第118話 兄様たちの騎士団デビューとついでの私

 王都到着三日目。

 御前がお帰りにならない。

 初日にいってらっしゃいませしてから今日で二日。


「仕方ないのよ。本来宰相は王都から離れられないの。だけど今年は強引に冬のお休みを頂いたでしょう。いろいろ事務が滞りがちなのよ」


 しばらくは戻らないわねえとお方様は胡瓜の御香香おこうこを口に運ぶ。

 ダルヴィマール侯爵家の朝食は、和食と洋食が交互に出る。

 本日は大根と油揚げの御御御付おみおつけ。何かの干物、御香香おこうこ、納豆、生卵、海苔の佃煮。

 トヨアシハラノフソウ国の定番朝食として、ヒルデブランドでは古くから食されてきたらしい。

 ドレス姿で納豆をいただく。

 違和感はんぱない。


「来週くらいにはお願いしている教師が来るから、午前中はお勉強ね。後は春の大夜会でのお披露目かしら。それが終われば本格的に社交が始まりますよ」

「はい、お母様」

「それと今日はあなたの近侍の騎士団へのお披露目があるわ」


 騎士団って、兄様たちは侍従のはずなんだけど。


「この家では侍従も全員剣を習うのよ。だからまず騎士団に力量を見せて、どんな訓練をすればいいか決めてもらうの。侍従仕事よりも向いていると判断されたら、騎士団への移動もあるわ。わたくし、毎回楽しみなのよ」


 そう言ってお方様は食後のほうじ茶をお茶椀にそそぐ。

 これが熱々のお茶を一番おいしくいただくコツだとおっしゃる。

 お茶椀についた米粒の最後の一粒まで食べきるという作法だそうだ。

 そういえば、亡くなった曾祖母が同じようにしていたなあ。禅宗系だっけ。

 お方様、日本人よりジャパネスク。


「そうだわ。あなたも一緒にいらっしゃい。近侍の実力は把握しておいた方がいいと思うのよ」

「実力ですか・・・」


 兄様たちの実力なら知ってるし、ヒルデブランドからついてきた騎士様たちならわかってると思うんだけど。



 お方様に連れられて屋敷の裏にある騎士団の訓練場に向かう。

 今日はナラさんが選んだ若草色のドレスに、少し濃い色に同じ模様の刺繍のトレーンを引いている。

 社交用のドレスは替え襟などを使っているが、普段使いのものはトラディショナルのものが多い。もちろんリボンで結んでいた場所をスナップボタンやホックに変えたりしているので、着心地が段違いに良い。

 見た目もスッキリしていて、それだけで今年は当家が流行の発信源になるだろうとのこと。

 

「それでは本日の訓練はこれで終わります」

「ありがとうございましたっ !」


 中に入るとちょうど終わったところらしい。

 出遅れちゃったかな。


「大丈夫よ。あの子たちのお披露目はこれからだから」


 お方様が扇子で指し示す方を見ると、兄様たちが隅の方で見学しているのが見えた。

 侍従の皆さんが体操服のようなものを着ているのに、兄様たちは執事服のままだ。

 アルと同じくらいの年の子たちが使った模擬戦用の木刀を片付けていく。

 人のはけた訓練場にアルとディードリッヒ兄様が呼ばれる。

 


 新しい侍従が来る。

 ダルヴィマール侯爵家の侍従は全員が剣の素養がある。

 もちろん騎士団のもののようにはいかないが、何かあった時に自らを守れるようにと昔からの教えだ。

 新人は剣を握る手も覚束おぼつかなくて、必ず素振りから始める。

 そして一年もすると目に見えて上達し、担当した騎士を喜ばせる。

 その成長を見るのが騎士たちの楽しみでもある。

 だから、初参加となる今日、見習騎士や非番の者まで訓練場に集まっている。

 良い人材であれば担当騎士に名乗りをあげるために。


「おい、彼らはなぜ訓練服を着ていないんだ ?」

「これが自分たちの制服だからと言ってました。あの服では動きにくいんじゃないかと思うんですが」


 きっちりと体に合わせて仕立てられた燕尾服はとても運動が出来るようには作られていない。

 牛革の靴も砂地の上では滑りやすいはずだ。

 新人たちは訓練を軽く考えてはいないか。

 ケガをしなければいいがと思いながら普段通りの訓練を終える。

 彼らは隅で見学だ。

 場内がざわつく。

 入り口を見れば数名のメイドを連れたお方様と、新しく家族になられたお嬢様が現れた。

 初めてお姿を拝見する者も多く、若い騎士たちはその美しさに目が釘付けになる。

 着席されるのを確認して新人を呼び寄せる。

 赤毛の少年と若い男性だ。


「まずは二人で打ち合って下さい。個人の訓練はそれを見てきめますから」

 

 誰か木刀を、と教官役の騎士が声をかける。

 その横でカキンっと金属音がした。


「真剣・・・ ?!」


 二人はいつの間にか真剣を構えている。

 騎士は慌てて脇に下がる。


 場内に剣を打ち合う音だけが響いた。


「・・・そこまでっ !」 

 

 茫然と見ていた教官はハッとして止めの合図を出す。

 訓練場の中は静寂に包まれていた。


「お嬢様」


 二人が引き下がった後、黒髪の男が現れ、観覧席にいるお嬢様に頭を下げる。

 するとお嬢様は花るるがごとく立ち上がると、ゆっくりと訓練場の真ん中で待つ侍従の元に歩いていく。

 そして後数歩というところで、いきなりお嬢様が長い槍のようなものを侍従に振りかざした。

 男はそれをなんなく受け止める。

 どちらも真剣なのは明らかだ。

 お嬢様が素早く打ちかかる。侍従がそれを軽く捌く。

 お嬢様の得物は刃の付いた槍のようなもので、剣でのように接近戦にはならない。

 お嬢様は距離を取ろうとする。

 黒髪は懐に入ろうとする。

 お嬢様の槍が侍従の足を払う。

 男はひょいと飛んでそれを避ける。

 お嬢様は表情を変えることなく立ち向かっていく。

 だが黒髪は口元に軽い笑みを浮かべてそれを受け流す。

 どちらの力量が上かは一目瞭然。

 侍従が攻撃に転じる。

 先ほどとは違う、素早い動きだ。

 それをお嬢様は裾さばきもあざやかに受けていく。

 男の薙ぎ払おうとする剣を、低い姿勢で地面を転がるように避ける。


「本当に、貴族の、ご令嬢なのか、あの方は」


 誰かがボソッとつぶやく。


「死線を・・・越えてこられましたから」


 赤毛の少年がそれに応える。 


 打ち合いはさらに続く。

 劣勢とはいえお嬢様は落ち着いたもので、まるで花々の間を舞う蝶のように優雅に、無駄な動き一つなく相手の刃を受け止めていく。

 追い詰められていく一方のお嬢様が、トレーンを引きちぎり黒髪の剣にバサッと巻き付ける。

 動きを封じられた剣を、お嬢様の槍がクルッと跳ね上げる。

 すかさず侍従の胸に刃が突き付けられる。

 お嬢様が勝ったという笑顔を見せた瞬間、その首筋に別の刃が当てられていた。


「敵は一人とは限りませんよ、お嬢様」


 いつの間にか控えていた長髪がお嬢様の背後に立っている。そして気づくと黒髪がお嬢様の首に小刀をつきつけている。

 お嬢様が悔しそうに唇をかみしめた。



 意気消沈気味のお嬢様を励ましながらお方様が退出する。

 訓練場からやっと張り詰めた空気が消えた。


「お嬢様はいつも詰めが甘くていらっしゃる」

「お育ちのせいか、お人がよろしすぎる。もう少し人を疑うことを覚えていただきたいものだ」

「ですが そこがお嬢様の良いところではないですか」


 赤毛の少年がおずおずと口を挟む。


「・・・それで何度死にかけた」

「 ! 」

「甘やかし申し上げるな。後々ご苦労されるのはお嬢様だ」


 長髪の男がスッと指を動かすと、砂だらけだった執事服が洗いたてのようにきれいになる。

 黒髪の男がそれに続く。


「忘れるな。身にまとう物が変わっても、我らのお役目は同じ」

「姫をお守り申し上げたければ、今一度気を引きしめろ」


 その言葉に少年はうつむいて小さく返事をする。

 

「おいていくぞ」


 歩き出した黒髪が声をかけると、少年はハッと顔を上げ自分に魔法をかける。

 清潔になった彼は、騎士団員に頭を下げると侍従たちの後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る