第109話 閑話・ ルーの間違った使い道
それはご領主夫妻が領地に戻られる少し前のこと。
ヒルデブランドの北の端。
領主館の裏にある常駐騎士団の団長執務室、の隣にある応接室。
この街の防衛の重鎮たちが集まっている。
常駐騎士団の団長、アタナジオ。
警備隊長のギリアン
市警長のフーゴ。
冒険者ギルドのギルドマスターであるマルウィン。
彼らはこの夏彗星のように現れた少女の処遇について話し合っていた。
チュートリアルの最短記録は偶然と係累の優秀さのおかげとしてもいいだろう。
だがその後が問題だった。
「森から火の手が上がった時は、城壁にいた全員がどんな狂暴な魔物が現れたかと大騒ぎになった」
「その後なぜか川が氾濫してまた大騒ぎになったな」
生活魔法の練習をしていたときだ。
「ピンクウサギのときの土と雷の魔法」
「物を浮かせる浮遊魔法と広範囲に連絡をすることが出来る拡声魔法」
「鳥のような目線で探索をするあれとか」
「「「ぜひ、わが部隊にほしい!!! 」」」
ギルマスは額を抑えてため息をついた。
「彼女に何を期待しているのかは想像がつきます。ですが、それは彼女の魔法を利用出来るというのが大前提でしょう。多分あなた方では彼女を扱いきれない」
いや、そんなことはない。
そういうお三方にギルマスは説明させてほしいと言った。
「そもそも魔法に二種類あるのはご存知の通りです」
「子供でも知っている。詠唱魔法と無詠唱魔法だ」
冒険者ギルドに所属する者のほとんどが無詠唱魔法の使い手だ。もちろん彼女も。
「あなた方は火の魔法の暴発を軍事転用したいとお思いなのでしょうが、無理ですから、それは」
「無理とはなんだ。あの力を使えば軍事的に優位に立てるのは間違いない」
「使えれば、ですね」
実際に可能であるか、実証実験済である。
「たとえば一角猪の時に邪魔な下草を刈る魔法を発動しましたが、あれで敵の足止めが出来るとか考えたのでしょう」
「もちろん。あれだけでも十分相手の動きを封じ込める」
「切れないんですよ、草以外」
え ?
「あの時、彼女の前を対番と係累が走っていました。彼女はその後ろから草を刈っていったのですが、彼らは風が足にあたるのは感じたものの、傷一つ負わなかったそうです。そして前方の草はどんどん刈り取られていった」
「足は切られていない ?」
「どういうことだ ?」
三人の男は首をひねる。
「彼女は人を傷つける魔法を思いつかないらしいんです」
ヒルデブランドの街はかなり安全ではあるが、簡単に殺され、簡単に奪われる世界であるのは間違いない。
暴力などは日常茶飯事で噂にもはならない。
巻き込まれるほうが悪いのだ。
「私たちは子供に人を傷つけてはいけないと教えます。殴られても殴り返すなと教えます。武器を持っていれば罪になります」
「なんだ、その世界は。武器を持たねば戦えないではないか」
戦う必要がないのですよ、とギルマスは続ける。
「武器がないから殺されることはほとんどない。死ぬ理由は老衰か病気か事故がほとんどです。子供同士ならばともかく、大人が誰かを殴ればそれだけで事件として扱われます。口喧嘩のすえに『殺す』と言ってしまえば、殺意があったと罪に問われる可能性もある。彼女が生まれ育ったのはそういう世界です」
「・・・信じられない。そんな世界があるのか。まるで天国じゃないか」
まさか。ちゃんと犯罪は起きますよ。ギルマスは鼻で笑う。
「それでも彼女たちの年齢で犯罪に巻き込まれることはほとんどない。いいですか、私たちの国は人を傷つけることを良ししません。当然彼女も物心ついたときから教え込まれている。だから、命を奪うような魔法を使うことを無意識に避けていると思われます」
「しかし一角猪の時は不思議な光で退治していたではないか」
「あれは相手が魔物だったからです。人間相手だと体を素通りでしたよ」
もう試してみたのか、と騎士団長は頭を振った。
「盗賊を切ったときは大変でした。何日も
ギルマスは残ったお茶をグイッと飲むと席を立つ。
「無詠唱魔法は想像力がなければ使えません。そして彼女はその力が強い。これからも彼女しか使えないような魔法をどんどん開発していくでしよう。そしていつか
「人を殺すことに慣れたら、か ?」
悲しいことですが、そういうことです。
そう言ってギルマスは帰って行った。
残された三人は彼女の置かれた状況に言葉を失う。
「戦わなくてもいい世界、か」
「信じられねぇな、そんな場所があるなんてのは」
戦力は大きいほうがいい。
だが、あの少女がそんな魔法を使える日が来なければいいとも思えた。
そして三人の出した答えはこうだ。
疾風のルー、半端なく使えねえ。
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