第113話 シジル地区ギルドの廃人への道 あるいはアンシアの布教成功
シジル地区の冒険者ギルド。
朝サブ・ギルマスが顔を出すと、目の下真っ黒のギルマスがうたた寝をしていた。
「どうしたんですか、ギルマス。珍しいですね、朝から昼寝とは」
「ん、んん ? しまった。寝ていたか」
腕を大きく伸ばして背伸びをするとサブ・ギルマスに本の束を見せる。
「すまないがその本を貸し出し用に登録しておいてくれ。ああ、眠い」
「これはアンシアが持ち込んだ奴ですか。もしかして、全部読みました ?」
呆れた顔でパラパラとページをめくる。
結構な量である。
これを三日で読んだのか。
「廃人になりたくなければ一冊で止めておけ。間違っても全冊持っていくな」
「はいはい、了解です。ところで宰相家についての調査がおわりましたよ」
バラバラに置かれた本を巻数ごとにならべなおし、サブ・ギルマスは数枚の紙を取り出した。
「確かに知り合いの少女を養女にしています。名前はルチア姫。16才です。かなりの美少女だと出入りの商人が話していました」
「ほお」
「専属はアンシアの他に侍従が三人。全員ヒルデブランド出身です。見習のアンシアが付いたのは、この国と貴族社会の常識を一緒に学ばせるためだとか」
紙を一枚めくり、サブ・ギルマスは続ける。
「名前はスケルシュ、カークス、カジマヤー。二人は二十代で同い年の少年が一人。それとアンシアが家名をもらっていますね。名乗らないのは正式な侍女になっていないからだと言ってるそうです。アンシアらしいですね」
「家名か・・・よほど気に入られたんだな。彼女の出身についてはどう扱われている ?」
「何も」
サブ・ギルマスはケロッと言った。
「彼女の出自は普通に知られているようです。が、そのことに関して何かしようとかそういうことはないようです。逆にそれを話題にした商家が出入り禁止になっていますね。先々代からの付き合いだったのに。アンシアが今の職場を気に入っているというのもわかります。シジル地区の出身というだけで給金を半分にされたり失敗の責任を押し付けられて首になるなんて、王都では当たり前ですからね」
「この街のことを知らないからじゃないか」
「それはないでしょう。ヒルデブランドは召使の隠居先という感じですからね。王都で働いていたものがほとんどですから、知らないわけがありませんよ。知ったうえで普通に扱う予定のようです」
やはり宰相家だけはある。懐が広い。育ちではなく人を見る、か。
「あの手を使えばもっと詳しく知ることが出来るんだが、さすがにそう頻繁にはなあ」
「特に問題はないようですし、しばらく様子見ですか。あとはヒルデブランドのギルマスがこちらに来ている件ですね」
「あれは毎年恒例のギルマス会議に来たんだろう。新人王の決定もあるしな」
二年連続であの街が持っていくと噂になっているな、とギルマスは調査の紙を受け取る。
「マルウィン殿でしたか。まさかあのマルウィンではありませんよね」
「俺の知っているマルウィンなら、間違っても後家殺しなんて言われる優男じゃない。第一もうとっくに墓の中にいてもいい年だ。別人だよ」
俺が二つ三つのころに冒険者の頂点に立ってたんだぞ。今生きてたら化け物だ。
その時トントンと部屋の扉が叩かれた。
「アンシアです。入ってもいいですか」
「おはいり」
カチャッと扉をあけて噂の少女が入ってきた。
「おはようございます、ギルマス。お言葉に甘えて遊びに来ました」
「やあ、アンシア。よく来たね。さあ座って」
先ほどまでと言葉使いと表情をガラッと変え、彼女に椅子を勧める。サブ・ギルマスは気を利かせてお茶の支度をする。
「あ、待って下さい。あたしがやりますよ」
「いやいや、お客にそんなことさせられないよ」
「お嬢様の為に特訓したんです。その成果を見てくださいよ。すごく美味しく淹れますから」
アンシアはポットに熱湯を入れて温め、そのお湯を使ってカップも温める。
使ったお湯を茶零しに捨て、手際よくお茶を準備する。
あっという間に執務室にお茶のよい香りが広がった。
「・・・なんだ、これは本当にいつも飲んでる茶か ?」
「全然別物ですね」
「入れ方次第で味と香りがまるで違うんです。あたしも教わってやってみてびっくりでした」
しばし
「本当にメイドの仕事をしていたんだね。驚いたよ」
「冒険者になるって出ていったけど違う仕事になっちゃって。呆れてますよね、ギルマス」
「そんなことはないよ。こうやって結果を出しているんだ。素晴らしいことだよ」
ギルマスがそう言うと、アンシアは嬉しそうに笑った。
「お嬢様はあたしが冒険者になりたいっていうのをご存知で、秋に領都に戻るときここで冒険者登録するのはどうかって言って下さるんです。その後ヒルデブランドでメイドと冒険者と両方やってはって」
「・・・色々君のことを考えてくれてるんだね」
ここで冒険者になってもヒルデブランドでは働けない。
あきらめさせるか、それとも・・・。
「そうだな。まずはどんな依頼があるかとか見てごらん。なんだったら依頼体験で誰かに付いていってもいい。それで自分が冒険者に向いているかどうか確かめたらいい。秋まではここにいるんだろう ? 決まった休みはあるのかい」
「週に一日お休みをいただいています。その日は実家に戻るつもりです」
次の休みに実際に冒険者の体験をしてみることを約束し、アンシアを送り出す。
「あ、そうだ。ギルマス、この間お渡しした本ですが・・・」
「ああ、興味深い内容だったね。今日から貸し出し予定だよ」
アンシアはバックから二冊の本を取り出す。
「重くて全部持ちきれなくて。これ、続きです」
ギルマスの目がギラリと光った。
「精査してすぐに貸し出せるようにするよ。ありがとう」
「お礼はお嬢様に言ってくださいよ。楽しんでもらえればお嬢様もお喜びになります」
「そうだな。休暇が終わったら君からお礼を申し上げておくれ」
またお茶を淹れにきますと言ってアンシアは帰っていった。
ギルマスは彼女がおいていった本に手を伸ばす。
と、それをサブ・ギルマスが横取りする。
「何をする !」
「貸出の手続きをする決まってるじゃないですか。何を一番に読もうとしてるんですか」
「貸出に相応しいかを確かめるに決まってるだろう」
「前の三冊が問題ないんだから、このまま持っていきますよ。あんた、まだ徹夜するつもりですか」
「面白いんだよ ! 続きが気になるんだよ ! 」
持っていかれた本とを取り戻そうと立ち上がるが、その前にサブ・ギルマスはとっとと外へ出てしまう。
伸ばした手は掴むものもなく空中に伸ばされたままだった。
ギルマスの予想通り、その本をめぐって廃人になるものが続出。
依頼に支障をきたすこともあり、仕方なくギルドでは貸し出しは予約制で貸し出し日数に制限をつけることにする。
アンシアは任務の一つを達成した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます