第122話 アンシアの帰還 ・ アロイス、シジル地区に立つ

奇数日の朝、0600から0700の更新を目指しています。

本編でないお話は、偶数日の1800から1900まで更新することがあります。

よろしくお願いいたします。


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「また何かやらかしたらしいな」


 エイヴァン兄様が針仕事の手を止めることなく睨みつける。

 今縫っているのは春の大夜会の前、お披露目の後で行われる少女たちの芸披露で私が着る衣装だ。


「人聞きの悪いことを言わないでください。降りかかった火の粉を払っただけです」

「払ったついでに大車輪かけたと聞いたぞ」

「だってあいつら、ギルマスを侮辱したんですよ。ケガはさせなかったし、謝りませんよ、今回は」


 私はグリグリされても決してあやまらないと決めていた。

 だって、ギルマスは身びいきとかしない人なのに、私と恋人のふりしてクラスを上げたなんて思われてたなんて、絶対許せなかった。

 大切な人をそんな風に扱われたら、兄様たちだって怒るでしょ。


「新しい魔法を覚えたんだって ?」

「うん、レコーダー魔法ね」


 アルに聞かれて胸を張って応える。


「前にSDカードに溜めてって言ってたでしょ ? だからなにかそれっぽい物をイメージしたの。そこに溜める感じで。もちろん本当に溜めてるわけじゃないけど」

「で、それはなんだ ?」


 私は左耳を指さす。


あかしのピアスです。これなら無くならないし、それに・・・」


 私は立ち上がって親指と人差し指で四角を作り、兄様たちをその中に入れる。


「はい、チーズ、カシャッ」

「おい、何をしてるんだ ?」


 ナラさんに頼んでまっさらな紙をもってきてもらう。そしてコピペ魔法の時と同様、ペタンと手をおく。

 すると・・・。


「わっ、写真 ?」

「ついに完成させたか」


 そう、苦節数か月。

 ついに私は写真魔法を完成させた。

 要するに記録媒体が問題だっただけで、いつも身に着けているものなら何でもよかったんだ。

 冒険者のネックレスは引退してしまえば無くなってしまうし、ドレスの時には着用しない。

 だから必ず身に着けていて隠しておくことが出来る、ベナンダンティなら誰でも持ってるあかしのピアスに写真や音を溜めるようイメージしてみた。

 そしたらこれがわりとしっくりなじんだ。


「これからたくさんの人に会いますし、こんな感じでリストを作っていったらその後の行動が楽かもしれないなって思います。とにかく記録して後から誰か確かめるとか。間諜スパイ活動にぴったりだと思いませんか ?」

「確かに。俺たちは社交の場には出られないから、貴族の顔を覚えることができないからな。ディードリッヒ、アル、俺たちもこの魔法を使えるようにするぞ。ルーが貴族社会、俺たちは召使のリストを作る」


 あったこともないのに自分のことを知っている。

 これは人脈づくりでかなり点数が高い。

 そうやって少しずつ相手の懐に入っていく。

 これから先の間諜スパイ活動の計画が段々練り上げられていった。

 


 一週間の休暇。

 アンシアはシジル地区を走り回った。

 稼業の配達を一手に引き受けた。

 そして、あちこちで話した。


 ヒルデブランドの街って凄い所なの。

 あたしがシジル地区の出身だって知っても、ふぅん、そう ? って感じ。

 領主館の皆さんは王都のお屋敷で働いたことのある人ばかりなんだけど、それでも扱いは全然変わらないの。

 感激しちゃった !

 お嬢様は外国とつくにのご出身でね。

 こちらのことをご存知ないから教えて差し上げるの。

 そしたら、ありがとう、アンシアちゃんって、笑って下さるのよ。

 そうやっていたらねえ、もう、魔法師団に入れなかったことなんてどうでもよくなっちゃった。

 あたし、お嬢様のお役に立ちたいの。

 ずっとお嬢様のお世話がしたいわ。

 

 アンシアのもう一つの布教活動。


 この街に帰ってきて気づいたことがある。

 ここ、ヒルデブランドと似ているんだ。

 みんな仲良しで、街の為に尽力して、助け合うことを忘れない。

 楽しいことは全力で楽しむ。

 ここで一生過ごせたら。

 でも、それではなんの解決にはならない。

 ひとかどの人間になって、シジル地区の悪評を消すのだ。

 しかしそれは二次的なこと。

 今はこの街の冒険者ギルドについて調べなければいけない。

 どこまで闇ギルドに入り込めるか。

 休日に活動に参加する許可はもらった。

 さりげなく、もの知らずのふりをしてどんどん質問していく。決してでしゃばることなく。


「アンシア、支度はできたの ?」

「ええ、ママ。準備万端よ。ギルマスに挨拶してからお屋敷に行くわ」


 アンシアの母は心配そうに娘を見る。


「大丈夫かしらねえ。ヒルデブランドでは親切にしていただいたみたいだけど、あそこは田舎だからねえ。王都の事情には詳しくないだろ ? こちらのお屋敷で同じように扱っていただけるかどうか」

「心配しすぎよ、ママ。御前もお方様もそんな方じゃないわ。だからお二人のご意向に背くようなことは使用人もしないの。それにあたしはお嬢様の専属だから、お屋敷の仕事にはあまり関わらないのよ。同じ仕事はしないから、軋轢もなし。もう、いいかげんわかってほしいわ」


 そんなこと言ったってねえと母は不安を隠さない。


「お嬢様にお会いできればね。そしたらママもあたしが今どれだけ幸せかわかるのに」

「宰相閣下のお嬢様なんて普通の人たちだって無理だってのに、あたしたちがお目にかかるなんてないよ。でももしそんな機会があるなら、心からお礼をもうしあげたいね」


 そんな日が来るはずもないけどね、と母はアンシアに荷物を渡す。


「辛いことがあったら、いつでも帰っておいで。無理をしちゃだめだよ」

「ママったら大袈裟。週に一度はお休みをいただけるから、ちゃんと戻ってくるわよ。ギルマスも冒険者の仕事を教えてくれるって言ってくれるしね。じゃあ、もう行くわ。パパにもよろしく伝えてね」

「体には気をつけるんだよ。あたしたちはいつだってあんたの味方だからね」


 家を出ていく娘の後ろ姿を、母はそれが通りの向こうに消えるまで見ていた。



 シジル地区冒険者ギルド。

 他の街とは違い自治区扱いなので、街の問題はギルマスがまとめて、有力者との合議制で解決されている。

 今日は週に一度の会議の日だった。


「おぉ、アンシア。来ていたのかい」

「はい。今日で休暇がおしまいなんです。それでご挨拶に」


 ピンクのかわいいワンピース姿の少女は、街を出ていった時の暗く辛い顔を一変させて元の、いやそれ以上に明るい表情になっている。


「あれが宰相様のところに就職したって娘か ?」

「うちの街の者を雇い入れるとは、宰相閣下も物好きな、いや、懐が深くていらっしゃる」


 顔役たちがアンシアを見てヒソヒソ話をしていると、ギルドの扉が開いた。


「失礼いたします。こちらにアンシアさんがいらしていないでしょうか」

「カジマヤー君 ?!」


 執事服をパリッと着こなした燃えるような赤毛の少年に、アンシアが駆け寄る。


「どうしたんですか、カジマヤー君。なんでこんなところにいらしたんです」

「それが・・・」

「アンシア、そちらのお人は知り合いかい ?」


 ギルマスが不審者を見るような目で少年を観察する。

 シジル地区に執事服。

 不似合いどころか、今までこんな装束いでたちでこの街に現れた者がいただろうか。


「失礼いたしました。私はカジマヤーと申します。アンシアさんと共にダルヴィマール侯爵令嬢にお仕えしております」

「これはご丁寧に。自分はこの街を取りまとめているものです。今日は一体どういったご用で ?」

「そうですよ。カジマヤー君がお嬢様のお傍を離れるなんて」

「いや、その、実はお嬢様があなたのご両親にご挨拶をしたいと仰られてね」

「あたしの親に ?」

「今、広場までいらしているんだ。でもあなたの家がわからなくて、街の人に聞いたらここにいるっていうから私が迎えに・・・アンシアさん ?」


 アンシアはいきなり持っていた荷物から服を取り出した。


「すみません。誰かあたしの家に行って、家族に広場に来るよう伝えてください。あと、着替えをするので部屋、借ります」

「アンシアさん、別に着替えなくっても・・・」

「お嬢様の前に私服で出るわけにはいきません。お仕着せに着替えてきます」


 アンシアがバタバタと適当な部屋に入ると、残されたのは赤毛の少年だ。


「これは・・・お騒がせいたしました」

「いや、あれは昔から落ち着きがなくて。その、あれはしっかりやっていますか」

「はい。明るくて気が回って、お嬢様をお守りする力強い仲間です」


 ニッコリ笑う少年は育ちの良い普通の侍従に見えたが、ギルマスは見逃さなかった。


「お待たせしましたっ !」


 ドアがバンッと開いてアンシアが出てきた。


「あ、アンシアっ、なんだね、その服はっ !」


 ダルヴィマール侯爵家の見習メイドの正式なお仕着せ。

 ひざ丈の紺のワンピースに真っ白なフリフリのエプロン。

 チラチラと見える白いペチコートからきれいな長い足があられもなくさらされている。


「そ、そんな恰好をさせるのかい、侯爵家では」

「この服で堂々と仕事が出来ないようでは失格なんですよ、侯爵家では」

「あ、アンシアさん。荷物は私が持ちましょう。お嬢様がお待ちかねですよ」


 少年少女は挨拶をするとサッサとギルドを出ていく。

 ギルマスも顔役たちも慌ててその後を追う。

 ギルド内の者がそれに続く。

 宰相家のご令嬢なんて、これから先お目にかかるなんてことはないのだ。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 シジル地区に貴族の馬車が止まっている。

 その話はあっという間に広がったようで、街の住民たちは我先に広場に向かっている。

 その中を執事服とメイド服の少年少女はゆっくりと進むのだった。

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