力と評価を知ってもいい頃よ」


 そんなわけで無理矢理に出場させられた某コンクール、気が付けば優勝していた。

 勢いとまなざし、表現力がすばらしい。

 ありがとう、モデルにしたエイヴァン兄様のおかげです。

 プチ留学の副賞は辞退したので、「プロを目指す留学希望者のチャンスを奪った」とか陰口をたたかれたけど、先生が最初から留学は希望しないに〇をしていたので無視した。

 でももう一つの副賞、個人レッスンは受けさせてもらった。

 なぜかエスメラルダではなく瀕死で。

 ここでも優雅さと気品について厳しく注意された。


「あなたが踊っているのは白鳥ではなく猛獣です」


 何故バレた。


 コンクールの前の年明け。

 アルのお父様の病院のホテルでの新年会に招待された。

 アルは16才になったから、初めて病院の行事に参加することになった。

 大人の中でたった一人の高校生は辛いからぜひ、と言われた。

 入院していたときの先生や看護師長さんもいらしてて、ご挨拶すると元気になったのを喜んでくれた。

 そしてアルが理事長の息子だと知るとビックリしていた。

 いろんな人に紹介されるアルにくっついていたけど、さすが有名ホテル、立食形式のごはんはとっても美味しかった。

 

 そんなこんなで学年末。

 私は最優秀学生に選ばれた。

 私の学校では年度末、各クラスから優良学生が選ばれ、学年ごとに優秀学生が選ばれる。

 そしてその中の頂点に立つのが最優秀学生。

 選出理由は、重体にも関わらず学生の本分を忘れず、また芸術活動でも顕著な成果を見せたため。

 ご褒美は一年間の学費と経費の免除です。

 お父さん、お母さん、やっとご恩を帰せましたよ。



 ダルヴィマール侯爵家の舞踏室。

 騎士団のジェノさんがやって来たので、『お取り寄せ』したバイオリンを渡す。


「これは・・・グァルネリ・デル・ジェズ ?」

「すみません。ドキュメンタリー番組でやってたのがこれだったんで、ダメですか ?」


 ヴィノさんはバイオリンを手に取ると、あちこち閉めたり弦をはじいてみたりして、弓に松脂を塗ると軽く引いてみせた。

 物凄く済んだ音だ。


「いいですね。僕の使っているものと同じです。それよりも一段良い物かもしれない」

「ヴィノさん、俺はバイオリンはストラディバリウスしか知らないんだが、これは良い物なのか」

「ええ、勝るとも劣らない作品ですよ」


 ストラディバリウスが有名なのは圧倒的に数が多いからだそうだ。

 グァルネリ・デル・ジェズはそれほど知られていないが、その数の少なさから最高級品は一丁13憶円もするらしい。


「さすがに僕には手が出せませんが、アメリカの大富豪の篤志家が貸してくださって、大切に使わせていただいてますよ」


 ヴィノさんはバイオリニストなんだろうか。

 でも、それは聞かないのがベナンダンティのお約束。

 軽く流してみましょうか、というヴィノさんの誘いで早速踊ってみることにした。

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