王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編

第111話 ご老公様の野望とルーの新しい魔法

 ヒルデブランドを出て二十日。

 私たちはやっと王都に着こうとしている。

 いつもよりも時間がかかったのは、ダルヴィマール侯爵家の領地内の貴族たちに引き留められていたからだ。

 新たに侯爵家に加わった私と縁を結ぼうと、あの手この手で滞在を伸ばそうとする。

 ご領主夫妻も止めて下されば良いものを、こういうことを上手く捌くのも貴族としての腕の見せ所と放置する。

 私との婚姻があり得るかのように餌だけちらつかせている状態だ。

 中には強硬手段に及ぼうとした輩もいたが、全員返り討ちにしたうえで廃嫡、放逐となった。

 侯爵家、何気に権力を振るいまくりだ。


 ヒルデブランドにいた時は、はざまの部屋は必ずギルドの入り口に繋がっていた。

 旅に出て最初の夜、私は宿の一人部屋に寝た。

 まさか目が覚めたらヒルデブランドに逆戻りかと思ったら、ドアを開けたら宿の部屋だった。

 野営の時、ご領主夫妻は馬車で休んだが、私は冒険者としての訓練だと一人テントを張って寝た。

ドアを開けたらテントの中だった。

 上手くできてるなあと感心した。


 そう言えば兄様たちが家名をもらった。


「これより社交界に入り込むにあたり、お主らに家名を与えておく」

「今のままじゃだめなんですか」

「家名がないと庶民と侮られる。お主ら侍従の社会にも入れてもらえぬぞ。高位貴族の侍従は依子貴族の子弟が務めることが多い。ただの平民がなることはないのじゃ」


 結婚という乗換駅を目指して、嫡子でない男子や下位貴族の令嬢は必死なのだと言う。

 だからあちこちの貴族の侍従たちと情報交換も盛んだとか。

 そこに庶民の入り込む余地はない。

 一生下働きのままだ。

 それが嫌なら採用試験に合格して王宮などで働く方がいい。

 逆に上位侍従に成り上がってきたものは、それなりの実力者ということで尊敬される。


「ではまずエイヴァン、そなたにはスケルシュの名を与える。本日からエイヴァン・スケルシュと名乗るが良い。これは街を流れる川の支流の名前だ」

「有難き幸せ」


 エイヴァン兄様は胸に手をあてて恭しく頭を下げる。


「次にディードリッヒ、そなたの名はカークスじゃ。北の山葵田わさびだのある山の名じゃ」

「ディードリッヒ・カークス、ありがとうございます」

「アンシア、そなたはアンシア・シルヴァン。対番であるルー嬢ちゃんの髪の色からつけた。そなたの家族は無理じゃが、結婚して子供が出来たらそう名乗らせるがよい」

「恐れ入ります」

「最後にアロイス。よくルー嬢ちゃんの盾になっておる。これからも守るように。そなたの名はカジマヤーとする」

「必ずお守りいたします」


 アロイス・カジマヤーか。

 ん ? それって確か沖縄の言葉で風車かざぐるまだったかな。

 そうか、風に立ち向かえって意味ね。

 アンシアちゃんはシルヴァン。私の髪が銀色だから。

 で、エイヴァン兄様がスケルシュで、ディードリッヒ兄様がカークスで・・・。

 あれ ?

 なんか既視感デジャビュが・・・。


「スケさんとカクさん」

「お銀さんと風車かざぐるま

「・・・」


「「「 ご老公様っ ! 」」」


 アンシアちゃんだけは何のことかわからないでいる。


「何考えてるんですかっ ! つか何故それをご存知なんですかっ !」

「古参の侍従らが話してくれてのう。それを物語に書き直したものがここと王都の書庫にあるぞ。一番最近のものまで、千話以上が収集されておる」


 どうやら時代劇ファンのベナンダンティが一枚かんでいたらしい。


「週に一度話してくれる物語にワクワクしたものじゃ。そして儂も領主として領民に対してかくありたいと思ったのじゃ。もちろん婿殿や孫にも読ませておる」

「誰だよ、変な知識を植え付けたのは」

「今は暴れん坊な王様の話を集めておるぞ。あちらも気持ちの良い物語じゃ」


 じゃあ遊び人のあの人のことも教えてあげないと、と言ったら兄様たちに余計なことを言うなと怒られた。あれもスッキリするよね。


「いつかこれを王都に広めるのが儂の最後の夢じゃ。正義を重んじる貴族がいることを知ってもらい、その庇護のもとにある自分たちも悪に染まるまいと思ってくれれば、世の中はもっとよくなるはずじゃ」

「ご自分が楽しいだけなんじゃないんですか」


 何で騒いでいるのかわからないけど、多分そんなことでしょうよとアンシアちゃんがボソッと言う。


「とにかく家名はそのままじゃ。そうじゃ、ルー嬢ちゃん。ダルヴィマールは家名ではなく領地名じゃからな。家名はバラじゃ。ダルヴィマール領を治めるバラ家と言うのが正しい」

「はあ、随分とシンプルな苗字で」

「ではスケさんとカクさんや。世直し旅に出ようではないか」

「「・・・お断りします !! 」」



 ご老公様はその後何度も兄様たちをスケさんカクさん呼びしたが、兄様たちは頑として返事をしなかった。

 アンシアちゃんはご老公様に問題の本を借りて、なぜかはまってしまったらしい。


「この好き勝手している悪の手先をガツンと黙らせるところがいいですよね。悪は必ず滅びる。正しく生きていれば幸せになれる。素晴らしい物語です」

「じゃろう ? 『ええーい、この者らは偽物じゃ。かまわぬ、切れっ !』の展開も好きじゃ」

「『たっときお方の名を騙る不届き者め !』も萌えます」


 何故か意気投合してしまった二人は私そっちのけで時代劇愛を語り合っている。

 うっかりさんがいないわねえと言ったら、全員私を指さした。

 セシリアさんとギルマスまで。

 解せぬ。


 各地で歓待され、時に野営をし、色々と問題を起こしつつ、いよいよ王都に乗り込む。


「アンシアちゃん、覚悟はいい ? やめてもいいのよ」

「お姉さま、あたしの気持ちは決まってます。ヒルデブランドの冒険者として、皆さんのお役に立たせてください」


 今アンシアちゃんは町娘の姿で馬車に乗っている。

 私も令嬢らしい旅姿だ。

 宰相閣下の馬車列として最優先で王都に入場した私たちは、大通りをいかず城壁に沿って進む。

 街並みが徐々に下町に変わっていく。

 歩く人たちは侯爵家の紋章の旗を見て脇に控えて頭を下げる。

 小さな女の子と目があったので、ニッコリ笑って手をふる。

 

「おかあちゃん、お姫様が手を振ってくれたの ! ニコってしてくれたの !」

「良かったねえ。一生の思い出だよ」


 いえ、そんなご大層なものじゃないんですけど。


「何を言っておる。下町の者が貴族と顔をあわすなどない。あの子にとってはそれは晴れがましいことなんじゃ。その調子で庶民に媚びを売るんじゃぞ」

「庶民に寄り添う宰相家ですね。世直し計画はまず笑顔とお手振りからと」

「さすがアンシア、儂の一番弟子じゃ。わかっておるの。では布教の書は持ったか」


 ご老公様がアンシアちゃんにニヤッと笑いかける。アンシアちゃんもそれに悪い笑顔で応える。


「お姉さまの『こぺんどてすと』の魔法で写させていただいて、五巻までを二組。一組は自宅でもう一組は冒険者ギルドに貸し出します。娯楽が少ないので取り合いになりますよ、間違いなく」


 そう、写真の魔法をなんとかしようとして間違って新しい魔法を生み出してしまった。

『こぺんどてすと』ではなくて、『コピーアンドペースト』。

 この魔法の使い勝手の良さに、ギルマスも御前も書類のコピーを頼みにくるし、ご老公様は秘蔵のあの物語の複写を押し付けてくるし。

 春までの間思いっきり働かされたのは納得できない。

 王都の宰相執務室でのお手伝いと、ご老公様の布教の書の量産は決まっているらしい。

 

「続きが読みたいという要望が絶対でます。お姉さま、続きの『こぺんどてすと』をお願いしますね」


 ねえ、アンシアちゃん。あなた、間諜スパイ活動しに行くのよね ? そうよね ?

 と言っている間に馬車が止まる。

 さあ、楽しい物語の始まりです。

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