第119話 知らない間に製作委員会が立ち上がっていました
「なんなんだ、あの小芝居はっ !」
エイヴァン兄様がソファでクッションに顔を
ディードリッヒ兄様は私が『お取り寄せ』した日本刺繡の枠にハンカチをはめて、手仕事倍々魔法でなにやら刺している。
アルは私と並んで座って、そんな兄様たちを申し訳なさそうに見ている。
「あきらめなさいよ。『ルチア姫の物語』プロジェクトは始まっちゃったんだし、開き直ったほうが楽よ」
「誰が考えたんだよ、あれはっ ! あんなこっ
私とお方様が退室してから、訓練場ではなにやらあったらしい。
「ルーちゃんのことを良く知ってもらうために、小出しにしてお芝居してもらってるの。稽古に駆り出されたのもそれの一つ。いきなりだったけど、よく乗ってくれたわね」
「エイヴァン兄様だったらそうするだろうって思って。私が先に手を出さなかったら、兄様からかかってきたはずです」
そう、どうやらあれは私の魔法やら長刀やらの説明のためのお芝居だったようだ。
いろいろと面倒くさい設定だから、そこここに本物っぽさをださなければならない。
確か自称親戚に財産やらならやらをかすめ取られそうになった上に、勝手に婚姻届出されかかったんだったかな。
で、幼馴染のアルと手を取り合って国を逃げ出したと。
そんな感じの瓦版が今朝から売り出されているとナラさんが教えてくれた。
今頃お屋敷にも届いて、侍従さんや騎士団の皆さんも読んでいるだろうって。
それで今朝の立ち合いに納得してもらえるそうだ。
あ、ナラさんはさすがにナラ・シノは習志野市民の皆様に失礼だと、ナラリア・シーノに改名した。
でも呼び方は前のまま、ナラさん。
「あれを考えたのはおまえか、ナラ !」
「違うわよ。『ルチア姫の物語』製作委員会の皆さんの力作」
「はあっ ?! 何だよ、製作委員会ってのはっ !」
『ルチア姫の物語』製作委員会。
それはネットで連絡を取り合うことが出来るようになった、ベナンダンティたちが立ち上げた新しい国の物語。
ラノベや投稿小説とは違い、街中にいれば魔物とは出会わない日常。
戦争もなく、陰謀もなく、ベナンダンティであるから
色気も味気もない、ないないづくしの灰色の異世界生活。
そこへ舞い込んだ『ルチア姫の物語』。
日々の繰り返しに飽き飽きしていたベナンダンティたちは食いついた。
総力を駆使して日本の歴史をベースに、トヨアシハラノフソウ国の設定が細かく決定されていく。
またルチア姫と彼女に関わるキャラクターたちの生い立ちなども詳しく設定され、よほどのことがないかぎりボロが出ないようになっている。
それと並行して『ルチア姫』の脱出後の色々な出来事を一話読み切りの物語にして、イラスト入りの読み物として売り出すそうだ。
もちろんアンシアちゃんのことも、シジル地区差別を全面に出して大々的に宣伝するそうだ。
こちらは出来るだけ本当のことを混ぜて。
「投稿作家の皆さんがノリノリで書いているから、すぐに面白いものが出来上がるはずよ。さすがに絵描きさんを投入する訳にはいかないから、それはこちらの本職さんにお願いすると思う」
「あれか。『オメガシティ』とか『作家になるんだもん』とかに書いてるやつらか」
「実際の異世界はあまり面白くないから、ストレス発散で書いてる人多いわよ。でもネット小説なんてよく知ってたわね、エイヴァン。そんなのには興味がないと思ってたわ」
部下にネット小説にはまった奴がいて、何度も勧めてくるという。
「で、俺が今日言わされたセリフもそいつらが書いているのか」
「そうよぉ。こういう場面だったらこう、こういうことがあったらこうって。そうね、今のところ50くらいかしら。審査中の物も入れたら300くらいね」
全部覚えて使ってねとナラさんが笑う。
「それで、兄様たちはなんて言ったんですか」
「それがねえ、ウフフ」
「あ、ナラ、お前見てたのか」
「もちろん ! だって皆に報告したいもん」
「するなっ ! 絶対するなよっ !」
するに決まってるじゃないとナラさん。
なんでも心理学専攻のベナンダンティ監修の上、演劇関係者の吐く息と吸う息、目つきや溜め具合まで細かく指示されたものだという。
つまりどれだけ印象的に情報を操作できるかを考慮して出来上がったのが、エイヴァン兄様の言う小芝居。
「ギルマスには感謝しかないわ。ネット環境のお陰で、味気ない異世界生活が一気に薔薇色よ」
「あきらめましょう、兄さん。このノリと流れはもう止められない」
一心不乱に針をさしていたディードリッヒ兄様が糸の始末をして枠からハンカチを外す。
「それに兄さん、バッチリきまっていましたよ。特に最後のアルへの一言はカッコよかった。なあ、アル」
「ええ、本気で怖かったです。演技なんか必要なかった」
「頼むよ・・・これがずっと続くのかよ」
エイヴァン兄様が本気で嫌がっている。
でもクッション抱える涙目の兄様なんてなかなか見ることができないので、なんか得した気分。
「おい、ルー。他人事だと思ってるんだろうが、お前にもノルマがあるんだぞ。つか、そもそもお前が受けた依頼が発端だからな」
「ルーちゃんはアル君との思い出とか、そういうことだけ覚えてくれたらいいのよ。注目されるから逆に仕込みはなしで」
「さ、差別だぁぁぁっ !」
エイヴァン兄様が叫んだところで居間の扉がトントンと叩かれる。
ディードリッヒ兄様が立ち上がると、エイヴァン兄様とアルも素早く部屋の隅に控える。
ドアが開けられると今日の当番のメイドさんが現れる。
「失礼いたします。騎士団長がご面会を求めておいでです」
「 ? 何でしょう。お通ししてください。応接間でお会いしましょう」
◎
ダルヴィマール騎士団の団長ヴェクランドは各隊の隊長を前に、何から話そうとしばし逡巡した。
「それで、いかがでしたか、彼らの反省会とやらは」
副団長は彼らが去る直前に、昼食後に反省会をすると言ったのを聞き逃さなかった。
そこであの立ち合いのどこに反省するところがあったのか、間近で見ていた団長に確かめてきて欲しいと頼んだ。
副団長の自分では、お嬢様への面会は難しいと思ったからだ。
もちろんあのお嬢様ならお会い下さるとは思うが、やはりここは慣例通り団長に任せたほうがいい。
「どこから話せば良いのか・・・」
反省会がまだなら見学させていただきたいという申し出を、お嬢様は「大したことはいたしませんが、それでよろしければ」と快く受けて下さった。
応接間は親しい人とお茶が出来るようソファなどが置いてあるが、侍従たちが素早くそれを壁際に片付ける。
あっという間に広々とした空間が出来上がった。
「カジマヤー、先ほどの立ち合いで気が付いたことはあるか」
「やはりこの服では動きの自由度が低いと思いました。上手く剣を振るえません。兄さんたちはどうしてあんなに軽々と扱えるんですか」
スケルシュが少年の袖の一部を引っ張る。
「この服は動きにくいと思われているが、実は執事仕事をするためにかなりゆとりがある。この状態で振ってみろ」
「はい、あっ !」
先ほど見た時よりもかなり素早い動きで剣が動く。
「全然違うだろう。布の伸び具合、性質、それを理解しろ。それと動きにくいと感じるのは、上着のテールのはためきが微かに重心を安定させないからだ。それがわかっていれば思うように動ける。早く慣れろ」
「はいっ !」
騎士団の反省会では技術、気迫、筋肉などが話題になるが、服に気を配るなど聞いたことがない。
「それとお嬢様への注意がなあ」
カークスがお嬢様に微笑みかける。
「回転して避けるのは悪手です。一瞬ですが視覚が遮られる。相手から目を離してはいけません」
「はい、わかりました」
するとスケルシュがいきなりお嬢様の頭をゲンコツでグリグリした。
「トレーンで剣を封じましたね。刺繍が一部切れてしまいましたよ」
「あれだけの刺繍、何日掛かると思いますか。製作者の顔に唾をはくような真似はお控えください」
「それとドレスの裾からつま先が見えていましたよ。はしたないことです。お気を付け下さい」
お嬢様が涙目で「精進します」と答えたところでグリグリ攻撃が終わる。
「・・・どんな反省会ですか、それは」
「より実戦的な・・・と言えないこともないが」
その後お茶をご一緒させていただいたが、お嬢様は騎士団のこと、このお屋敷のことを聞きたがり、侍従たちの入れるお茶とともに和やかに過ごした。
「それで、団長から見て、お嬢様方はどんな方でしょう」
「侍従たちはなあ。あれは、絶対何人か切り殺してるな」
隊長たちは今朝届いた瓦版を思い出す。
命を狙われ、ヒルデブランドから応援が来るまで少年少女たった二人での逃避行。
お嬢様を守るため、命を張ってきたのだろう。
そしてお嬢様も
あれだけの腕になるのにどれだけ戦ってきたことか。
お辛い旅だったに違いない。
騎士たちの胸が熱くなった。
「それとな、帰りにこうおっしゃった。空いている時間でよろしいので、訓練場を使わせていただけますか、団長様と」
いかつい団長の顔がデロって崩れる。
「団長様、だぞ。団長でも団長殿でもヴェクランドでもなくて、団長様。上目遣いに私を見上げてニッコリされた時のお嬢様のお可愛らしいこと、お美しいこと。私はあの方についていく !」
団長が変な方向に行ってしまった。
だが、数日たたずに隊長たちもその後に続くのだった。
ルーの二つ名がまた一つ増えた。
その名も『騎士たらし』。
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