第117話 ルチア姫の物語

ルチア・サンダルフォナ・バラ・ダルヴィマール


16才。

トヨアシハラノフソウ国出身。

 階級制度が撤廃されるまで、神事を司る上位貴族だった。

 現在もその力は受け継がれており、非公式ながら様々な神事に欠かせない一族。

 しかし当主夫妻の突然の死に、自称傍系のものが後見者として好き勝手をし始めた。

 財産と名誉を狙われ、命と貞操の危機におちいった唯一正当な跡継ぎであるルチア姫は、神事に関する全てを帝室に献上し、急ぎ国を脱出した。

 ただ一人、幼馴染の侍従カジマヤーを連れて。


 ヴァルル帝国には、ルチア姫の祖父の親友ダルヴィマール前侯爵がいた。

 お互いの子供を結婚させようと約束していたが、生憎両方ともご令嬢。

 悔しがったそんな約束もよい思い出になった頃、ルチア姫危機の知らせが届く。

 亡き親友の孫を助けるべく、ルチア姫と同郷でヒルデブランドで冒険者をしていた元貴族の息子たち、スケルシュとカークスを派遣。

 なんとか巡り合えた四人は力を合わせてヴァルル帝国を目指す。

 途中、世を儚んで出奔したシジル地区出身の少女アンシアを仲間にし、様々な冒険の末、ヒルデブランドに着いたのだった。

 そしてこの国で幸せになれるようにと、ダルヴィマール現侯爵が養女にむかえた。

 付き従っていた者たちはこれからもルチア姫を支えていこうと侯爵家の元に集う。

 ヴァルル帝国での彼らの新しい人生が始まろうとしていた。


 おしまい。

==============================================


「誰のことです、これ」

「ルチアのことじゃの」


 養子縁組が済んでから、ご老公様は私のことを名前で呼ぶようになった。

 孫娘なのに嬢ちゃん呼びはおかしいからだそうだ。

 それはともかく、なんだか壮大な物語になっているんだが。


「これくらいの設定でなければ誰も納得せんわ。もうしばらくしたら瓦版にして王都で配るぞ。特にアンシアの事は出来るだけ同情を誘うような感じで小出しにしていく」


 こちら夢の世界にも一応印刷技術はあるそうだ。

 木で彫った活字を人が一文字ずつ拾っていくので、時間と労力が半端なくかかる。

 書籍は高価で貴重品だが、粗悪な紙に印刷したものは娯楽読み物として流通しているらしい。

 瓦版は事件や出来事を取り扱うが、全てが真実ではないだろうという考えが一般的らしい。


「じゃから、これくらい大袈裟に書かせておけば、読む人間は真実はこれの半分以下と思い込むはずじゃ」

「事実関係を聞かれたらどうします ?」

「悲し気な顔をして『お許しあそばせ』と言っておけばそれ以上は突っ込んでこぬはずじゃ。それでも聞き出そうとする奴は、場を読まぬ奴と社交界では敬遠されるの」


 王都到着二日目。

 本日はナラさんを加えた六人でこれからの対策会議を開いている。

 昨日はモモちゃんの席捲でパニック状態になったお屋敷だが、エイヴァン兄様とアルがケガを治してまわり、ディードリッヒ兄様が誠心誠意の謝罪をして上手く収まった。

 モモちゃんがブルブル震えながらピョコンと頭を下げると、女性陣は「もうよろしいのですよ」と快く許してくれた。

 あの愛らしい上目遣いに勝てる人間はいない。

 逆にご老公様はというと、「おいたもそこそこになさいませ」とか「こんな可愛らしい子を閉じ込めるなんて、ご老公様は鬼ですか」とか言われてへこんでしまわれた。

 どこへ行ってもかわいいは正義です。

 あきらめてください、ご老公様。


「まあ、そんな風に先ほどのことは上手く瓦版を通じて流すから、あまり気に病むことはないぞ」

「ご老公様、私たちがいない間になにかあったんですか」



 午前中は兄様たちは古参の執事の皆様のもと、この屋敷での暮らしぶりと侍従としての技術を学んでいる。

 ナラさんによると久しぶりの期待の新人に、執事の皆さん物凄くやる気になっているらしい。

 その間私たちは出入りの仕立て屋との顔合わせをしていた。


「先々代からのお付き合いでね、一着も注文しないというわけにはいかないの。わたくしとしては少し古臭くて好みではないのだけれど。これもお付き合いというわけよ」


 ヒルデブランドのものを見た後だとなおさらね、とお方様は言う、

 

「まあまあ、なんてお綺麗なお嬢様 ! これはドレスの仕立てがいがございますわね」


 たくさんの布を持ち込んだ店主は、助手に命じて色々と並べてみせる。


「今年の流行は重厚なお色目と柄でございますよ。重みのあるお衣装を皆様作られております」


 そう言って出してきた見本のドレスは、春だというのに寒色系で、さらに同系色で刺繍がされているので見るからに寒々しい。遠めに見ると完璧な土留め色だ。


 ・・・やだな。


「お母様、私・・・」

「言いたいことは良くわかるわ。わたくしにまかせて」


 どこそこの伯爵家はこんな感じでまとめているとか、あちらの子爵家ではこんな感じで独創性を出しているとか話していると、店主がふと手を止めた。


「そう言えばこちらのお屋敷ではシジル地区出身のメイドを雇われるとか」


 お母様の眉がピクッと動いた。


「私共のような者にはあの地区は恐ろしくて。平気で盗みや人殺しをすると言うではありませんか。店の物を持ち出されたらと思うと、とても雇い入れたりできませんわ。どんな仕事ぶりやら。さぞかしご苦労されますことでしょうに、さすが侯爵家、お心が広いことですわね。あのような者たちに仕事を与えられるとは」


 お方様がメイドたちに目配せをする。


「せっかく持ってきてくれたのだから、この布は全て当家で買い取りましょう。今日は帰ってもらえるかしら。昨日の今日で旅の疲れが出たみたい」

「まあ、それはいけません。どうぞお休みくださいませ。私共はこれで失礼させていただきます」

「帰りに布代を受け取っていきなさい。ご苦労でした」


 仕立て屋一行は見本のドレスだけを持ち下がっていった。


「メラニア、いるかしら」

「はい、ここに」


 壁際に控えていたメイド長のメラニアさんがすっと近づく。


「布代を五割増しで払ってあげなさい。そして二度と顔を見せないようにさせて」

「承知いたしました。理由を言う必要は・・・」

「ないわ」


 どうしたことだろうと不安に思っていると、お方様がニッコリ笑って教えてくれた。


「お父様が仰っていたでしょう。出自で優劣はつけさせないと。あの店は我が家の人事に口を出した。まるで本人の力量ではなく、愛護精神だけで選んだかのように。とんでもないことよ」

「お母様・・・」

「アンシアは良い子です。性格はきついけれど、努力を惜しまない。任された仕事は手を抜かない。あの向上心は見事です。すぐにこの屋敷の戦力となるでしょう。わたくしが認めたメイドを出自だけで侮るなど許すことはできませんよ。それにあんなしょうもないドレスを流行らせようとは。どうせ我が家が着ればどこの家もマネするとでも思っているのでしょうよ」


 間違って仕入れすぎたに違いないと、持ち込まれた布をさっさと物置にでも放り込んでおきなさいとメイドたちに告げる。


「そういえばヤニス洋装店の子がこちらに来ているでしょう」

「はい、お飾りの調整でついてきております」

「呼びなさい。あの子に任せましょう。あとお針仕事の上手な子を何人か見つけてちょうだい。せっかくだから被服部を作りましょう。そうね。別に女の子じゃなくてもいいわ。技術があれば誰でも構わないと伝えてちょうだい」 


 ああ、せいせいした、昔から気に入らなかったのよね、あの店のドレス。

 アンシアのお陰で厄介払いができたわ。

 お母様は花のように笑う。

 王都一の老舗と言われた仕立て屋は、このようにして没落していった。



「と、いうのが午前中に起こったことです」

「出禁にしたのか」

「なんじゃ、できんとは」


 ご老公様が聞いたことのない言葉に飛びついた。


「できんとは出入り禁止、二度と門をくぐらせないということです。しかし、よろしいのですか。この家の評判が悪くはなりませんか。ましてルーが原因と噂がたったら・・・」

「だからこその瓦版じゃ。儂の娘が怒り心頭と大袈裟に書けば、貴族はともかく庶民はこちらの味方じゃ。息のかかった瓦版屋の二つや三つ持っておる」


 情報統制。

 さすが宰相家だけはある。


「ところでナラよ。そなたもベナンダンティ。『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 )』の一員で良いのか」

「はい。私の出来る範囲でルーちゃんの手助けが出来ればと思っております」


 ご老公様がニヤッと笑う。


「仲間が多いのは良いことじゃ。そなたは侍女で、現場に出ることはない。だからこそ出来ることもあろう。そなたに家名を与える。今後はシノと名乗ると良い」

「シノの家名、有難く頂戴いたします。本日よりナラ・シノと名乗らせていただき・・・えっ ?」


 沈黙が部屋を包む。


「ナラさんの家名がシノだから・・・」

「ナラ・シノ・・・」

「ならしの」

「「「 習志野・・・駐屯地 ?!」」」


 ナラさんがブフォッと吹いた。


「ご、ご老公様、ネーミングセンス最高ですっ !」

「なんじゃ、なにを言っておる」


 何故笑われているかわからないご老公様。

 私もアルも我慢できずに声をあげて笑ってしまう。

 兄様たちが淑女としてどうかと言いながら声を殺して笑っている。

 

「私、千葉県民ですらないんだけど。あーあ、なんかものすごく身近に感じてきた」

「心のふるさと、みたいな感じですか ?」

「うふふ、今度お休みの日に行ってみようかしら」

「だから、何で笑っておるのじゃ。きちんと訳を話してみよ。儂だけ除け者にするでない !」


 話に入れずプリプリ拗ねるご老公様に、私たちはまたワッと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る