第107話 年越しの祭りと一年の終わり
年末はあっという間に来た。
二学期の成績はいい位置でキープできたけど、期末の平均点が恐ろしく高かった。
「時間が足らないなどという言い訳は聞きませんよ。夏休み中勉強のできなかった佐藤さんがあの成績です。家事もしないで予備校に通っているあなたがたならもっとよい成績を残せるはずですよ」
みんな素直ないい子だから、随分頑張った。結果各科目の平均点が90点前後というのは恐れ入る。
もっとも私は
期末が終わって結果が来て、終業式が終わって大掃除をして。
淑女教育してギルドで細かいことを教えてもらってってやってたら、気が付いたらお祭りの当日だった。
「ルーちゃん、じゃがいもの皮向き終わった ? 」
「パン屋さんからパンが届いたらサンドイッチ用に切っておいてね」
「ハムを薄く切って欲しいの。出来る ?」
はい、私、人気者です。
生活魔法は火と水。
でも普通の人はかまどに火をつけたり水を出したりって使い方しかしていないので、私のウォーターカッターは珍しいらしい。
ギルマスのエアカッターも同じで、普通は戦闘用魔法らしいんだけど、私は普段使いにしか使ったことがない。
「今年はルーちゃんがいてくれて助かるわあ。手仕事倍々魔法のおかげで下ごしらえがサクサク進むし」
「邪魔なものを浮かせておいてくれるから、場所が広く使えていいわね」
「食器洗いも一瞬だったしね。ルーちゃん様様よ」
長い間大切に使われ続けてきた食器は表面に小さな傷が出来ていて、そこに汚れが入り込んで使用感が半端ない。
でも試しにエイヴァン兄様の洗濯魔法の応用で食洗器をイメージしてみたら、新品並みとはいかなかったけど、びっくりするくらい綺麗になった。
奥様方から拍手喝さいだったのは当然だ。
「ちょっと、みんな。ルーちゃんたちは初めての年越しなんだよ。本当はお手伝い免除なんだからね。なんでもかんでも頼むんじゃないよ」
主婦の皆さんのまとめ役、冒険者宿舎のおばさんが
外からヒルデブランドの街に来た人は、最初の年越しの祭ではお客様扱いらしい。
「いいんです。楽しいし、黙って座ってるのって性にあわないですから」
アンシアちゃんも野菜を切ったり汚れ物を片付けたりして手伝っている。
弟と妹のいるアンシアちゃんは、働いているお母さんの代わりをしていたから、家事一般は得意らしい。
「お姉さま、準備の時間は大丈夫ですか。そろそろ行かないと」
「ん ? なんか用事があったのかい ?」
「お姉さま、今日は踊りを見せてくれるんですって。ご老公様がすごく楽しみにしてるんですよ」
そりゃあ見にいかなくちゃね、と言っておばさんたちは送り出してくれる。
「踊り終わったらお片付けのお手伝いしますから」
「だからあんた達は本当はこんなことしなくていいんだよ。お祭りを一杯楽しみな」
「じゃあ、行ってきます。アンシアちゃん、後をお願いね」
「いってらっしゃいませ、お姉さま。時間になったらお迎えに行きますね」
◎
年越しの祭りは冒険者ギルドの武道館で行われる。
ベナンダンティ総会の時のように片側に舞台が作られ、その前に客席、冒険者たちが鍛錬をしているグラウンド部分に屋台が並ぶ。
参加者はそこで食べ物や飲み物を仕入れ、周囲を囲む階段状の客席で食べる。
どのお料理とお酒も一杯目はタダ。
二回目からは有料になるが、収益は来年の祭りの資金になるのでみんなこぞって買っている。
「おっ、見違えたじゃないか。ちゃんとバレリーナに見える」
「馬子にも衣裳ってやつか ?」
迎えに来た兄様たちが何か失礼なことを言っている。
ギルドの空き部屋でバーレッスンとフロアを終え、フロラシーさんに作ってもらった衣装を着る。
髪をきっちりまとめて布で作った赤いバラの造花を飾る。
トウシューズと小道具は巾着に入れてある。
「肩がむき出しだが冷えないか?」
「上にオーバー着るから大丈夫です」
新しく作ってもらった真っ白いコート。
ピンクウサギの毛皮でで縁どりしてある。
足首まであるので冷気が入らずとても暖かい。
「のんびりできるのも新年までだから、今日はめいっぱい楽しめよ」
「年明けに何かあるんですか、ディードリッヒ兄様」
こいつ、何も考えてないですよとディードリッヒ兄様が呆れ顔で言う。
「まさかと思うが、ただ貴族令嬢としてお茶してれば良いとは思ってないよな。お前、
「年明けからはそっちの教育が始まる。春まで長いようで短い。覚えることは一杯だ。忙しくなるぞ。覚悟しておけよ」
忘れてたわけじゃない。
でもここでの生活があまりに穏やかで優しくて暖かくて。
王都での生活がイメージ出来ていないってところはある。
「おかしいわ。ラノベだったら今ごろドラゴン倒したり、悪役令嬢でざまぁしたりしててもいい頃なのに」
「だからそういうのは物語の世界でやってくれ」
「名前だけは鳴り響いてるぞ。疾風のルーの評判はうなぎのぼりだ。ちなみに
一体どんな悪評やら。
ドアがノックされてアンシアちゃんが顔を出した。
「お姉さま、くそ爺が到着しました。そろそろ始まりますよ」
「・・・アンシアちゃん、いい加減その呼び方は止めてさしあげて ?」
ふふんと鼻をならしてアンシアちゃんが笑う。
「お姉さまのお茶会と同じで、年内はこれでいきます。まあ、明日までですけどね。それより、お姉さまったらものすごく綺麗。いつもと雰囲気が違って素敵です。御前もお方様もびっくりなさいますよ」
「そうかしら。みんな楽しんでくれると嬉しいわ」
「新作もあるんだったな。ご老公様が特等席で見ると言ってたぞ」
ピアノの伴奏が増えたのでアルも大変そうだった。
結構早い曲調が三曲もあるから、手がしびれるって言ってた。
私もカスタネットや扇子の扱いにちょっと戸惑った。
覚えてたのは手ぶらバージョンだったから。
「じゃあ行きましょうか、会場に」
「旨いもん一杯食べろよ」
「食べ過ぎたら踊れませんよ、兄様たち」
エイヴァン兄様が後ろからコートを着せかけてくれる。
ディードリッヒ兄様がドアを開けてくれて、アルが階段を降りるときに手を添えてエスコートしてくれる。
アンシアちゃんは私の巾着を持って後ろからついてくる。
私たちはすっかり侯爵令嬢とそのおつきという役に慣れてしまった。
◎
お祭りは大盛況で終わった。
舞台では騎士様たちの演武や、子供たちのお芝居。
お嬢様たちの合唱、詩の朗読などの出し物が次々と披露された。
そして私の踊り。
タンバリンをならして舞台に出ていくと、最初みんなエッと言う顔をした。
でもタンバリンを蹴り上げる頃には手拍子も沸いて、大歓声のうちに踊り終えることが出来た。
アンコールももらったので、演目の間間に入れてもらった。
大受けだったけど、お方様だけは変な顔をして見ていた。
やはり足を大きく上げるのははしたなかったかな。
でも最後は「とても素晴らしかったわ」と言って下さったからよしとしよう。
「タンバリンの踊って」「カスタネットのをもう一度」
みんな踊りの名前を知らないから、そうやってリクエストしてくれる。
貢物と言う名のお料理を頂いて、一息いれたらまた踊る。
手拍子してくれるみんなの笑顔が輝いている。
ここに来てよかった。
ベナンダンティになってよかった。
お祭りは遅くまで続いた。
◎
雪に包まれたヒルデブランドに色が戻る頃、私は冒険者の姿で広場にいた。
「王都のグランドギルドに行くんだって ? やっぱりねえ。ルーちゃんならそうだと思ったよ」
「前回の新人王はアロイス君だったね。今年はルーちゃんか。二年続けての新人王輩出なんて、鼻が高いよ」
「来年は迷子のアンシアが取れるかな」
アンシアちゃんは元旦に
私と同じ年度にするより、翌年から新人王を狙ったほうが確実なんだそうだ。
もちろん王都のご家族には内緒。
北のほうから騎士団の皆さんと馬車がやってきた。
ご領主夫妻とご老公様が下りてきて、街のみんなに別れをつげる。
今年は例の件もあるので、ご老公様もご一緒するのだという。
私の設定が設定なので、ご自分が説明すればなお真実っぽくなるだろうと仰るのだが、アンシアちゃんに言わせれば「お姉さまと遊びたいだけですよ」とのことらしい。
「ダルヴィマール侯爵様、ご出立 !」
騎士団の皆さんが先導して馬車が走り出す。
私たち、『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』とギルマスが最後尾を行く。
「気を付けてね」「生水を飲むんじゃないよ」「お菓子をもらってもついてっちゃダメだ」
街の皆さんが声をかけてくれる。
その優しさに涙が出そうになる。
グっと我慢して笑顔で手を振ってそれに応える。
「行ってきます、皆さんもお元気で !」
私の乗る馬の頭にはピンクウサギのモモちゃんがしがみついている。
ギルマスがいる。兄様たちとアンシアちゃんがいる。
そして、アルがそばにいてくれる。
心配なんか、なにもない。
こうして私たちは大好きなヒルデブランドの街に別れを告げたのだった。
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チュートリアル編から続いたヒルデブランドでの物語はここで終わりです。
短い閑話を挟んで王都へと移動します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
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