第114話 侯爵様のお屋敷は広大でした

お読みいただきありがとうございます。

『疾風』の読みを「しっぷう」にするか「はやて」にするか迷っています。

良いご提案がありましたら、コメント欄でお知らせください。


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 アンシアちゃんを故郷の門の前で降ろした後、私たちは王都の北にある侯爵家の屋敷に向かった。

 王都民の住む地域を過ぎるともう一つ大きな門が見える。

 ここから先は貴族階級の屋敷が広がる。

 その一番奥にそびえるのが王城、皇帝が住む城だ。

 政治の中心でもあり、様々な役所が入っている巨大ショッピングモールのようにも見える。

 ダルヴィマール侯爵家の屋敷は城から少し離れたところにあった。

 城のちょうど真東にあたる門をくぐると、くぐると、くぐると・・・。


「ご老公様、お屋敷はまだでしょうか。もう門をくぐって随分になりますが」

「敷地内には入っておる。今は農園と牧場地区じゃな。これを過ぎてしばらくしたら屋敷の入り口じゃ」


 侯爵家、半自給自足。

 魚とか屋敷では無理な物や、晩餐会などて大量消費するときなどに外部の商人を使っているらしい。

 日頃の食事は良いものではあるけれどそれほど豪華なものは出ないそうだ。

 

「それもこれも過去に毒を混ぜられたりとかしたからでな。自前のものを食べておれば安心ということじゃな。無駄に広い土地を有効活用しておる」

「毒殺予防ですか」


 そう言われれば確かに。あちら現実世界にも御料牧場っていうのがあるもんね。

 まああちら現実世界のは安全安心なものをっていう感じで毒とは関係ないけれど。

 でもそうやって身を守らなければいけないっていうのも悲しいかな。


「とはいえ、それは何代も前の話でな。今は流れで続いているだけじゃ。今さら土地を持たないものを解雇しても、行く場所もなければ一から開拓せよと放り出すこともできん。そんな訳で昔ながらの暮らしを続けているというわけじゃ」


 屋敷で消費しきれないものは、業者に安く下げ渡して流通させているとのこと。

 廃棄したらもったいないものね。

 左右の風景が見えないように生垣と高い木に囲まれた道を進む。

 一時間近くかかってやっと馬車は止まった。


 ドアがコンコンとたたかれる。

 さあ、私の戦さがはじまる。



 ダルヴィマール侯爵家の家臣たちは宰相夫妻の帰りを待ちわびていた。

 半年近くも主のいない屋敷は寒々としている。

 家具を磨いても使ってくれる家人はなく、料理をしても味わってくれる人はいない。

 それでもいつお帰りになっても良いように、使っていない部屋も毎日ピカピカに磨き上げる。

 そして今年は新しいご家族を迎え入れることがご帰郷前から決まっていた。

 若いメイドたちはご養女になられる方が喜ばれるよう、寛ぐことができるよう細心の注意を払って家具を選び、飾りつけをし、この日に備えていた。


「セバスチャン様、ご養女様はどんな方なんでしょう。何かうかがってますか」


 若い侍従が家令のセバスチャン・セバスティアに訊ねる。


「ご老公様がとてもかわいがっていると聞いていますよ。可愛らしい方だとか」

「あちらから専属の侍従が付いてくるそうですけど、その、一人シジル地区の出身のメイドがいると聞きました。大丈夫でしょうか」


 セバスチャンは眉をしかめた。


「何が大丈夫なのですか。ご老公様がお選びになり、領館でしっかり教育を受けてきているのです。出自を理由に何かあれば、ご老公様がお許しになりません。そのようなことは決して口にしないように」

「は、はい。失礼しました」


 馬車列が門をくぐったという連絡を受けてからそろそろ一時間。

 手の空いているものが屋敷の前に並ぶ。

 遠くに侯爵家の旗標が見え、それがどんどん近づいてくる。

 騎士団の馬の後に召使たちの乗った馬車が続く。

 しばらくして小ぶりの優しい色合いの馬車が止まる。

 馭者席と馬車の後ろから侍従たちが下りる。

 侍女たちが息を飲むのが聞こえた。

 赤毛の少年が踏み台の準備をする。

 年かさの黒髪の男がドアを叩く。

 長い赤毛をひとつに結んだ男がドアを開き、手を差し出す。

 馬車の中から小さな手が伸びて、小柄な少女が姿を現す。

 今度は侍従たちが息を飲む番だ。

 馬車を降りた少女は並んだ家臣たちに笑顔を向け、小さく頭を下げる。

 そして続いて降りてきたご老公様と端に寄り次の馬車を待つ。

 たったそれだけの動きなのに、なぜか立ち並んだ者たちは目を離せずにいた。


  

 ドアが開けられるとディードリッヒ兄様が手を差し出してくれる。

 その手を取ってタラップを降りる。

 ゆっくりと、ゆとりを持って。

 そして印象的に。

 目を上げると領館でのように館に使える人たちが並んでこちらを見ている。

 軽く頭を下げて続いて降りてこられたご老公様と車寄せの端に並んだ。

 すると先ほど追い抜いてきたご領主夫妻の馬車が到着した。


「侯爵閣下、並びに奥方様。御帰還です」


 兄様たちが再び降車の支度をする。

 晴れやかなお顔のお方様に続き、こちらも少しホッとしたような表情の御前が下りてこられる。

 やはり嫁の実家は気を使うのかなと同情してしまう。


「お帰りなさいませ、御前。屋敷の者一同心待ちにしておりました」

「皆も元気そうで良かった。セバスチャン、何も変わりはなかったかい ?」

「平穏無事でございました。ところで御前・・・」

「あ、そうか」


 御前が手招きするので静々と横に立つ。


「こちらを立つ前に話しておいたと思うが、私の娘になったルチアだ。遠い国から来たので頼れるのは我が家のみ。私たちと同じように大切にしてくれ」

「心得ております。領館の者からも大切なお方と手紙で伝え聞いております」


 セバスチャンさんが軽く目礼をしてくれる。

 私は小さな微笑みで返す。

 ここは正式な紹介の場ではない。

 声に出して挨拶をする必要はない。

 

「それでは参ろうか。スケルシュ、そなたらもついてまいれ」

「ルチア、お父様と手をつないでくれるかい」

「まあ、あなた。ずるいわ。ルチアちゃんはわたくしと一緒よ、ね ?」

 

 ノリノリで仲良し親子を演じるご夫婦に両手を取られて、私は少し恥ずかし気にお二人の手を取り屋敷への階段を上った。



 ご領主夫妻と前領主らが姿を消すと、残った家臣一同ほうっと肩の力を抜いた。

 ザワザワとおしゃべりをしながら持ち場に戻る。


「みた ? 赤毛の坊やのきれいなこと !」

「私は黒髪の人がいいわ。キリッとしていて素敵」

「あら、あの長い髪の人もいいわよ。なんだか、こう学者さんみたいな雰囲気じゃない ?」


 メイドたちは領都から来た若い侍従たちに夢中だ。

 一方古参の執事たちは新人の立ち居振る舞いに関心していた。


「あれだけ目立つ容姿だというのに、お嬢様が現れたら一瞬で気配を消した」

「あの年であれが出来るものがいるとは。これは鍛えがいがありそうだ」

「やっと期待の新人がでましたね。それも三人も」

「この屋敷もこれで安泰だ」


 そして若い侍従たちと言えば。


「なんて愛らしいんだ」

「あんなにお美しいお嬢様だったとは。専属がもう決まっているなんて残念だ」

「いや、これからの働きでお側付きになれるかもしれないじゃないか」

「守って差し上げたいお方だな。あの儚げな姿がなんてお可愛かわいらしいんだ」


 ・・・。

 真実を知らないものは幸せだ。

 数日を待たずに、彼らは新しい仲間の正体を知る事となる。

 こうしてルーは無事に侯爵家に入り込んだ。

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