第124話 アンシアの帰還 ・ ルー、降臨 !

奇数日の0600から0700の更新を目指しています。

偶数日の1800から1900は、おまけの話、裏のお話をときおり更新します。

よろしくお願いいたします。


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 シジル地区のギルマスは、先ほどのあり得ない出会いを思い返していた。



「アンシア、急がなくていいのかね ? お嬢様がお待ちなんだろう。そんなにゆっくり歩かなくても」

「侯爵家の使用人が人前で慌てて走るなんて、ありえませんよ。常にゆとりを持って、一呼吸おいて動きます」

「宰相家の者が走っていたら、何か重大なことが起きたのではと疑われますからね。不要な噂を振りまかないように言われています」


 少年少女はそう言ってゆっくりと歩いていく。

 この街では急ぐことが重要だ。

 頼まれたことはとにかく出来るだけ早く終わらせる。

 しかし、まるで真逆な世界があるのをギルマスは初めて知った。

 広場に着く。

 街の人々が馬車を遠巻きにしている。

 入り切れない人たちが道にあふれ出している。

 広場に面した建物の窓には、人が鈴なりになっている。

 

「すまん、通してくれ。道を開けてくれ」


 ギルマスが言うと、ザッと左右に人が分かれる。

 その中をアンシアたちは当たり前のようにゆっくりと歩いていく。

 人込みと馬車の間、そこでアンシアと少年が膝をつく。

 すると待機していた侍従たちが馬車の踏み台を用意し、合図を送り馬車の扉を開く。

 中のご令嬢が姿を現す。

 侍従たちが手を添え、ゆっくりと地に降り立つ。

 その優雅な姿と美しい微笑みに、街の者は思わず頭を下げる。

 広場の空気が変わった。

 まるでここが王宮の庭であるかのように。


「アンシアちゃん。待ちきれず来てしまったわ」

 

 やわらかい桃色の衣装のご令嬢は、ゆったりとした雰囲気を身に纏っている。


「お嬢様、わざわざのお出まし、恐れ入ります」

「あなたのご家族にお会いしたかったの。なのに、なんだか大仰おおぎょうなことになってしまって。ごめんなさいね」


 美少女だという話は聞いていた。

 だが実際目にしたご令嬢は、その辺の『美少女』と言われる娘たちとは一線を画していた。

 これが上級貴族のご令嬢なのか。

 言葉も、しぐさも、纏う雰囲気もまるで違う。

 階級の差か、育ちの差か。

 それとも生まれ持ったなにかなのか。


「アンシアちゃん、あなたのご家族を紹介して下さる ?」


 アンシアが振りむくと人込みの中から数人が彼女のそばに走り寄る。


「あたしの両親と弟と妹です」


 ご令嬢は花の如き微笑みを浮かべる。


「ごきげんよう。わたくしはダルヴィマール侯爵家のルチアと申します」


 跪いたアンシアの家族はお立ちになってと促されるが、突然の出来事に立ち上がっても顔をあげることができない。


「大切なお嬢さんを長い間お手元に戻さずお許しください。さぞかしご心配でしたことでしょう」

「パパ、お返事」

「あ、ああ」


 娘に促された中背小太りの男は頭を下げたまま、言葉を探す。


「娘を雇っていただきありがとうございます。アンシアの父でございます。しがない仕立て屋の娘が宰相閣下のご令嬢にお仕えできるとは、有り難く光栄なことでございます。娘はお役に立っておりますでしょうか」

「もちろんですとも」


 ご令嬢はとても大切そうにアンシアに眼を向ける。


「共に辛い時期を乗り越えてきました。アンシアさんの笑顔と気配りにどれだけ救われたことか。彼女はわたくしの妹同然です。これからも傍にいて支えて欲しいと思っていますよ」

「娘が、アンシアが、お嬢様にお会いすれば、どれだけ幸せかわかると申しておりました。本当に大切にしていただいているんですね。よかった・・・」


 アンシアの母親が目を潤ませる。

 夢を砕かれ失意のまま家を出ていった娘。

 それがこんなに明るくなり、お嬢様から妹のように思っていただいている。

 安心と喜びに頬を濡らす。

 お嬢様がハンカチで涙をぬぐい、その手に握らせる。


「彼らも紹介いたしましょう」


 ご令嬢が馬車の脇に控えている侍従たちを呼び寄せる。

 今までいなかったかのように存在感のなかった美形侍従の登場に、若い娘たちの嬌声が響く。


「スケルシュとカークスです。そしてカジマヤーにメイドがもう一人。アンシアさんを加えた5人がわたくしの近侍です」

「スケルシュです。私たちはアンシアさんの兄替わりです。どうぞお任せください」

「カークスです。彼女が早く一人前のメイドになれるよう尽力いたします。ご安心ください」


 シジル地区では見たこともない上質な執事服。

 背が高く礼儀正しい若く麗しい男性に頭を下げられ、アンシアの母は十何年かぶりに赤面した。


「アンシアさんの荷物、積み終わりました。何時でも出発できます」


 少年侍従が報告に来る。


「それではお嬢様、そろそろ」

「わかりました。アンシアちゃん、行きましょう」


 ご令嬢が馬車に向かおうとしたとき、タッタッタと小さな足音が近づいてきた。

 振り向くと三つ四つくらいの小さな女の子が真っ赤な花を一輪、両手で持って差し出している。


「おひめさま、おはな、どーぞ」


 驚いた顔のお嬢様はすぐに笑顔でその場にしゃがみ込む。


わたくしに下さるの ?」


 女の子がうんと頷くと、「ありがとう」とその花を受け取り、侍従の一人に目で合図をする。

 すると長髪の男がその花を受け取ってご令嬢の髪に刺した。


「似合うかしら ?」

「とっても !」


 嬉しそうに笑う女の子の頭をなで、一言二言声をかけるとお嬢様は立ち上がる。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 お嬢様とアンシアを乗せて馬車は走りだす。

 馬車の窓からご令嬢が手を振る。

 子供たちは歓声を上げて追いかける。

 それは馬車がシジル地区を出るまで続いた。



「宰相閣下はとんでもない奴らを手にいれたな」


 ギルマスが苦虫を嚙み潰したような顔で言う。


「アンシアを迎えに来た小僧の立ち居振る舞い。ただの侍従じゃないだろう。全身で剣を使いなれていると言ってるようだった」

「ただの赤毛の少年に見えましたがね」

「バカ野郎、もっと人を見ろ。それにもう二人の方もだ。呼ばれるまで完全に気配を消していただろう。あれだけ派手な顔なのに、誰も気にも留めなかったんだぞ」


 そういえばそうだったかなとサブギルマスは頭をひねる。


「小僧があれだ。あの二人もかなりの腕前だぞ。正直、俺は勝てる気がしない。良くて引き分けだ」

「考えすぎじゃないですか、ギルマス」

「それにお嬢様の立ち姿。体の軸がびくともしなかったのを見たか。ただのお嬢様じゃないだろう」


 そんなことを言われても、可愛くてきれいなお嬢様を堪能していたサブギルマスは、男どもの方を見ていなかった。


「じゃあ、なんですか。彼らは何か裏があって、この間のは演技だとでも言うんですか。子供の花を受け取ったのも」

「そこまでは言わんが、なんだか色々と胡散臭さを感じる。もうちょっと詳しく調べてくれ。アンシアにも探りをいれよう。まさかの時は奥の手だ。いいな」

「気のせいだとは思いますけどね。一応やっておきますよ」


 ただのガキと侍従なのに、この人はなんでここまで大問題扱いしようとしているのだろう。

 あれが演技とは、ギルマスも焼きが回ったかな。

 まあ適当に調べてみようか。

 とりあえずシジル地区が宰相押しになったのは間違いないようだ。

 いゃ、宰相令嬢押しか。

 それにしてもアンシアのメイド服、物凄い破壊力かあるよな。



 はい、演技でした。

『ルチア姫の物語・製作委員会』の作った、庶民と触れ合う時のパターンの一つです。

 私は兄様たちみたいに小芝居は要求されていないけど、完璧なお嬢様を演じるためにいくつかの対応策を指示されている。

 その中に『泣いてる人の涙をぬぐう時』とか『小さな子になにかもらったら』なんてのもあった。

 それの応用だ。

 ただの女子高生がいきなり生粋のお姫様になれるわけがないのだ。

 何事にもマニュアルは必要だと思う。

 作って下さった皆さんに感謝。

 ちなみにアルは剣士の雰囲気を隠さないよう言われていた。

 多少の危機感を感じれば、なにかしらのアクションがあるかもしれないと言うギルマスの考えだ。

 でも相手に見る目がないと この作戦は失敗だと言われた。

 見る目があることを祈ろう。


「見ました ? 街のみんなのポカンとした顔。大成功でしたね、お姉さま」

「・・・疲れたわ、アンシアちゃん。お嬢様振るのは大変。顔が筋肉痛になってるわ」

「お休みの前にマッサージしましょうか」

「そうねえ、あ」


 ドアがノックされる。全員あわてて所定の位置に着く。


「失礼いたします。お帰りなさいませ、お嬢様。お出迎えもせず申し訳ございません」

「よろしいのよ。ただいま戻りました。ナラさん、紹介しましょうね。アンシアちゃん。私の大切な仲間よ」

「承っております。私はお嬢様の筆頭専属侍女のナラです。あなたのメイド教育も任されています。今日からよろしくお願いしますね」


 アンシアちゃんはあわててお辞儀をする。


「アンシアです。お世話になります。ご指導よろしくお願いします」

「それではこれからお方様にご挨拶に上がりましょう。その後に使用人たちに紹介しますよ」

「いってらっしゃい、アンシアちゃん」

「はい、行って参りますね、お嬢様」


 二人が出ていくと私はホッと肩の力を抜き、ソファにごろんと横たわった。

 兄様たちがお行儀が悪いと言ってるけど、しーらない。

 私たちの中ではアンシアちゃんだけがベナンダンティではない。

 そして、ナラさんは私たちの依頼を知らないことになっている。

 だから彼女とナラさんがそろっているときはお嬢様の演技をする。

 気が抜けるのは二人のうちどちらかがいないときだけだ。

 なんでこんな依頼引き受けちゃったんだろう。

 兄様たちやアルまで巻き込んで。

 あーあ、今日は本当に疲れちゃった。  


「おい、来週は春の大夜会とお披露目だぞ。あまり気をぬくな」

「バイオリンを確保できたから、後は練習あるのみだよ、ルー」


 ちくしょー、忘れてた。


「お嬢様がちくしょーなんて言うな」


 ・・・ただのルーに戻りたい。

 あ、もらったお花はドライフラワーにします。

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